【連載③】三浦春馬さん・芦名星さん・竹内結子さんはなぜ「死」を選んだのか?

~説明③~

本日9月14日は芦名星さんの命日です。謹んでお悔やみ申し上げます。合掌。

自分の取材してきたことをそのまま書けないことほど「苦しい」ことはありません。昨日も、一昨日も「僕が書こうと思ったいたことと全部同じことを書いた」わけではないので大変「不満」が残りましたが、春馬君と芦名さんの「亡くなり方」が(当時)「警察が内偵していた殺人者の手口と同じ」だと言われてしまっては本当のことを書くわけにはいきませんでした。

もうその犯人は「逮捕」されましたが、まだ現在も『三浦春馬さん・芦名星さん・竹内結子さんはなぜ「死」を選んだのか?』の書籍が売れているとのことですので、しばらくは「旧情報」で我慢のほど、お願いいたします。

本日は「得体の知れないフィクサー」と会ってきたときの模様をご紹介しますが、これも「真実はオブラートに包んでおります」のでご了解のほど、宜しく申し上げます。

なお「前半」は何回かご紹介しました「春馬君と僕の会話」を入れることに致しました。

*「ブログ用に書き直しております」が「誤字脱字」があります場合は、ご容赦ください。

早乙女氏との会話をお伝えする前に、僕が2年前に春馬君に取材した時の模様を紹介しましょう。

「今日は、東山さんとお会いできるのを楽しみにしていたのですよ」

「いやあ、こちらこそ、イケメン俳優の三浦さんとお会いできるのを楽しみにしていました」

「東山さんは僕という俳優をどう見ていますか?」

「そうですね、とてもストイックな俳優だと思いますよ。その役柄になりきるために、日本のロバート・デニーロと言われている鈴木亮平さんのように、三浦さんの役つくりにはいつも尊敬しております」

「うわあい、うれしいなあ、東山さんからそんなこと言われて」

「でも一回、一回、違う役柄になりきるというのは大変でしょう?」

「はい、大変です。痩せたり、少し太ったり。でも鈴木さんの役作りを見るたびに僕も頑張らなくっちゃなあと思うんですけどね」

「役者っていう仕事は大変だよね。頭が下がります」

「でもね、実は数年前から悩んでいることがあるのです」

「えっ?そうなの。びっくり!」

「僕は一度役者を休養したいと思っているのです」

「それはどうして?」

「そうですね、決して民法のTVをバカにするわけではないのですが、民法ドラマでの役を演じることに飽きたというか」

「事務所とは話したの?」

「何度話してもまともに聞いてくれませんよ、毎回『ハハハ』で終わってしまいます」

「そうなの?春馬君はアミューズの稼ぎ頭なのに、そういう扱い、ひどいよね」

「僕は小さいころからこの業界にいるじゃないですか?ウィキペディアには僕がサッカーを学校で楽しんでいたとか、いろいろ書いてありますけど、実際に学校生活では『何か』に楽しめたことなんて一度もないですし、事実、友達もいません。『いじめ』にも頻繁にあいました。一番悲しかったのは担任の教師がまともに助けてくれなかったことですね」

「学校で『いじめ』にあっていて、教師が対応してくれなかったなんて最低だね。『いじめ』は何度もあったの?」

「はい、小学校からずうっと一部の同級生や上級生に『いじめ』られていました。『おめえうぜえんだよ』『なにテレビに出ているんだよ』とか、結構絡まれましたね」

「でも教師は見て見ぬふりをしたと」

「はい、そうです。『いじめられたくなければ芸能界を辞めろ』(当時の担任)とか『俺たちの給与より何でガキのお前の稼ぎが多いんだ。お前なんていじめを受けて当然だ』(当時の教頭)とか言われましたね」

「ひどいねえ、最低の教師だね。親御さんは春馬君の代わりに学校側に抗議したの?」

「それが……親が言ったんです。『学校は春馬が羨ましいのよ』『あんな馬鹿や連中は、ほうっておきなさい』と。僕はとても残念に思ったことを覚えています。親ならば学校にクレームを入れるのが当たり前だと思っていたからです」

「春馬君はもともと自分の希望でこの業界に入ったの?」

「いえいえ、むしろ最初は嫌で、嫌で、仕方ありませんでした。でも僕が人見知りだったのを親が気にして、親が勝手にオーディションに応募して、この業界に入ったのです」

「子役も(ライバルが)多いから、学校以外、芸能界でも大変だったのではないのでしょうか?」

「そうですね、携帯電話を隠されたり、靴を盗まれたりしましたね」

「春馬君への嫉妬だね」

「はい、なんか、僕が役をとって(奪って)はいけないような雰囲気でかなり悩んだこともありますが、(僕の)親が『バカな子供たちや、あなたが入っている以外のプロダクションは気にしなくていいのよ』『あなたは優秀だから、みんな嫉妬するの』と言ったものでしたから、当時はそれに従うしかなく」

「子役を持つ親御さんは離婚したり、家庭内が滅茶苦茶になったりするケースが多いと聞くけど、春馬君の家はどうだったの?」

「最初は順調に行っていたと思っていたのですが、数百万円の大金を目にして、家庭が変になっていたのは事実ですね」

「そうだよね、春馬君が直接お金受け取るわけではないものね」

「はい、でも、結局、僕は子役からずうっとこの業界にい続けてしまいましたけどね」

「でも今は一時的にでも芸能界を休みたい?」

「はい、学校にいた時はいつも学校から早く逃げたかったですけど、今は芸能界から早く逃げたいですね(笑)」

「芸能界を辞めたいのではなく、休みたいのですね?」

「はい、おっしゃる通りです。確かに事務所は僕に主役あるいは主役級の配役をとってきてくれます。それ自身は本当にうれしいのですが、小さいころから芸能界にいたせいでしょうか?ここ数年、気持ちの張りがなくなってしまった気がするのです。それに最近は『学歴』が高い、僕より若い俳優がモテハヤサレテいるじゃないですか?『ああ、僕は何にも知らないなあ』とあるとき、まじめに勉強してこなかった自分を悔やみ、以後、もう4年も事務所に『一回留学させてほしい』『勉強したい』と訴えているのですが、全く相手にしてもらえず、ずるずる演技しています。これではファンの申し訳なくて」

「親はどう思っているの?」

「留学は絶対ダメというのですが、親に決める権利はないと思うのですよね。僕はもう大人ですし」

「だよね、事務所の先輩には相談したの?」

「はい、一緒に事務所に休ませてほしいと懇願してくれました」

「でもダメだった?」

「はい、あらゆる手を使いましたが、なすすべなく」

「そうか、春馬君も戦っているのだね」

「東山さんは35年間も世界中から『いじめ』られ続けても頑張ったのですから、僕も頑張って、留学を勝ち取りたいと思っています」

「たとえ何歳になっても勉強することはいいことだと思います。役者との両立はなかなか無理そうだものね」

「はい、それで役者をいったん休業して、アメリカとかイギリスで勉強したいなあと。可能でしょうか?」

「そうだよね、日本の大学にいったら、広末涼子(さん)みたいに、ファンがまとわりついて、勉強できないものね」

「はい、まさにおっしゃる通りなんです。ファンは大事ですけど、今はもう一度、自分を見つめなおしたいのです。短期留学は何度かしたことはありますが、ただ単に旅行にいったような気分だけしか記憶にないのです。行くなら、数年かけていかないと!と思ったのです」

「1か月や2か月の短期留学では何も学べないものね。でも数年、留学すれば『習うより慣れよ』で語学力もつくし、世の中を見る目も広がるよね。僕はね、常々、自分に言い聞かせていることがあるんですよ。『何もしないで後悔するより、何かして反省した方がいいと』」

「すごい言葉ですね。是非、僕も使わせていただきます。東山さんは青春ドラマに出てくる先生みたいですね」

「よく言われます。中村雅俊の真似しているわけではないのだけどついつい熱くなってしまいますね」

「何かの掲載記事を見たのですが、東山さんは東日本震災や熊本地震の時、勉強できずに困っていた生徒に無償で教えたのですよね?」

「そういうこともありましたね」

「それに大学のころから現在まで、仕事しながら塾や予備校の講師、家庭教師もなさっているのですよね?」

「母親の一族が『教育者』だらけなんですよ。その影響でしょうか?」

「僕が休養することはファンを裏切ることになるでしょうか?」

「春馬君の人生はあと60年以上あるじゃない?その中でたとえ数年でも勉強に打ち込むことはきっといい経験になると思うよ。ファンもわかってくれると思うよ」

「でも先ほどお話ししたように、事務所が全く話を聞いてくれないのです。どうしたらいいかと思い、今日、東山さんとお会いできるのを楽しみにしていたのです」

「僕は春馬君が言うほど立派な人間ではないけど、僕が役に立つことがあれば」

「東山さんは、35年間のも長きにわたって〝世界でただ一人〟『ABBAは解散していない!1983年活動停止しただけだ!!』と言い続けてきた人じゃないですか?」

「よくご存じで。びっくり!」

「僕たちの業界では『ABBA=東山さん』は結構知れ渡っていますよ」

「ありがとうございます。と言っても何にもでませんよ」

「僕が一番聞きたかったのは、35年という非常に長い間、音楽評論家や日本のレコード会社(ユニバーサルミュージック)が、ABBAは1982年に解散したと傲慢に言っていたのに、東山さんはその〝大きな組織〟に対抗して、『ABBAは1983年に活動停止しただけで解散していない!』とたった一人で言い続けてきた、世界からかなり『いじめ』られたのではないかということです。今年(2019年)2月21日の日経新聞の裏一面、東山さん特集でしたよね。びっくりしましたよ。日本にこんな人がいたんだなあって。よくぞまあ、35年もの長きにわたり『主張』を変えずに戦ってきたんだなあ、こんなにめげられずにいられるのにはどうしてだろう?と驚きました。なぜ35年も耐えられたのですか?」

「なんか、春馬君が記者のようだね(笑)。そうですね、ABBAが活動停止した1983年、僕は高校生の時だったんです。最初のうちは周りから『バカ扱い』されて悔しかったですね。『レコード会社や音楽関係者がABBAは1982年に解散と言っているのに、お前だけ1983年に活動停止って……お前はバカか』『お前が頑張って1983年活動停止説を唱えても世の中のABBAの解散ルールは絶対にかわらない!何度も言うがABBAはもう解散したんだ!』とか頻繁にいわれましたね。ウインドウズ95が出た90年代後半からインターネットが盛んに使われるようになって、僕はネットでも頻繁にたたかれましたよ。でもね、『間違っているのは彼らであって僕ではない』。その信念だけで35年間貫き通せたのだと思いますよ」

「昨年(2018年)4月27日にABBAが東山だけが主張していたことを世界中に発表したのですものね」

「はい、一番驚いたのは私かもしれません」

「僕もどうしても勉強したいのですが、事務所とは数回話してもいつもダメダメダメなんです。『35年間主張を変えなかった』東山さんだったらこの事態をどう乗り切りますか?」

「こればかりは主張を続けるしかないと思いますよ。諦めたら終わりだよ」

「そうですよね、実は僕は『独立』も考えたのです。でも独立してもNHK朝ドラ『あまちゃん』の主人公のように、芸能界から干されてしまいますからね。結局、僕は一人では何もできないのでしょうか?」

「春馬君は一生、役者やっていきたいのですよね?」

「そうですね、息の長い役者でいたいですね」

「なるほど、そのために(今)数年間『いっぷく』置きたいと」

「はい、その通りです。今のままでは、芸能界の単なる『歯車の1つ』に思えてならないのです」

「そこまで深刻なんだね。やはり言い続けるしかないよ。場合によってはお手伝いしますよ」

「そうですか!もしこのまま通らない場合は、お電話していいですか?」

「はい、歓迎します。いつでもOKですよ!でもしばらくは今のままでいるの?」

「そうですね」

「なるほど、だからNHKで『JUJU』さんと一緒の〝あの番組〟に出演することになったのですね?」

「さすが、するどいですね。あの番組だけでも海外を味わえるから、今はそれで我慢しておけと(事務所に)言われたのです」

「でも出演して、余計に海外に行きたくなったとか?」

「東山さん千里眼お持ちなのですか?そうなんです。もう海外に行きたくて、行きたくて」

「ならば役者を続けながら、『未来のへのステップ』として、留学したいことを事務所にアタックし続けるしかないよね」

「ありがとうございます」

「春馬君は民法のTV出演をなぜ好まなくなったの?」

「今、日本には(大まかに)民法のTV番組、NHKの番組、それにWOWOWの番組あるのをご存じですよね?」

「はい、どれも、よく観ていますよ」

「本当ですか?WOWOWでは、どんな番組がよかったですか?」

「『パンドラ』とか『コールドケース』『マグマ』とか『ヒポクラテスの誓い』とか『石の繭』とか『水晶の鼓動』とかかな?」

「なんということでしょう。僕も全部観ています」

「そういえば、春馬君はWOWOWのWドラマに数回しか出ていないよね?」

「はい、そうなんです。WOWOWに出演してもファンが喜ばないという理由らしいです」

「でもDVD化されている番組も多いよね?」

「はい、その通りなんです。東山さんは民法とNHKとWOWOWのドラマの違いをどう思いますか?」

「そうですねえ、NHKは質がいいですよね。でも面白いか否かは観る人次第かな?WOWOWは挑戦的・野心的ですよね、それにかなり丁寧に作られていますよね?民法ドラマは好きな女優・俳優が出演しているから観るようなファン(人)が多いような気がします。特定のファンがいない視聴者にはどうでもいい番組が多いかもしれませんね」

「さすがですね、僕も同じことを感じていました」

「というと?」

「はい、先ほども述べましたが、民法のドラマのレベルが低いかとそういうことではなくて、いつも視聴率ばかり気にしているじゃないですか?視聴率がよければ1クールの回数は11回か12回になったりしますが、視聴率が悪ければ8回か9回で終わりとかありますよね?僕は真剣に毎回演じているのに、民法TV局の視聴率合戦に巻き込まれるのが毎回悔しいんですよ。それよりも〝固定鑑賞者〟がいるWOWOWのドラマの方が中身は濃いし、東山さんがおっしゃっていたように、質も高いし。僕はそういうドラマにもっとトライしたいんですよ。確かに事務所は民法のテレビドラマで主役あるいは主役級をとってきてくれます。しかし僕にとっては主役を演じるかどうかはどうでもいいのです。大事なのは『作品の質』と『僕の演じる役柄』ですからね」

「なるほど、それで違った意味での〝限界〟を感じたわけだね」

「そうですね、いくら上を目指そうとしても事務所がさせてくれない。ならば、いったん、休んで、今までできなかった勉強や語学や、演劇論を学んでみたくなったのです」

「昔、僕が中学・高校生の頃は毎日『歌の番組』が放送されていて、特にTBSの『ザ・トップテン』が有名で、翌日、学校に行くと、友人の間で交わされるのは歌番組の内容ばかり。でもそのうち沢田研二さんや郷ひろみさんが『誰が何位なんてどうでもいいじゃない』と言い出してから、急激に歌番組の評価が下がり、やがて1つ、また1つ消えていったね。春馬君の今の悩みもかつての歌合戦と同じかもしれないね」

「はい、視聴率にこだわるのは悪くはないと思うのですが、突然『打ち切り!』と言われた時のショックはたまならく悲しいですよ。何のためにこの番組のために何か月も前から体つくりしてきたのか?と思うとやるせなくなります」

「春馬君は役者に限界、というより、そういうTV局の戦いにうんざりしてしまったのだね」

「はい、正式にいえばその通りかと」

「今や視聴率1%は100万世帯といっているTV局もいますよね?事務所からしてみればWOWOWの加入者より、例え6%の低視聴率の民法ドラマでも600万世帯が観るわけだからその方がいいのかもしれませんね」

「はい、でも、もうそういう『視聴率至上主義』からは卒業したいのです!」

春馬君はその後も何十度も事務所に「芸能界を休ませてほしい」と懇願したようですが、事務所は「完全否定」したそうです(事務所関係者談)。独立も考えるようになったそうですが、春馬君の親御さんを巻き込み「阻止」したそうです(事務所関係者談、春馬君血縁者談)。そしてその一年後『最悪な形』として、春馬君はこの世から消えてしまったのです。なぜ事務所は春馬君の気持ちを汲んであげなかったのでしょうか?悔しくてなりません……。

ここ数年の春馬君はどうだったのか?春馬君と7年、親交があるという男性俳優に聞いてみました。

「いやあ、撮影中の春馬は、今、流行りの言葉で言えばストイックというのでしょうか?年々、ストイックさが増していったような気がします。怖ささえ感じました。僕なんか若輩者なのでビビるばかりでしたよ。まあ僕の場合は盛り立て役で、春馬は主役だったので、重荷が違ったのかもしれませんけどね」

「春馬君と飲みに行ったり、食事したりはしたの?」

「はい、僕は春馬とは7年くらいつきあいがありますけど、昔は頻繁に飲みにったり、食事したりしましたね。やつ、面白いのですよ。この業界に長くいるせいか、いろんな俳優の過去も知っていたりして、楽しいやつでしたよ」

「最近は?」

「そうですね、ドラマのスタッフと飲みに行っても、いつの間にか消えていることが多かったですね」

「先に帰ったと?」

「多分、主役が重圧だったのかな?と仲間とは話していましたけどね」

「撮影中の休憩時間の春馬君はどうでしたか?」

「以前はバカ話をしてゲラゲラ笑いあっていましたが、ここ1.2年は一人でぶつぶつ念仏みたいに何かをしゃべっていたり、瞑想したりしていました。近寄りがたかったですね。以前はあんなにオーラがあったのに……」

「オーラ、ですか?」

「はい、春馬は本来明るいやつですごいオーラを放っているのは業界でも有名でしたよ」

「でもここ1,2年はそのオーラが消えた?と」

「そうなんです、うーん、言葉は悪いですが、何かにとりつかれたような、お化け屋敷にいるような感じですかね?酷暑の中、春馬を見て悪寒に襲われたこともありましたよ」

「春馬君に何かあったとは思わなかったの?」

「いえいえ、全く思いませんでした。オフになれば普通に電話したりメールしたりしていましたし」

「じゃあ、まさか春馬君が亡くなるとは想像もできなかったと」

「はい、親友の僕さえ理由がわからなかったのですから、今も悲しみが止まりません」

「春馬君はいったん芸能界を休んで留学したいと相談はなかったの?」

「ありましたよ。でも主役を演じたことのない僕からすれば、春馬は王子さまでしたからね。『主役をずうーっと張れる役者は少ないんだぞ』『留学なんか考えずに頑張れよ』と励ましていたのですがね。今となっては違ったアドバイスをしてしまったと後悔しています」

次に春馬君と何回か共演した若手女優に取材を試みた。

「春馬さんはとてもやさしい先輩でしたよ。私が監督に怒られて泣いていた時も『誰でも通る道だよ』『怒られるということは見込みがある証拠だよ』とか、頻繁に励ましてくれました」

「春馬君と食事や飲み会はしたことあるの?」

「そうですね、番組のスタッフさんと一緒になら何回かありますね。いつも冗談ばかり言ってみんなを笑わせていましたね」

「孤独の春馬君は見たことないの?」

「そういえば、撮影が休憩に入るといつも一人でいましたね。目を閉じていたり、台本に何か書き込んでいましたね。主役はさすがだなあと思っていました」

「撮影中の春馬君はどうでしたか?」

「ああこれで終わり!と思った瞬間『監督、もう一度お願いします』って、頭を下げることが結構ありましたね。私は早く帰宅したかったのですけどね。主役は納得がいくまで演技しないとダメなんだよと事務所の社長からなぜか私が怒られましたけどね」

「春馬君は自分に厳しかったのかな?」

「はい、そうだと思います。私のような若手駆け出しの女優や、一瞬しか出ない俳優にもアドバイスしたり、励ましたりしていたのに、自分の演技にはかなり真剣でしたね。深刻と言った方がいいのかな?」

「春馬君がコロナ前、何か悩んでいる様子はありませんでしたか?」

「はあ……私が鈍感なのか?まーーたく見当たらなかったので亡くなった時は、ただただびっくりしてしまい、今も悲しみが消えません」

春馬君は性格が明るかったのでしょう。ずうっと主役あるいは主役級で演じていましたから、何か悩みを抱えていても、誰も気が付かなかったようですね。

では先輩役者は春馬君のことをどう見ていたのでしょうか?

「三浦君はいつも硬くなっていましたね。『もう少し肩の力を抜いて』とよくアドバイスしましたよ。主役が多かったので、自分がみんなをひっぱっていかなくてはいけない、と考えたのも、硬くなっていた原因の一つでしょうね」

「硬くなっていたというのは演技の時ですか?それとも休憩の時も、ですか?」

「両方ですかね。ある程度キャリアが長いと脚本家のセリフに納得がいかず、本番でアドリブする役者は多いのですよ。僕もその一人かな」

「撮影中、揉(も)めていたことはあるのですか?」

「そうですね、(春馬君が)監督や脚本家に食って掛かることが多かったかなあ」

「そういう時にはフォローされたのですか?」

「はい、『きみの芸能人生は長いのだから多少のことは我慢しないと』とか『脚本家の先生もセリフの一言一句が先生方にとっては大事な『給与』なんだから、その辺も考えてあげないとダメだよ』とかアドバイスしたことがありますね」

「春馬君の反応はどうでしたか?」

「『それはわかっていますが、どう見ても、あんなセリフおかしいでしょう』と興奮冷めやらぬ様子でしたね」

「昔の重鎮の俳優は皆さん、ほとんどアドリブだったと聞きますが」

「人によりけりですよ。『脚本家の先生の大事なお言葉だから』と実直にセリフを守る先輩方も結構いましたよ。まあ中には毎回台本読んでこないで、いきなりアドリブで乗り切った俳優もいましたけどね。その人のキャラクターで当時は許されたのでしょうね」

「春馬君の場合は後者の方だったと?」

「そうですね、10年くらい前に共演した時は台本に忠実だったのですが、去年、共演した時には先ほど申したように、頻繁に監督と喧嘩していましたね」

「脚本そのものではなく、プライベートでイライラしていたのでしょうか?」

「十人十色という言葉がありますが、俳優も100人いれば、皆、考え方も態度も違いますよ。劇団上がりの俳優もいれば、最初は歌手でそれがダメになって俳優に転じた子もいれば。春馬君の場合は子役からこの業界にいますからね、思うところがあったのでしょう」

「春馬君が亡くなった時はどう思われましたか?」

「なぜ?とまず思いましたね。あんなに主役ばかり演じられて、幸せだったはずなのに」

「もしコロナがなかったらどうだったでしょうか?」

「これはあくまで私だけの考えですが、100%亡くならなったかと思いますよ」

どうやら俳優の人は年齢の上下に限らず、春馬君の悩みを誰も理解していなかったようです。

では事務所の人は春馬君をどう思っていたのでしょうか?

元アミューズにいたという女性(50代)に話を聞くことができました。

「春馬君は『留学』を求めていたようですが、実際に事務所で話し合い、あるいは口論などはありましたか?」

「ありましたね、芸能界を一時的に休みたいとかなり熱心に(アミューズの)上の方々と口論していましたね」

「事務所はなぜ、春馬君の一時休止を認めなかったのでしょうか?」

「(春馬君は)うちの事務所の〝エース〟ですからね。春馬君が1年間休むだけで数億円がなくなるのは目に見えていましたしね。上の人からすれば、留学なんて迷惑な話だったのではないでしょうか?」

「迷惑?ですか」

「過去に春馬君のゴシップ記事(週刊誌沙汰)や警察沙汰を何度も事務所の圧力で消し去りましたからね。『恩を忘れたのか!』と(上から)怒られていましたね」

「独立の話もあったのですよね?」

「その時は、社長が春馬君の母親を事務所に連れてきて、一緒に説得していましたね。そこまでやるの?と私たち社員の間では春馬君をかわいそうに思っていましたけどね」

「でも春馬君は文句があっても俳優業を続けた。かなり無理していたのではないかと思いませんでしたか?」

「それが事務所に顔を出すときはいつも『あの笑顔』なんですよ。だから自分で命を絶つほど深刻だったとは私たちも正直、気が付きませんでした」

「『会社の歯車だった』と春馬君は言っていましたが」

「それは私たち、俳優以外の社員も同じだと思うのですよね。特にこの業界はワンマン社長が多いですからね。まず社長には100%逆らえない」

「(貴女は)会社をなぜお辞めになったのですか?」

「そうですね、春馬君が亡くなるのを未然に防げなかった責任ですかね」

「もしコロナがなかったら(春馬君は)今も生きていたでしょうか?」

「それが会社での役員と春馬君の口論を思い出すと、いつかは……自ら命を絶っていたかもしれないと考えてしまいます。コロナがあってもなくてもいつかはこうなっていたかもしれませんね」

「コロナがなければ会社をさっさと辞めて、海外留学を自分でする手もあったのではないでしょうか?」

「うーん、それはどうでしょうか?春馬君を小さいころから見てきましたが、意外といったん落ち込むとそこから這い上がれないところがあるのです。それでも昔は敏腕マネージャーがうちにも何人もいましたから、春馬君も救われたのでしょうが、昨今は、そうした敏腕マネージャーもいなくなり……」

「ではコロナがあろうがなかろうが結果は同じだったと?」

「はい、会社が折れない限りは、いつかはこうなっていたような気がします」

なんとも悲しい取材になりました。

コロナがあろうがなかろうが自ら命を絶ったと……。

では春馬君はどのようにして亡くなったのでしょうか?

前述したようにファンには聞かせたくないですが、僕自身がどうしても知りたかったので調べました。まともな文章になっているかどうかはわかりませんが「命がけ」で取材しました。そのことを肝に銘じてお読みください。

前述と重なりますが、春馬君の『死の真相』を探るために様々な方法で取材を試みましたが、行く手には絶えず『さえぎる』壁があり、なかなか取材しても情報を得られず、春馬君ファンに『本を出す!』と宣言してから半年が過ぎてしまいました。

「まともにぶつかってもダメか」

と思った僕は『情報屋』を使うことにしました。

『情報屋』というと刑事ドラマやヤクザ映画の世界しか出てこないと思っている方が多いでしょうが、実際に『情報を売って生計を立てている人』は意外に多いのです。

ですが『情報源の秘密』は順守しなければなりません。

僕は先輩から教えてもらった歌舞伎町の『情報屋』と接触して、ある程度の情報を聞き出すことができましたが、どうしても『春馬君の死の真相』だけは『ウラ』がとれませんでした。わずか10日間で100万円ほど使ってしまいましたが、今や情報は金で買う時代。やむを得ないのでしょう。

普通の記者であればここでおわりですが、ガセネタをつかまされる恐れはいつ取材していてもあると思っています。

それを払しょくするためにはやはり『ウラ』を取る必要があります。

情報屋の知り合いの警察官や官僚、議員、芸能関係者、闇のモノから話を聞きましが、それでも100%納得できないことが何か所かありました。

そのため『情報屋』に、「元締めを紹介してほしい」と頼んだのですが、そんなに簡単に紹介してくれるはずはありませんでした。

実に37日間連続『情報屋』に会いに行き、ついに六本木を仕切っている『大物』と会えることになったのです。すでに季節は晩秋になっていました。

僕は情報屋に渡された地図を片手に山手線××駅で下車し、徒歩で15分ほど歩きました。すると大きな山のような丘が見えてきてそこを4,5分ほど登ったところに、大きな雑木林の中の広大な家を発見しました。どうたらここが『あの大物』の家のようです。

チャイムを鳴らし、しばらくすると和服の女性が木戸を開け出てきました。

「東山様ですね。お待ちしておりました」

僕はその木戸を通り、和服の女性に導かれるまま、2,3分ほど歩きました。

玄関にたどり着くと上がるように指示されましたのでそうしたところ、今度は迷路なような廊下をくねくね曲がり、応接間に着きました。

和服の女性が障子を上げると

「こちらでお待ちください」

というので座布団に座り、待つことにしました。

部屋はゆうに20畳はあったでしょうか?

木のぬくもりりがある、素晴らしいお部屋です。

掛け軸に屏風に盆栽。

僕は緊張も忘れ、部屋を見渡しましたところに先ほどの女性がお茶を持ってきたので、いただくことにしました。

それから10分ほどたち、鴬張りの廊下をキュキュする音が聞こえました。

どうやらお目当てのお相手が来たようです。

「おお、お待たせ、お待たせ、きみが東山君だね?」

「はい」

ゆうに80歳は超えていると思われる老人は言葉もハキハキし、堂々とした態度で掛け軸を背に座りました。

「しかしきみもすごいなあ。37日間連続、俺に会いたいために歌舞伎町に足を運んだんだって?今時、珍しい記者だな。女でもこんなにしつこいやつはいないぜ」

「はあ」

僕はただただ頭を下げるしかありませんでした。

「なんだ、お茶、飲んでいるのか?ビールにするか?あっ、取材に来たんだったな。ごめん、ごめん、コーヒーでいいか?」

老人は僕にそう質問してきたので僕は

「はい、コーヒーお願いします」

と答えると、老人は手を叩き「コーヒー、いつものやつ、2つお願いね」と大きな声で誰かに頼んでいました。

さて、この老人、いったい何者なのでしょうか?

恐らく、老人は僕の力量をみたいはずです。

僕は僕で「本当に春馬君・結子さん・芦名さんの薬のルートを聞けるか?」で頭はいっぱいでした。

前出の通り、この大物を仮に『早乙女氏』と呼ぶことにしましょう。

早乙女氏は僕に笑みを浮かべてきたので僕は突然「明治維新」の話を始めました。

「あれはどうみても明治革命ですよね?」などと堂々と質問してしまいました。

これはまずいと思っていると早乙女氏は

「そうか、そうか、俺も、きみと同じ意見だ」

と答えてくれ、まずは一安心しました。その後、日清戦争、日露戦争、大正デモクラシー、盧溝橋事件、二・二六事件、太平洋戦争、第二次世界大戦、原爆投下、ポツダム宣言、サンフランシスコ平和条約、バカヤロー事件とどんどん話は進んでいきました。

「(どこまで前置ききの話をすればいいのだろうか?)」

と心で思いながらも口が勝手に近代史を早乙女氏にぶつけていきました。

早乙女氏は自由闊達に答えてくれました。

そして「ロッキード事件」になると急に顔色がかわりました。

「まずい、地雷を踏んだか」

と僕は思いましたが、ロッキード事件の全貌を話してくれました。

「俺が後悔していることは2つある。1つは角さん(田中角栄元総理)を守れなかったこと。もう一つは、2009年に小沢君を総理大臣にしてあげられなかったことだ」

と涙ぐみながら話してくれました。

僕はもともと田中角栄元総理は無実だと思っていましたし、僕が2009年「悪性リンパ腫」で入院していたとき、小沢さんが「無実」なのに(小沢さんは)検察や日テレ・電通の攻撃にあい、その後「民主党」が政権を取ったにもかかわらず、(小沢さんは)総理になれなかったことはこの国にとって大きな損失だと常々思っておりました。もし小沢さんが総理になっていたら、東日本震災の対応も、福島原発の対応も菅元総理よりはうまくいっていたと確信しています。

そのことを早乙女氏に話をすると

「そうか、そうか、記者にも俺と同じ思いの人間がいたんだな」

と泣きながら答えてくれました。

僕がハンカチを差し出そうとすると、突然、先ほどの和服の女性が入ってきて、タオルを早乙女氏に渡して去っていきました。

しばらく沈黙が続きました。

その後、70年代の日本はよかったね、とか、僕の親父が昔観ていて、僕もそばでそっと観ていたアメリカのドラマ『コンバット』や『FBI』『ララミー牧場』『インベーダー』の話をすると早乙女氏は「きみは小さかったはずなのに、よく観ていたなあ。俺もあのドラマ、特にコンバットのビック・モローは好きでな」と話をしてくれました。

しばらく経済の歴史を明治維新から現在まで追った話をしていると、あっという間にお伺いしてから3時間が経っていました。

「さて、もう前戯(ぜんぎ)はこのくらいでいいだろう。本題に入ろうか?」

といきなり早乙女氏が言い始めました。

僕のことを信用してくれたのでしょうか?

「まずは『室内で首つり』ができるかどうか?ということをお聞きしたいのです」

僕はあまりにも突拍子な話からし始めました。

「きみが調べている3人(春馬君、結子さん、芦名さん)は『首つり』が死の原因とネットには書いてあったなあ。ハッキリ言おう、素人には無理だ」

早乙女氏はクビを横に振りました。

「やっぱりそうでしたか」

僕がうなずくと

「まあ稀に成功してしまう例もあるようだが、まず庶民が自宅内で首つりして死ぬるなんて幻想だね」

早乙女氏は右手を左右に振りました。

「では推理小説や刑事ドラマに出てくる『首つり』もウソだと?」

「書いている奴は現実を知らないのよ。無理無理、絶対に無理!」

早乙女氏は完全に「否定」しました。

「何年か前に『ロス疑惑』で有名な三浦氏が、アメリカの拘置所内で首つりしたのが発見されたと発表されましたよね?しかも『運よく』監視官が誰もいなかったときだとか。これって、誰かが殺して、首つり自殺に見せかけてのですよね?」

「そうだそうだ、きみはよく調べているじゃないか。感心、感心」

早乙女氏はコーヒーを2,3回、口に含み、そう答えました。

「三浦氏を殺したのは日本国ですか?」

「まあサツ(警視庁)がやらしたんだな。アメリカと取引したのだろうね。何しろアメリカって言えば、ケネディの暗殺を勝手にオズワルドと決めつけ、移送中にオズワルドを一発屋に殺させて一件落着させた国だからね。三浦一人殺すのは簡単だろう」

何やら話が物騒になってきました。

「やはり刑務所でも自宅でも『首つり』はできないですよね?」

「せっかく会ったから話すが、『首つり』の99%は誰かが殺して、あとから(誰かが)棒か何かにロープを絡ませることが一般的だね」

早乙女氏がそう話すと、和服の女性が早乙女氏におかわりのコーヒーを持ってきました。

「失礼ですが、早乙女さんもそういうことを?」

「ハハハ、まあご想像通りに」

早乙女氏は突然、葉巻に火をつけ始めました。

「では首つりは(春馬君、結子さん、芦名さんの場合)100%ない!と断言していいですね?」

ようやく火が付いた葉巻を思いきり吸うと早乙女氏は煙をはきながらハッキリ答えました。

「100%ない。きみの考えは当たっているよ」

早乙女氏は僕を見つめ、そう答えました。

「ありがとうございます。次に春馬君がどう亡くなったかについてです」

「おお、三浦ね」

早乙女氏はそばに置いてあった包みの中かから茶色い封筒を出し、僕に渡した。

「ほい、中、開けてみな」

「えっ、中身を見てよろしいのですか?」

「いいから、開けてみなよ」

その中には春馬君の検×××書のコピーが入っていました。

「あっ、こ、これは」

「そうよ、きみが知りたがっていた三浦の検×××書だよ」

そこには『薬×による××』と書いてありました。

「きみに聞くけど、きみにとって、芸能界、いや業界と言った方がいいのかな?どんな感じだ?どこまでが範囲だ?」

「そうですね、テレビに出演している、例えば、アイドルとかお笑い芸人とか俳優とか歌手とか、今じゃアナウンサーも入るのでしょうか?それからテレビには出ていないけど劇団員も入るかなと」

「おお、いい線、いっているじゃないか。でも、俺たちの〝業界感〟はもう少し広いかな」

「と申しますと?」

「今、きみが言った連中に加えて、映画会社とかTV制作会社に勤務している連中、出版社勤務も入るかな?それに、絵描き、演奏家、陶芸家なんかも入るね」

「かなり広いですね」

「まあサラリーマンとか議員とか公務員とか学生とか主婦以外、全員って感じだな」

「でも、早乙女さんがいうところの業界と春馬君の死と何か関係があるのですか?」

早乙女氏は、ほくそ笑むと、また包みから茶色い封筒を取り出しましたが、今度のはかなり分厚いのです!

「中、あけてごらん」

僕はおそるおそる開けてみました。

「ええ、これ、全部、検×××書(の写メ)じゃないですか!」

数を数えたら、100枚はありました。

「それらはなあ、今年(2020年)の7月から9月末くらいまでかな?自殺した『業界人』の××書だよ」

「えっ、3か月間に100人くらい自ら死を選んだというのですか!」

「未遂や途中で助かったやつも含めると、その3倍くらいはいるんじゃなか。多分、三浦は、仲間が自殺しても、中には助かった奴もいた。普通の死に方じゃ助かってしまうこと知っていたんじゃないか?」

「なるほど、こんな事態になっていたとは」

僕は茫然としました。

「ところで、きみの三浦が死んだ見立てはどうなっているんだ。聞かせてほしいね」

早乙女氏は煙を天井にむけて放つとそう僕に質問してきました。

「はい、春馬君とは何度かお会いしたことがあり、その中で一度、と言ってもたかだか30分くらいですが、昨年(2019年)会ったことがあり『芸能界を一時休みたい』と言っていたのです。春馬君曰く。海外に留学したかったと。でも事務所に何度話しても一喝され、かなり悩み苦しみ、困り果てていたようです。春馬君はアミューズの〝稼ぎ頭〟でしたからね。そして今年(2020年)になって、むこう3年~4年以上予定が埋まっていたスケジュールが(いったん)全部白紙になり、事務所からマンションにいることを余儀なくされた。外に出ようとしても、外には、春馬君のネタを週刊誌に売りこもうと待ち構えているパパラッチはいるし、週刊誌の記者はいるし、外に出られない状態でいた。例えば、アイス一つでも買いに外に出れば『春馬、コロナ渦中、ハーゲンダッツ買う』と書かれてしまいますからね。春馬君は『週刊誌が嫌い』だったようで、苦痛でも部屋にいるしかなかった。では頼みの綱の『事務所』に電話してみてもまともに相談にものってくれない。挙句の果てには『つらいのはあなただけじゃないの。みんな苦しいの』『夏までにはコロナ終わるから、それまで中(マンション)でじっとしていなさい』(事務所関係者談)とさげすまれ、仕方なく、マンションでTVを観たり、運動器具で体を鍛えたりしていた。春馬君には心を許せる友達は少なったようで、電話も(ほとんど)できない状態でいた。本来ならばマネージャーがフォローすべきところを今の業界のマネージャーは一部を除き『ナイントゥーファイブ(9時から5時まで)』など一定の時間までしか仕事をしない連中ばかり。こんなアホな連中では、とても春馬君は相談する気にもなれない。テレビをつけてもコロナな話題オンリーだし、外には行けないし、買い物はネットスーパーか、ウーバーイーツ。まじめな春馬君は心を病んでしまった。そんな時、芸能界で薬を仕切っているお笑い芸のSと連絡を取り、覚せい剤やマリファナには手を出したくなかった春馬君はやむを得ず『精神安定勢』や『睡眠薬』を頼んだ。本来は精神科に行けばよかったのでしょうが、外にはパパラッチがいますからね。『春馬、精神科に行く』などと生易しい記事がでるわけではないですからね。『春馬、精神科通い!自殺目前か!?』とか書かれそうですものね。韓国の俳優はよく『自殺』する人が異常に多いですよね?調べてみたら、今のこのコロナ渦中と同じで、俳優たちは外に出られず、間違ってコンビニでも行ったものなら、ファンやパパラッチがおっかけてくる。そして『有名歌手××、コーラ5本買う』とか『女性人気ナンバーワンの男優●●、エッチの雑誌立ち読み』とかSNSにすぐに書かれて、しかもNHKのようなニュースでも叩かれてしまいますからね。彼らには『プライバシーがない』んです。そうしてマンションからどこにも出られず自殺してしまう……。春馬君は当初、自殺は考えていなかったでしょう。しかし、ずうっと自宅に、しかも、一人でいるものですから、イライラするわ、眠れないわ、信じていた事務所からも突き放されるわ。ふんだりけったりだったのでしょうね。そして『精神安定剤』と『睡眠薬』に手を出した。運び屋はウーバーイーツーバーイーツ。へたに郵便や宅配で送ると中身がスキャンされますからね。ウーバーイーツが一番安全ですね。ですが最初に買った(多分軽めの)安定剤はだんだん効かなくなってきて、どんどん強い安定剤あるいは抗うつ剤に替えたり、飲む回数を増やしたり、種類も量も増えていった。そうして何とかコロナ初期を乗り切ったところにようやくコロナ患者数も減り、春馬君にもドラマの出演依頼が来た。春馬君は役作りのために薬を断ち、体力つくりに努めた。そしてドラマがクランクインした。ですが、これは精神科の医師から聞いたのですが、今まで精神安定剤や抗うつ剤にかなり依存していた人が急にやめると、自殺する傾向が極端に強くなるとか。そして不幸にもドラマの撮影が進んでいく間に、いったん収まったかと思ったコロナ患者数がまた増えだしてきた。『事務所は夏に収まると言っていたじゃないか!』春馬君は再度、安定剤か抗うつ剤に手を出そうとしましたが、顔の表情で、抗うつ剤を使っているのがバレてしまう。せっかく再活動できたと思った矢先にまたまたまた今後のスケジュールがわからなくなってきた……。春馬君が希望していたように海外に留学しようと思っても海外はロックダウンされているので日本から脱出さえできない。ドラマ撮影中も帰宅すれば、暗い部屋の中、一人で過ごさなければならない。(もしかすると)コロナは永遠に続くのかもしれない。事務所は自分の夢を応援してくれない。そっけない態度で3年間のスケジュールに空白が空いたのさえ、まともにフォローもしてくれない。そんな中、業界の仲間がどんどん自ら死を選んでこの世から消えていった。だが中には失敗した連中もいた。何もかも嫌になった春馬君は『一発で、それも自宅で死ねる方法はないか』考えた。さすがに切腹はできない。首つりもできる場所がない。そこで薬調達屋に『青酸カリ』(又は一発で死ねる薬)をお願いした。そして青酸カリ(またはそれ以外の毒薬)を飲んでこの世を去った」

「おー、いい線、いっているじゃないか」

早乙女氏は一気にコーヒーを飲み干しました。

「済生会病院から『スターバックスのにおい』がしたと聞いたもので、青酸カリによる死かなと考えたのです。でも本当に青酸カリなんて手に入るのですか?」

「きみに言っておくが、『カリ』(青酸カリ)はきみたちのすぐ身近にもあるぞ。庶民は知らないだけだと思うけどな」

早乙女氏はまた煙を天井に吐きながらそう答えました。

「ではどこかの組織が春馬君に『青酸カリ』を売ったわけですね?」

「『青酸カリ』かはわからないが『死の毒薬』を売ったのは事実だね」

「では組織はどうやって、青酸カリを入手したのでしょうか?」

「まあ、安定剤や抗うつ剤もそうだが、売りに来る奴が毎日いるのよ」

「売りに来る?ですか?例えば、安定剤、抗うつ剤、睡眠薬はどうやって売りに来るのですか?」

「薬剤師だな」

「ヤクザイシ(ヤクザ医師)?」

早乙女氏はゲラゲラ笑い始めました。

「ハハハ、この緊張下の中、きみ、面白いこというな、気に入ったぜ、ハハハ」

「すみません、製薬会社でしょうか?」

「そうだな、薬剤師も売りに来るけどな。でも量は毎回少ねえなあ。ところでヤク(薬)に賞味期限があるのを知っているよな?」

「はい」

和服の女性がまた早乙女氏にコーヒーを運んできました。

「製薬会社は、せっかく作った薬の賞味期限が迫ると俺たちに大量に売りに来るんだ」

「えっ、廃棄するのを何人かの社員の前で厳重に確認して処分すると聞きましたが」

「まあ、きみの手前、そういっているだけで、実際は俺たちに安く卸してくれるから、俺たちは安定剤も抗うつ剤や睡眠薬を安価で手に入れて、高い金で客に売ることができるんだ」

「そうですよね、今じゃ、『みかじめ料』もとれないし、組織の方々を食べさせていくのは大変ですものね」

「おお、『みかじめ料』なんて、よく知っているじゃないか。そうだな、どこの組織も必死だな。まあ抗うつ剤や睡眠薬だけじゃ食っていけないけどな」

早乙女氏はまたまた天井に向かって煙を吐きました。

「俳優の伊勢谷がつかまりましたよね?どこかの組織が絡んでいるのですか?」

「そうだな、×××組(暴力団の名)だな。でもなあ、伊勢谷の場合は100%『警察のパフォーマンス』だな。コロナの中、芸能人の多くは『ヤク漬け』だよ。たまに誰かをスケープゴートにしないと、(警察の)キャリア組も出世できないからな」

「伊勢谷は見せしめということですか?」

「まあ、そうだな」

僕もコーヒーを一気飲みしました。

「早乙女さんは先ほど、青酸カリは僕らの身近にあるとおっしゃっていましたが」

「そうだよ、きみが俺に聞きたいのは『青酸カリ』の入手ルートだものなあ」

「はい、そうです」

(僕は)水を一気飲みしました。

「物知りのきみならわかるはずだ。青酸カリ、きみだったらどこから手に入れる?」

「そうですね、理科系の研究所とか、あとは……化学メーカーとかからですかね?」

「おお、すげえじゃないか、化学メーカーか、ちゃんと知っているじゃないの!」

「はい、実は、昔、僕が小学生の時、学研の『毎日の化学』という雑誌を購読していたのですが、その時に『青酸カリ』が付録に入っていたのです。真っ赤でした。おやじから『これは危険だぞ』と言われたので、すぐにシンクで流しました。でも小学生が読む本の付録によく『青酸カリ』が入っていましたよね。大人になるにつれて『青酸カリ=自殺』という公式がだんだん定着するようになってきて、なぜ、そんな毒薬が世の中に存在するのか?調べてみたんです。そしたら驚きました。確かに、早乙女さんがおっしゃっていたように青酸カリは実は身近にありました。メッキ加工や冶金、それに医薬品や農薬の研究など、『青酸カリ』の利用分野は幅広いことがわかりました。つまり大学の研究所はもとより、化学メーカーで働いている連中が金欲しさに、売りに来るのですね?」

「100点だな」

早乙女氏は急に拍手をしだしました。

「えっ、本当にそうなのですか?だって、大学でも化学メーカーでも、それこそ毎日、慎重に、在庫をチェックしているでしょうし、グラム量も頻繁に記録しているはずですよね?しかも青酸カリが保管されている場所には監視カメラがあると思うのですよね。そんなに簡単に持ち出すことが可能なのでしょうか?」

「俺が言えることは、きみの推理通り、組織に持ってくるバカが東大の学生や教授先生も含め、かなりいるということだよ。昔は2グラムとか3グラムとか少ない単位で持ってきたのでバレなかったんだが、最近のバカ者は平気でまるごと一瓶持ってくるからなあ。これじゃあ、東大でも化学メーカーでも大騒ぎになるよ。サツが動く!実際に事件になったことが数軒あったのは知っているよな?」

「はい、知っています」

和服の女性が今度は僕にコーヒーのおかわりと水を持ってきました。

「青酸カリで死ぬとどうなるか知っているか?」

「僕の取材では何かしらのニオイが口から立ち込める以外に、目が飛び出すとか、嘔吐物があるとか聞いていますが」

「いやいやそんな簡単なもんじゃないよ。糞まみれにはなるし、鼻血ブー出し、まあ、素人が見るもんじゃないね。しばらくは『トラウマ』になるな。あっ、それと青酸カリのニオイは『アーモンド臭』だと庶民は思っているようだが、『アーモンド臭』がするのは最初だけ。時間が経つにつれて『キツメのニオイ』に変化するかな。この点は多くの推理小説家は間違っているな」

「そうなのですか!初耳です!」

「素人は知らなくてもいいことだ」

「ということは病院の看護師が言っていた『スターバックスのニオイが口の中からした』というのは、どういうことなのでしょうか?」

「(三浦は)ミルクかコーヒーと一緒に『カリ』(青酸カリ)を飲んだだけじゃないか?」

「そ、そうなんですか」

僕はがっくりした。

「(早乙女氏は僕に向かって)まあ、落ち込むな」

「青酸カリ=アーモンド臭、国民は皆、そう思っているのではないでしょうか?」

「どんなに偉い作家先生でも、テレビ局のプロデューサーでも、アーモンド臭としておいた方が面倒はないからそうしているだけだ」

「ってことは、話は少しズレますが、刑事ドラマや小説に出てくる、自殺シーンや暴力シーンも嘘ばかりだと?」

「だな、よくよお、腹や頭を殴ると気絶する場面があるじゃない?あんなの全部『ウソ』だからな」

「えっ?」

「腹を殴られたら、その場でうずくまるか、または嘔吐するね。頭を殴られたら、ふらつくよ」

「真実を知るのはキツイですね」

「でも、きみは何もかも真実を知りたいのだろう?この際、ハッキリ、本で書いてやれ」

「はあ」

「あっ、それから、くれぐれも遺体を直接見ないようにしないとな。それこそきみが『抗うつ剤』を飲まないと生きていけなくなるぞ」

「そんなに、おぞましいのですか?」

「まあ、そういうことだ。ところで、(きみは)自殺すると遺体はどうなるか知っているか?」

僕は水を一気に飲み含み答えました。

「解剖されるのですよね?」

「まあ、そうだな。だけどな、その解剖が……ゲテモノの極みと言えばいいのかな?」

「とおっしゃいますと?」

「まずはよぉ、遺体を真っ裸にするじゃないか。それから手袋した連中が遺体のアナルに手をぶっこんでアナルの中をかき回して、その手を今度は口から喉に向けて突っ込んで喉をグチャグチャにして、そのあと、腹を切り、頭を切り……。まあよくこんなことできるなあと俺達でもビビってしまうよ」

「それじゃあ、豚や牛の解体と一緒じゃないですか!」

早乙女氏は目をギンギンにさせ、僕に答えた。

「きみの言う通り、自殺したら、どんなにイケメンでも美人でも解体されるから要注意だな」

「僕の妹分の竹内結子さんが自殺したといわれているのに解剖されなかったじゃないですか?でもね、僕は自殺じゃないと思っているのですよ」

「まあそれはきみの意見だよなあ?世の中の誰もが結子ちゃんは自殺と思っているのに、きみは違う意見なのか?結子ちゃんの体は解剖されなかったけどな」

「さっき早乙女さんがが『自殺=解剖』とおっしゃっていたじゃないですか?自殺したと警察が発表しているのに解剖しないことなんてことできるのですか?」

早乙女氏はゆっくりコーヒーをすすり話し始めた。

「きみは結子ちゃんの死の真相、どういう見立てをしているんだ?」

「はい、結子さんは私が取材した限りは大量の『抗うつ剤』と『睡眠薬』を摂取していたようなんです。9月26日は夜、多分、いつもはうるさい長男も次男もこの夜は静かで、結子さんはリビングでワインでも飲みながら、抗うつ剤や睡眠薬を多量に飲んでいたのでしょうね。かなり気持ちよかったはずです。ついつい気持ちよくなって、お酒も抗うつ剤も増やして、ふわふわした気分になったと思うのです。でも、竹内家は元来『循環器が弱い』と先祖代々言い伝えられているのです。実際、おやじもおじいちゃんも、叔父も叔母も……皆、循環器系が原因で亡くなりました。僕も循環器が原因のガンで死にかけました。恐らく、結子さんも、もともと不整脈か、何か心臓に欠陥があったと思うのです。それで9月26日夜、大量の抗うつ剤を飲んで、酒も大量に飲んで気が付いたら、(9月27日未明に)心臓が止まっていたのではないかと」

「ほお、なかなか名探偵だなあ」

そう早乙女さんは言うと、着ていた和服の中からスマホを取り出し、結子さんの亡くなった時の写真を見せてくれた。

「早乙女さん、この写真をどこから?」

「それは言えないが、きみのいう通り、顔がかなりむくんでいるなあ。これは食べ過ぎで起こる顔太り具合じゃないね。ヤクじゃなければ、『抗うつ剤』の多量接種が原因だな。『うつ病』の薬は太るからなあ。これじゃあ美人も台無しだな。多分、事務所や家族は結子ちゃんが抗うつ剤や睡眠薬を多量に飲んでいたのを知っていたので解剖を拒否して、一刻も早く焼いてしまおう(火葬しよう)と思ったんだろうな」

「そんな、まるで証拠隠しじゃないですか!」

僕は思わず泣いてしまった。

「そうか、そうか、かわいそうに」

和服の女性が突然入ってきて早乙女氏にタオルを渡した。

早乙女氏は僕の涙をふいてくれた。

「きみの一家も、結子ちゃんの一家も、かなり複雑な家庭らしいな」

「そうなんです、全国にいる竹内家が全部そうだとは思いませんが、話せば長くなり……」

「そうか、きみもかわいそうにね、大事な妹分亡くして。最後は会えなかったのだろう?」

「はい、葬儀にさえ入れてもらえませんでした」

「ひでえ、一家だなあ、結子ちゃんの親は」

「まあ、ひどいのは今に始まったことではないのですけどね……」

僕は涙が出終わると最後の一滴を腕で拭い、早乙女氏に頭を下げた。

*ブログの文字数の関係で本日はココまでです。

(続く)

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