【連載⑤】三浦春馬さん・芦名星さん・竹内結子さんはなぜ「死」を選んだのか?

~説明⑤~

何度も申し上げますが、この本は「桜田門の検閲」により「僕が書きたかった3分の1」しか書けていません。残念です。

つまり「事実は書けました」が「真実を全部書けなかった」わけです。

その点を踏まえ、お読みください。

本日は「竹内結子さんの死の謎」を究明していきますが、「3分の2」は書きたかったことを書けていませんのでご容赦ください。

ちなみにここでは敢えて「結子さんと筆者の間柄」は書いておりませんので、想像の範囲でお読みいただけますと幸いです。

*一部「ブログ用に書き直しております」ので「誤字脱字」があります場合はお許しください。

第二章 竹内結子さんは自殺していない

週刊誌などでは好き放題「竹内結子さんの死は実家との確執」あるいは「夫・中林君との不仲」説をあげているが、どれもきちんと「ウラ」をとったのであろうか?

確かに竹内結子さんの実家との関係は決して良好であったわけではない。

以前、筆者がブログに書き、その後、アメーバに無残にも消されたと同じ内容を女性セブンが書いているので紹介しよう。

◆竹内結子さん 語らなかった父の再婚と「6人きょうだい」

9月27日、自宅で亡くなった竹内結子さん(享年40)。昨年2月に再婚、今年1月に次男を出産し、幸せを満喫しているかのように思えた矢先の出来事だった。生前、「私の家族が複雑だから」と語っていた彼女には、どのような感情が渦巻いていたのか──。

竹内さんは埼玉県に生まれ、3姉妹の末っ子として育った。年の離れた末っ子は家族の寵愛を受けて育ちそうだが、彼女の父親は厳しかった。

「言うことを聞かないと鉄拳制裁も辞さない、昭和のお父さんという感じの方で、結子ちゃんも〝よく殴られた〟と話していました。でも、彼女自身もおてんばでした。小学校を転校する前のお別れ会で、結子ちゃんは楠田枝里子さんのモノマネをしてクラス中を笑わせていました。明るくて目がくりくりして、かわいい人気者でした」(小学校時代の友人)

小・中学校時代の竹内さんは、父親の仕事の都合で、埼玉県内の学校を転々としていた。そんな彼女の心の支えとなったのが母方の祖母だった。

「もともとしつけの厳しい家庭でしたが、おばあちゃんはいちばん小さい結子ちゃんをとてもかわいがってました。結子ちゃんは学校から帰っても自宅には誰もいないので、ランドセルを置くとすぐに近くに住むおばあちゃんの家に行っていました。そこでテレビを見て、夕飯のお手伝いをして、おばあちゃんと一緒にご飯を食べてから家に帰っていましたね」(竹内家の知人)

そんな彼女を中学生時代に大きな悲劇が襲う。

「お母さんが、がんになったんです。お母さんは子供たちの食事に気をつけて、玄米に無農薬野菜を使った料理をする優しいかたでした。それが突然がんになってだんだんと動けなくなり、結子ちゃんらが必死で看病していました」(前出・竹内家の知人)

この頃、彼女にとってショッキングな出来事があった。父親と母親が離婚したのだ。だが離婚後も夫婦は同居を続けていた。

「この時期に離婚していたことは家族にしか伝えず、いまも知らない親族もいるようです」(前出・竹内家の知人)

そして1994年、竹内さんが14才のときに母親はがんでこの世を去った。

「両親が厳しく育ててきたから、姉妹はみんな芯の強い子に育ちました。お母さんはよく子供たちに〝泣いても状況は変わらないのよ〟と諭していましたからね。いちばん小さな結子ちゃんは、内心はつらかっただろうけど、お母さんが亡くなったときもじっと耐えて、気丈な姿を見せていました」(前出・竹内家の知人)

最愛の母が亡くなり、思春期を迎えた竹内さんの心は空っぽになったはずだ。だが母の死の翌年、彼女に転機が訪れた。スカウトされての芸能界入りだ。当時、学校帰りに制服のままオーディションに向かっていた頃の心境を、彼女は雑誌のインタビューでこう振り返っている。

《自分が必要とされることがただうれしかった》

寂しさを押し切って、芸能活動に励む竹内さんに思いがけない連絡が入ったのはこの頃だった。母親と死別した翌年、父親が再婚したのだ。

「再婚相手には男の子3人の連れ子がいました。竹内家にも3姉妹がいたので、結子ちゃんは6人きょうだいになった。前年にお母さんを亡くしたばかりの結子ちゃんにとっては、急な環境の変化に息が詰まるような思いもあったようです。父親にも甘えられず、彼女はあまり家に帰ることもなく、ますますおばあちゃんの家に寄りつくようになりました」(前出・竹内家の知人)

竹内さんは父の再婚後の家族についてあまり語ることはなかったが、ある本でこう胸中を明かしていた。1999年発売の小説『サーフ・スプラッシュ』(桜井亜美著・幻冬舎文庫)の「解説」だ。

《帰る家は暖かい家庭そのものに見えたが、カギのかかった空間がいくつもあるような場所だった。足早に台所を通り過ぎる時、一人の人間として父が必要とした女の人が、彼女の子供たちのために食事の支度をしている。晩の食卓の賑やかな景色が、私にはガラス越しのものに見えた(中略)私は父に人生を好きに生きてくれたらいいと思っていた。連れ子という荷物がいることを面倒に感じられたくなかったのだ。その思いが自分の心に無理を課していたとは気付かなかった》

継母を《父が必要とした女の人》、自分を《荷物》と表現する竹内さん。実母との死別直後に始まった新しい家族との生活。自宅で分裂生活を送りながら、自らも気づかぬうちに彼女は疎外感を募らせていった。そして、右も左もわからず飛び込んだ芸能界で、周囲にこう漏らしていた。

「私、ちょっと複雑な家庭なんで戻る場所なんてないんです。だから、この世界で絶対に頑張らなきゃいけない」

心に秘めた思いを隠しながら、華やかな芸能界を生きる竹内さんを応援し続けたのは、やはり祖母だった。

「私が昔バイトしていたスーパーによくおばあちゃんが来て、〝今度、孫がドラマに出るのよ〟と竹内さんが出演するドラマのポスターをうれしそうにレジの子に見せていました。〝家によく遊びに来るのよ〟とにこやかに語っていました」(竹内家の近所住民)

一方で竹内さんは、父親には複雑な感情を抱いていたようだ。

「理不尽なほど厳しく育てられたうえ、母の死後、すぐに別の女性と再婚した父親には、嫌悪感があったかもしれません。継母は実母の友人だったようです。でも一方で、結子ちゃんは父親に誕生日プレゼントを欠かさず、毎年お正月には、父親に会うために実家を訪れていました」(前出・竹内家の知人)

20代前半の頃の竹内さんは、18年上の芸能マネジャーや15才年上の上川隆也(55才)らとの恋愛で世を賑わせた。年の離れた男性との恋愛を繰り返したのは、頼りたいけれど頼れなかった父親への、愛憎半ばする思いが影響したのかもしれない。

【相談窓口】

「日本いのちの電話」

ナビダイヤル0570-783-556(午前10時~午後10時)

フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時〜午後9時、毎月10日午前8時~翌日午前8時)

*女性セブン2020年10月15日号

竹内家は「複雑怪奇」な一族である。

あまりいいたくないが、「不幸な一族」であると言っても過言ではない。

しかし竹内結子さんは「スターダスト・プロモーション」にスカウトされ、見事に自分の過去を打ち破ることができた。

本来は中村獅童さんに幸せにしてほしかったが、残念ながらそれは叶わなかった。

「不倫」「浮気」は男の甲斐性という諺があるが、そんな「女性〝蔑視〟〝軽視〟の通説」が未だに通じるのは歌舞伎界だけである。

結果、中村獅童さんは竹内結さん子を裏切り、××さん他数十名の女性と「同時進行」で堂々と不倫しても、なんとも悪びれる気配さえなったというのは〝最低な男〟である証だ。

以来、竹内結子さんは長男を「超有名大学付属小学校」に入学させ、女手一つで育ててきた。

その長男も、もうティーンエージャーとなった。今は前出大学附属校に在籍している。

だがマスコミにこれだけはお願いしたい。

長男に何の罪もない。もちろん次男にも、だ。

長男は、自分を片腕一つで育ててくれた大事な母親・結子さんを亡くし、今もって、悲嘆な境地にいることだろう。

そしていつそこから脱出できるかもわからないままである。

どうか長男を取材し、つけ回すのだけはやめてほしい。

長男はこれを機に中村獅童さんのもと、歌舞伎役者になるかもしれないが、それは神のみぞ知ることである。

子供を事件・事故に巻きもむ大人は「最低な人間」のすることである。

静かに見守ってほしいと切に願う。

だが読者が知りたいのは「なぜ竹内結子さんが亡くなったのか?」ということであろう。

竹内結子さんの関係者、近親者に様々な取材をし、僕自身が「パズル」のように組み立てた〝「コロナ渦」での衝撃的な竹内結子さんの「生活」と「会話」のプロット(亡くなる過程までの話)〟を書いてみた。追って、ご覧いただきたい(主語私=結子さん)。

コロナがますます広がりを見せ、私は事務所から「しばらく」の「自宅待機」を命じられた。最初のうちは結婚したばかりの骨や安めをとして家族団らん、楽しいものだった。

だが長男の学校が休みになり、テレビでコロナ報道がますます勢いづくと、4年先まで入っていた私の仕事は「ゼロ」になったとそっけなく事務所に言われ唖然とした。4年先までのドラマや映画や撮影はすべて「延期」「中止」あるいは「見直し」となったのだ。事務所に何度電話しても「仕方ないじゃない」「夏になればコロナは収まるからそれまでの辛抱よ」「私たちだって生活があるの。困っているのはあなただけじゃないの」と冷たい答えしか返ってこなかった。いくら家賃200万円の広尾の一流マンションでもこうして1週間、2週間すると、狭く感じてくるのは不思議だった。次男は頻繁に泣きじゃくるし、旦那も長男も一日中自宅にいるし、食べるものと言えば全部アマゾンで購入したものや、ウーバーイーツが運んでくるものばかりで、自宅から外に出ることはたまに入る「仕事もどき」以外はなかった。電話も最初のうちは親友の××や○○と頻繁にしていたが、彼女たちにも生活がある。そのうち電話はなくなり、私はイライラし始めてきた。家賃、光熱費、食事代、個人事務所の出費、長男の習い事の出費などなど、入ってくる収入はないのに、出ていく出費ばかり増えた。しかも実家までもが〝またもや〟「借金」のお願いをしてきた。よせばいいのに私は大金を実家に貸してしまったのだ。貯金通帳からは毎日どんどんお金が消えていった。

いつしか時は過ぎ、緊急事態宣言に入った。私はたまに仕事という名目でマンションから出る以外はやはり一歩も外に出なかった。それは事務所からのお達しもあったが、外には芸能記者やパパラッチがいる。変なことを書かれるのはごめんだ。ささやかな「私の抵抗」だった。

だが自宅での「軟禁生活」は日に日に困難を極めた。次男は朝夕構わず頻繁に泣くし、長男は学校が休みで「暇だ、暇だ」と騒ぐし、旦那は収入ゼロだし……私は「きちがい」になりそうだった。

以前から不思議に思っていたことがある。なぜ韓国の俳優が頻繁に自殺するのか、ということだ。最初は意味がわからなかったが、マンションの下にはパパラッチどころかファンまでもいるという。買い物にいくだけでもSNS上に流され、「◆◆ハーゲンダッツバニラ2つ買う。誰と食べるの?彼女?それとも…」とか「今日はおなべ?それとも彼女がおなべ?女性二人で仲良く鍋料理のお買い物」など書かれたという。しかもその話題はNHKのような立派なニュースでも流れる有様。結局、韓国の俳優たちはマンションから一歩も出られなくなり、ついには「ウツになり」自殺したのである。

今の私はまさにそんな状況だった。

信頼していた事務所からのフォローは全くない。それどころか、放置プレーされた。いつ電話しても「仕事はない」「仕事はない」のバカの一つ覚えの返答ばかりで、私は外に出られないままでいた。

GWのある日、私はとうとう夫と大喧嘩してしまった。

「長男は毎日家にいてうるさいし、次男は深夜でも朝でも昼でも泣きたいときに泣くし、いつもなだめるのは私!あなたは何のためにここにいるの?」

「僕は長男と遊んでいるじゃないか!仕事がないのはわかるけど、夏にコロナは終わるといっているよね?もう少しの我慢だよ。そんなに怒ってはダメだよ」

「冗談じゃないわ。月にいくらお金が飛んでいくのか、あなた知っているの?あなたはいくら稼いでいるの?全部、私がお金払っているのよね?洗濯、掃除だって私がお金を払って全部家政婦さんがしてくれるんじゃない!あなたは何をしてくれたというの?私はもう限界なの、わからないの?」

「わかった、今後は、僕が次男の面倒も積極的に見るよ」

「あなたバカ?おむつとっかえたり、ミルクあげたり、あなたできるの?あなた、おっぱい出るの?」

「せめて、料理は僕がするようにするよ。ウーバーは飽きた」

「私は仕事がしたいの。そのために結婚したのでしょう?家のことはあなたが全部してくれるって言っていたじゃない!」

「マンションの下にファンがいようが、パパラッチがいようがいいじゃない。外に出ようよ」

「あなた、よくそんな無神経なことが言えるわね。今は緊急事態宣言が出ているのよ。外に出てはいけないの。この子(次男)にコロナがうつったら、あなた責任もてるの?死んじゃうかもしれないのよ」

「子供はかかりにくいって聞いているよ」

「ああ、あなたがこんなバカな男だとは思わなかったわ。結局、お金も子供の面倒も私が全部しなきゃいけないのね……」

「せっかくの休みなんだから、この際に料理を覚えたりしたらどうなんだ?たっぷり時間あるし。結子は焦りすぎなんだよ」

「はあ?私が料理できないの、知っているよね?その私に料理させる気?」

「前のご主人だって、結子が家庭のことなんにもしないから浮気したんじゃないか?」

「あのね、人には言っていいことと悪いことあるの。彼は家のことを一切しないでいいっていったから(獅童と)結婚したの」

「でも歌舞伎役者には周りに遊ぶ女性はたくさんいて、その中で、きみがたまたまラッキーに選ばれたんだから、将来は真央さんみたいに家庭に入ることはわかっていただろう?」

「だからねえ、彼は何にもしなくていいっていったの。わかる?」

「彼に騙されただけだよ。結子はそういう甘いところが多いんだ」

「私はね、日本を代表する女優になりたいの。その過程で彼と結婚しただけ。それに何で歌舞伎役者は不倫してもいいの?女が何十人、何百人いてもいいの?おかしいんじゃない」

「だったら、最初から獅童さんと子供なんか作らなければよかったじゃないか?彼は映画のクランクインから共演した複数の女性と同時交際して、たまたま結子に子供ができて、結子の方は獅童さんより(当時)名前が売れていたので利用されただけじゃないか?」

「長男のこと、産まなければよかったっていうの?確かに、あなたの言う通り、私は軽率だった。クランクイン前に結婚を考えていた『○○●●いち』にフラレテ、絶望の中、『いま、会いにゆきます』の撮影が始まったのは、あなたも知っているわよね?そこで獅童にやさしくされて、ついつい彼のペースにのってしまったのよ。私が馬鹿だったことは間違いないわ。だけどあの時はもう悲しくて、悲しくて。獅童にすがるしかなかった。でも長男には罪はないわよね?」

「僕はそんなことを言っているのではないんだ。結子はカッとなると収拾がつかなくなる。だから今も落ち着いて生活してほしいと言っているんだ」

「私はこの一家の家長よ。何もかも私が守っていかなければならない。家賃200万円のマンションに住むことができたのも、今後の私の収入の予定があったからじゃない?個人事務所を作ったのもそう。でも今、収入はない!一体、どうすればいいの?私はキャッシュディスペンサーじゃないのよ!」

「世間ではコロナで苦しんでいる人はたくさんいるよ。それを思えば、僕たちはなんてラッキーだろうと思わないのかい?」

「ラッキー?ふざけんな!もういい、あなたはあなたの思う通り生きて」

私はとうとう一人ぼっちになってしまった。収入がゼロな今、今後どうして生きていけばいいのか?誰も私を心配している人はいなかった。おまけに実家からは「お金を貸してくれ」「貸してくれ」と催促が来るし、どうして、私一人だけ苦しむの?この苦しみから逃れる方法はないの?悩んでも神様からの答えはなかった。

私は主人には内緒で「薬を調達してくれるお笑いのS(の片割れ)」に電話して、薬を飲むことにした。

本当は精神科に通えばよかったことはわかっている。しかし週刊誌は『結子さん、精神科に通う』などと可愛いこと書いてくれない。『竹内結子、自殺未遂か?』『竹内結子御乱交!家族破綻の精神科通い!』とか書くにきまっている。

だからと言って、I・Eみたいに覚せい剤やマリファナに手を出す気にはなれなかった。真央さんはI・Eのカルマを背負って、地獄に連れていかれたのは有名な話。

私はSから「金曜日のウーバーイーツ」で抗うつ剤と睡眠薬を運んでもらうことにした。

もちろん旦那にも子供たちにも秘密にしておかなければならないことだ。

抗うつ剤、なんて素敵な気分になるのだろう。

睡眠薬、こんなに効果があるのならもっと早く使うべきだった。

あっという間に梅雨になった。

私は事務所からたまに入る仕事で外に出るだけであとはいつも通りマンションにいるしかなかった。昔ならばマネージャーが頻繁に来てくれたのに今は稀にしか来ないのかと思うと、私という存在がもう芸能界には必要ないとさえ感じた。

かなりで広いマンションを買ったつもりなのに、旦那、長男、次男、それにお手伝いさん、ベニーシッターがいると思うと狭く感じた。

私は一人部屋にこもり、特に何もすることなく、ボッーとしていた。

長男と旦那はゲームに興じていたが、私、ゲームは好きではない。

映画やドラマを観ても面白くない。

読書をする気にもなれない。

ああ、今日もまた長男と旦那がゲームで騒いでいる声が聞こえる。

次男が泣いてはベビーシッターがなだめている声が聞こえる。

私は日に日に抗うつ剤の量が増えて行った。睡眠薬の量も増えていった。

私はもう女優ではなかった。

鏡に映る私はメスブタのような、ふっくらした顔をしていた。

そんな折、三浦春馬君が亡くなった。

理由は……もしかしたら私と同じかもしれない。

私はどこかにじっとしていられる女じゃない。だけど、食事も洗濯も何もできない女だった。

コロナが夏前には終わるかと事務所から言われていたのに、7月に入りまた増えてきた。

結局、オリンピックも中止になったし、私の仕事は3日以上続いたことはないし、外には出られないし、ゲームも子育てもする気がなかった。

来るのは銀行からの催促の電話だけ。

『出費を削るための提案』をしてくれると思ったのに、収入のない私から金をむさぼり取る電話しか来ないなんて、半沢直樹に文句言いたいくらいだわ。

どいつもこいつも人間じゃない。外道だ!

9月26日、その日はいつになく「静かな日」だった。

私は22時過ぎ、いつものようにテーブルに薬を広げ、抗うつ剤と睡眠薬をワインで飲み干した。

今日はなんだか気持ちがいい。本当に気持ちがいい。

私がもっと心の広い女性で、獅童の浮気も許していたらどうなっていたんだろう、ふと思った。

少なくとも歌舞伎役者の家庭はコロナでもビクともしていないだろう。

お金にも困っていないだろう。

家賃、食費、光熱費、個人事務所維持費、実家からの借金エトセトラエトセトラ。

全部、私一人だけで背負うのには限界があった。

だけど獅童の家に入って、私が何もかも取り仕切るのはやはり無理だった。

私は真央さんのように『歌舞伎役者の家を仕切る』ことはできなかった。

そう、獅童との未来は、ありえなかった。夢のまた夢……。

でも今日はなんて気分のいい日なの。

こんな静かな日が毎日あればいいのになあ。

私はビールや酎ハイにも手を出した。

頭の中では蝶が舞っていて、今、この瞬間だけが本当の私に戻れた気がした。

しかしどうしたというの?

急に心臓の鼓動が早くなり始めた。

私は金縛りにあったように急に声が出でなくなった。

「(誰か、助けて)」

私は静かにテーブルの上にうつぶせになり、そのまま息絶えた……。

竹内結子さんがかなりの抗うつ剤と睡眠薬を飲んでいたのは前出の早乙女氏の話からウラが取れている。たまに仕事はあったものの、薬を服用していることはバレていなかったようだ。さすが「女優」だ。早乙女氏が見せてくれた「警察に運ばれた時の竹内結子さんの写真」を見る限り。竹内結子さんはかなり顔が肥えていた。早乙女氏の言うようにいわゆる「コロナ太り」ではなかった。

竹内結子さんは中林君との結婚数年前、何度か「俳優としての限界を感じたので一度やめたい」「三谷幸喜さんに指導を受けても全く演技はうまくならなかったし、三谷さんの演出は、三谷さんには申し訳ないけど、面白くもなんともなかった」「一度、俳優を休み、大学にでも通い、一人の人間として生きてみたい」と語っていたことある。「事務所と話し合った方がいい」と助言すると、竹内結子さんが言うには、何度話し合っても「女優以外、あなたに何ができるの?」「あなたが大学に通うだって?笑わせないで。以前、堀北真希ちゃんが、あなたと同じことを言って、中央大学に落ちたのを知っているわよね?」「あなたのような偏差値43の高校しか出てない子が偏差値60以上の大学に入学できるわけないでしょう!」と毎回侮蔑を受けたそうである。また実家から相次いで金を貸してくれと催促され、仕方なく「嫌な女優業」を無理やり、続けざるを得なかったとも言っていた。

竹内結子さんが僕と同じ年齢の男性と数回、お付き合いしたのは、知る人ぞ知る真実である。竹内結子さんは子供のころから頻繁に××を頼り、相談してきたが、××は竹内結子さんには、自分のつらいことやガンで余命宣告され入院し、その後奇跡的にガンが治ったことはかなりあとになって打ち明けた。竹内結子さんは××にとって『可愛い・大事な妹』であり、それ以上、それ以下でもなかった。竹内結子さんが中3の時、お母さんが亡くなり、竹内結子さんの高校受験がピンチの時、××は竹内結子さんの「家庭教師」をしたことがあったが、高校合格と同時に、芸能界からスカウトされ、竹内結子さんの未来は突然開かれたような気がした。竹内結子さんにはお姉さんが二人いる。しかし竹内結子さんは赤ちゃんの時から父親に「虐待」され、「殴ら」れ、「蹴ら」れ、ひどいときはお風呂に入っているときに「裸のまま外」に何時間も出されたこともあった。××は何度か、警察の生活安全課に相談しに行ったが「民事不介入」で毎回、助けてくれさえしなかった。市役所の福祉課に相談しても同じことを言われた。福祉協議会、児童相談所も全く対応してくれなかった。竹内結子さんの学校の担任は渋々動いてくれたが、返って、竹内結子さんが父親から「虐待される」結果を生んでしまった。「結子さんのお父さん。実はねえ、結子さんの××さんという方がしつこく私に言いに来るんですよ。お父さんが結子さんを虐待していると。そんなことないですよね?」(竹内結子さん卒業中学校当時担任X教師)「この教師は馬鹿か?」と思った。××はすかさず竹内結子さんの担任に相談に行くと「勘弁して下さいよ。結子さんがお父さんからいじめられてもそんなこと私とは関係ないのですから。ただでさえも毎日忙しいのに勘弁してくださいよ」「家庭のことは家庭で処理して欲しいですね」。××はその担任と取っ組み合いの喧嘩になりそうになったが、周りの教師から止められた。「あなたのような教師ばかりしか公立の中学校にはいないから、私立中学に行かせる親が増えたのですよ」「あなたは教師でしょう?教師である以上は学校内でも学校外でも生徒がイジメを受けたら守る役目じゃないのですか?」しかし竹内結子さんの学校は校長も教頭も担任も誰も動いてくれなかった。教育委員会、児童相談所さえも動いてくれなかった。

世間では、多くの生徒が不登校になったり、自殺したりするのは、こうした教師達の「怠慢」にあることを××はことごとく知った。以来、××は日本で唯一の「学校・塾・予備校・家庭教師ジャーナリスト」として教育者と戦っていくこととなる。竹内結子さんは、お父さんからすれば『いらない子』だったのだ。結子さんのお父さんは「埼玉県関連の仕事」をしていたが、頻繁に上司に楯突いたり、喧嘩したりして、そのたびごとに「引っ越し」した。「勤務先の近くに住む」というのが結子さんおお父さんの「鉄則」だったようで、××が知っているだけでも、結子さんが生まれてから今日まで「10回」は引っ越ししている(結子さんが20歳を過ぎてからは全部結子さんが実家の引っ越し代、家賃を出していた)。結子さんのお父さんは職内で思うようにいかないと居酒屋で酒を飲み、帰宅し、すぐに寝るかと思いきや、家でもまた飲んでいた。結子さんは元来、竹内家で一番明るい子でいつも『自宅のマドンナ』的存在だったが、結子さんのお父さんは「俺が懸命に働いているのに、お前は何でいつもバカみたいに家族を笑わせているんだ!」と頻繁に結子さんに殴る蹴るの「暴行」働いた。最初こそ母親やお姉さんが仲介したが、ある時から、結子さんがお父さんから虐待されていても見て見ぬふりをしていたようだ。この話は竹内家総家全体に広がり、何度か結子さんを『養子に』という話題が出たが、いつも、実現しそうになると毎回、結子さんの父親は突然泣き出し、結子さんを連れ帰り、またいつものように「殴る」、「蹴る」の暴行を加えた。結子さんが中3の時、母親が急死し、一時期、××が結子さんの実家と(家庭教師として)絡むようになってからは、そうした暴力も消えたが、結子さんのお父さんは結子さんのお母さんが亡くなってまもなく「3人の男の子を連れてきた女性と再婚(籍をいつ入れたかは不明)」し、結子さんのいる場所はさらになくなった。この時点でお父さんに正式に結子さんを『養子に』出すことを決意したが、またもや当日に結子さんのお父さんは泣きじゃくり、養子の話は完全に消えた。××の親父は××勤務だったので、結子さんのお父さんの「ジレンマ」がよくわかっていたようで、何度も「埼玉県内のどこかに飛ばされた」結子さんのお父さんを援護したが、結局、親戚は皆、結子さんの一家とは「縁を切り」、結子さんの家は「孤立化」した。そんな結子さんが高校に入学でき、同時に、スターダスト・プロモーションからスカウトされ、芸能界に入れた時、ようやく結子さんに『春』が来たと思った。もう父親に殴られることも、蹴られることもなくなったわけだ。そんなことすればすぐにスターダスト・プロモーションが許すはずがない!しかし結子さんの父親は、結子さんが女優になり、儲けたお金をそのまま懐に入れることをもくろんでいたのだ。ろくでもないおやじである。90年代は「お金」で頻繁に結子さんと父親は揉めていて、そのたびごとに竹内家の親戚が仲裁した。結局、結子さんは『実家からの呪縛』を解けないまま女優として過ごさなければならなくなった。そんな結子さんにとって、30代後半で女優としての限界を知り、一時期、大学に通い、勉強し、世間の常識を学んでみたくなったのもよくわかる。結子さんは、もともと、とても面白い子で、甘いもの好き、特にパフェを好んで食べていた。××といる時はいつも甘えん坊で、その時から『年上好き』は始まっていたのかもしれない。だが、結局、先祖代々から言い伝えられていた『呪われた竹内家の祟り』はそのまま結子さんと××にも襲い掛かってきたわけだ。

結子さんが亡くなり、僕は何度も中央線に飛び込もうとしたかわからない。しかし「春馬君の死の真実」「結子の死の真実」を伝えるのは、日本にジャーナリスト数多くいれども〝僕しかいない〟という使命でここまで生きてきた。

僕はジャーナリストをしながら、家庭教師をしてきた(予備校・塾講師としても5千人は教えた)。だが結子さんが亡くなってから「自殺した竹内結子の親戚には教わりたくない!!!」と信じられない理由で、京王線・国領に住む石坂という家庭から家庭教師契約を切られ、家庭教師会社の学参(名古屋市)からは「クビ」にあい、「名誉回復」と「解雇撤回」と「結子さんへのお詫び」を何百回求めてきたが、未だにに未解決のままである。それ以外、99%も「死んだ竹内結子の親戚に教わりたくない!!!」という理由で家庭教師契約を無情にも切られた。その数、実に「10軒」。そんなに結子さんが亡くなったことがいけないのだろうか?

僕は彼ら・彼女たちに「結子(さん)が死んだのは事実。でもそれと僕がクビを切られなければならない因果関係を説明してほしい!」「僕が指導の仕方が悪いならクビを切られても仕方がない。しかしすでに35年間で135名も生徒を指導してきた『本物の家庭教師のプロ』を契約そんなにいとも簡単に切ってもいいのか?」「人間、いつかは死ぬ。結子(さん)は40歳が〝寿命〟だっただけではじゃないですか!結子(さん)に謝ってください!!」と言い返してきたが、数か月たった今現在、誰も謝罪すらない……。ひどい話である……。

そのほか、ジャーナリストとしての取材も実に「90%」断られた。T・Mという変な女は僕の「結子の死を利用して」僕のブログやABBAオフィシャルファンクラブのサイトをプロバーダーに通告して消しまくっている。最低なババアだ。

そして多くの人が未だにいう。「竹内結子は自殺した最低な女だ!!」と。

しかし結子さんは決して自殺したのではないのだ。

竹内家は元来「循環器系での死」が多いと先祖代々言い伝えられている。

ウイキペディアによると循環器は以下のように定義している。

循環器(じゅんかんき、英: Circulation、circulatory organ)とは、動物の器官の分類の1つで、血液やリンパ液などの体液を体内で輸送し循環させる働きを行う器官の総称である。この器官の群は循環器系(英: circulatory system)と呼ばれ、そのほとんどが管状であるため脈管系とも呼ばれる。これには2つの系統があり、血液を循環させるものを血管系、リンパ液を循環させるものをリンパ系と言う。

多細胞生物の細胞は、その活動のために栄養分などを必要とするため、それを全ての細胞に行き渡らせる必要がある。また、老廃物を除去する必要があるため、これを何らかの形で体外へと排泄したり、無害化処理を行える臓器などに輸送する必要がある。脊椎動物では、心臓とそれに接続された血管、そして、リンパ管と体液によって達成されている。血管は、心臓から体の各部まで血液を運んだ後、再び心臓まで戻るような経路になっており、文字通り「循環」するようになっている。これに加えて、血液は免疫のためのリンパ球をも運んでおり、白血球の機能に関する器官も循環器に含めることが多い。

また水野循環器内科の水の医師によると「循環器内科」に関係がある病気は以下の通りであるとしている。

●胸痛

突然命を落とす可能性がある病気として心筋梗塞、

大動脈が傷ついたり裂けたりすることでおこる大動脈解離、

エコノミークラス症候群などで有名な肺塞栓などがあります。

持続する胸痛を自覚する場合はこのような病気の可能性があるので救急車を呼ぶことも考えなければなりません。

他にも狭心症、不整脈、心不全などやはり心臓が原因になる病気や

肺の病気や、胃、食道、胆のうなどの消火器官の病気、

はたまたパニック障害などの心因性の要因など様々あります。

●息切れ

歩行や階段などの運動しているときに息切れ、年齢のせいにしていませんか?

早期に発見しなければならないのは心不全、狭心症です。

肺気腫などの肺の病気、貧血などでも出現します。

●動悸

安静時に続く動悸。

その症状不整脈ではないでしょうか。

症状、安静時の心電図だけではどの不整脈が原因かの判断は困難で、

まずは本当に不整脈からの症状なのか?何の不整脈か?を特定することが必要です。

●意識消失

一時的な脳の血流が低下から意識消失したもので目の前が真っ暗になるなどの症状があります。

意識消失すると脳の病気だ!と考えてしまいがちですが、脳卒中での意識消失より、不整脈や血圧低下で失神する方が頻度が高いのです。

また、意識を失うと通常の転倒とは違い、防御反応なく倒れるので頭部外傷などで致死的な状態になり得ます。

●血圧が高い

高血圧は血管に関連するので循環器科が専門科になります。

血圧を下げる薬を開始したのになかなか改善しない!

若くて摂生もしているのに血圧が高い…

ホルモンの異常や腎臓の血管の異常、睡眠時無呼吸症候群などが原因かもしれません。

循環器科で治療する主な病気

1.高血圧症

動脈硬化の危険因子として重要です。高血圧は無症状のことが多く、そのまま放置すると動脈を蝕み、心臓病や脳卒中や腎臓病などを合併してくることからサイレントキラー(沈黙の殺人者)と呼ばれています。

よって血圧が高いといわれた人はもちろんのこと40歳を過ぎた方は家庭や職場で血圧を測り健康管理をすることをお勧めします。最大血圧130mmHg、最小血圧85mmHgを超えないようにしましょう。高齢の方でも最大血圧140mmHg、最小血圧90mmHg未満にする必要があります。

さらに誤った食習慣(肥満、塩分の取り過ぎ)、過度の飲酒、喫煙、運動不足といった普段の生活習慣を見直すことが必須です。

糖尿病や腎臓病の合併があれば、さらにしっかり降圧治療する必要があり、内分泌内科、腎臓内科とも連携をとって治療をします。

当院では管理栄養士による個々の患者様に合った栄養指導も行っております。また高血圧の原因が生活習慣以外のこと(腎臓病やホルモン異常)もあり注意が必要です。

2.高脂血症

血液中のコレステロール、中性脂肪などが高い。家族性のことがあります。動脈硬化の危険因子です。

3.高尿酸血症

血液中の尿酸値が高い。痛風、腎臓障害、尿管結石の原因となります。

4.狭心症および心筋梗塞

心臓の血管(冠状動脈)が動脈硬化により狭くなったり、閉塞して心臓の筋肉が虚血や壊死におちいる病気(不安定狭心症および急性心筋梗塞を総称して急性冠症候群とよびます)。胸部痛や胸部圧迫感を認めます。直接人命にかかわる病気ですので、当院では24時間体制で緊急心臓カテーテル検査を行い、必要があれば経皮的冠動脈形成術を行います。

5.不整脈

脈が速くなる頻脈性不整脈

発作性心房頻拍、発作性上室性頻拍、心房粗細動、心室頻拍、心室細動などがあり、発作性の頻脈の停止治療、頻脈発作予防のための薬物治療を行います。カテーテルを用いた心筋焼灼術を他施設にお願いすることもあります。

◆脈が遅くなる徐脈性不整脈

洞機能不全症候群、房室ブロックがあり、脈が遅くなり全身、特に脳への血流が減少して全身倦怠感、易疲労感、眼前暗黒感、意識消失などの重篤な症状があらわれます。必要であればペースメーカー治療を行います。

6.心臓弁膜症

心臓には大動脈弁、僧帽弁、肺動脈弁、三尖弁の4つの弁があり、それぞれが開閉することにより心臓のポンプ機能が可能となっています。その弁が正常に機能しない病態で閉鎖不全症や狭窄症があります。心不全や不整脈さらには血栓塞栓症の原因となります。薬物治療をしますが、手術が必要であれば信頼できる心臓血管外科へご紹介します。

7.心筋症

心筋の異常により起こる病気。原因は明らかにされてませんが、拡張型心筋症、肥大型心筋症などがあります。拡張型心筋症は心室腔が拡張し、心室筋肉はむしろ薄くなり、心不全をおこしやすい病気です。肥大型心筋症は、左室の肥大をきたし、ポンプ機能の低下と、不整脈をおこしやすい病気です。

8.心膜炎

心臓を包む膜(心膜)の炎症などで心膜に水がたまったり(心膜炎、心タンポナーデ)、心膜が硬くなったりして(収縮性心膜炎)心臓の動きに支障をきたす病気です。

9.心筋炎

心筋に何らかの原因により炎症が起こり、心不全や不整脈などを引き起こす病気です。炎症を起こす原因としては、ウイルスが最も多いです。

10.心不全

虚血性心疾患、高血圧性心疾患、心臓弁膜症、心筋症などによる心臓のポンプ機能の低下により、全身に必要な量の血液が送れないために体に起きる症状を心不全症候群(息切れ、息苦しさ、足のむくみなどの症状)といいます。

11.大動脈瘤、大動脈解離

大動脈は心臓から全身に血液を送るための動脈の中心となる大血管です。胸部や腹部の大動脈がコブの様に太くなったり、裂けたりする病気です。経過をみれる場合は血圧を下げる薬物治療で、必要があれば当院血管外科を含めた信頼できる心臓血管外科へご紹介します。

12.閉塞性動脈硬化症

主に下肢の血管の動脈硬化で、冷感をともなう歩行時の筋肉の張りや痛みがみられます。この痛みは休むとすぐに軽減します(間欠性跛行といいます)。薬物治療に加え、必要があれば当院血管外科にてカテーテルによる血管形成術や手術療法を行ったりします。

13.肺塞栓、肺梗

いわゆるエコノミークラス症候群と呼ばれることが多い病気で、主に下肢静脈や骨盤腔内の静脈にできた血栓がはがれ、肺動脈につまり、突然呼吸困難や胸痛をおこします。薬物治療や、必要があれば再発防止のために下大静脈フィルターの留置をおこないます。

僕のおじいちゃんも、おやじも、叔父も、親類も皆〝循環器系由来〟の病気で亡くなっている。

僕はウイキペディアに記載があったように「リンパ球の異常」で2008年秋『悪性リンパ腫』になり「死を宣告」されたが、奇跡が起こり、ガンは全部消え、2009年3月7日、杏林大学病院血液内科を退院した。「ガンが全部消え」て退院したのは杏林大学病院血液内科始まって以来〝初〟のことだったようで学会でも発表された。

日本全国の竹内家が「循環器系に由来」して亡くなった、あるいは治療しているかどうかわからないが、結子さんの場合「抗うつ剤」及び「睡眠薬」の〝過剰摂取〟により、心臓に何らかの形で悪影響を及ぼし、死に至ったと取材で判明した。

(続く)

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