【連載181】熊本地震取材日誌(2016年の今日、熊本で何があったのか?)

10月11日火曜日昼

【熊本地震・被災者生活・復旧復興情報】

*下記阿蘇山の情報はあらゆる箇所で重複しています。ご了承ください!

皆様こんにちは。8日、爆発的な噴火が起きた熊本県の阿蘇中岳では噴火がおさまり、火口からはいつもどおりの白い煙が上がっていました。

「阿蘇山の噴火から2日たちますが、町の中は硫黄のような匂いがし、また、地面は火山灰や細かい石が降り積もっています。また、道路を見てみますと車が通るたびに灰が舞っていて、まるで町の中が灰に覆われているような状況です」(記者)

信号も火山灰でしょうか、汚れがついたままです。36年ぶりの爆発的な噴火となった、阿蘇中岳。噴火直後、車の中から撮影された映像では、ゴーッという音が車内に響き火山灰がフロントガラスを黒く埋め尽くしていきます。

「灰と一緒に混ざったときはガガガガみたいな感じ。窓ガラスが割れてもおかしくないほどの勢い」(撮影した人)

火口からおよそ6キロ離れた場所にある防犯カメラの映像では、噴火直後は“ぽつぽつ”とカメラを横切っていた火山灰と見られる白い光は、瞬く間に画面いっぱいに流れていきます。はじめは道路に描かれた白い線も、時間がたつにつれて、見えづらくなっているように感じます。

一時は、灰色に染まった阿蘇市。8日以降、噴火は発生していませんが、行楽シーズンを前に観光地は出鼻をくじかれた格好です。こちらのドライブインは、熊本地震以来、先月、5か月ぶりに営業を再開したばかりでした。

「再開にこぎ着けたやさき、1か月もたたないうちにまた噴火ということだったので。残念な感じ」(草千里レストハウス経営者 菊池秀一さん)

噴火の影響は熊本県外にも広がりました。車のフロントガラスに付着した火山灰。およそ190キロ離れた愛媛県松山市にも達したものです。火山灰は熊本、大分、愛媛、香川の4つの県で確認されました。

大量に降った火山灰は、農作物に深刻な被害を与えています。収穫前の白菜畑は一面、火山灰に覆われました。イチゴ農家は、これからかき入れ時を迎えますが……。

「クリスマス前、12月月の出荷ができない。減収は間違いない」(イチゴ農家)

収穫期を迎えたトマト農家。ビニールハウスの屋根には噴石や火山灰が当たり、穴が開きました。

「トマトが焼けちゃって。火山石がついてビニール(ハウス)も破れる。トマトにも火山灰がかかり黒くなる」(トマト農家 甲斐京子さん)

屋根に火山灰が積もったままだと、今後の生育にも影響が出ると言います。

「(Q.ビニールハウスに光が当たらないと)光がないとダメです。生育が止まってしまうから」(トマト農家 甲斐京子さん)

阿蘇市内に設置された仮設住宅。住民の野田紀代美さんは春の地震で市内の自宅が倒壊。その後、この仮設住宅に入居したところ、火山灰の被害を受けました。

「(Q.体の調子は?)今のところいいですけど持病があるので、あまり外に出たくない」(仮設住宅で被災 野田紀代美さん)

野田さんはぜんそくを患っているため、火山灰が飛ぶなか、外に出られないと言います。

「ストレスたまります。これから先どうなるのかなと」(仮設住宅で被災 野田紀代美さん)

*ブログでも同じ熊本情報を掲載しています。ご参考までに

http://ameblo.jp/onmitsudoshintenpoji/entry-12208579255.html

1.被災地情報

①阿蘇山噴火、火山灰で街は「灰色」!

熊本県の阿蘇山のふもとにある「阿蘇神社」は2016年4月の熊本地震によって国の重要文化財「楼門」が倒壊してしまいました。再建に向けて、まさに動き出していた、その矢先に屋根も地面も灰色に染まってしまいました。36年ぶりに阿蘇山が爆発的噴火し、阿蘇大社にも大量の火山灰が降り注ぎました。

火口から、およそ8kmの場所に位置する地元のシンボル「阿蘇神社」。2,300年の歴史を誇り、その建物は、国の重要文化財にも指定されています。しかし、2016年4月に発生した熊本地震で、境内の建物が甚大な被害を受けました。復旧作業が続けられる中、追い打ちをかけるような今回の噴火。10日、ドローンを使って撮影した映像と、7月に撮影した映像とを比べてみると、倒壊した建物の屋根や敷き詰められた砂利の上に、びっしりと灰が降り積もり、まるで色が失われたかのような光景が広がっています。地震によって倒壊したままの阿蘇神社の建物の屋根にかけられているブルーシートを見ると火山灰が積もっているのがわかります。さらにその横の掲示板は火山灰による汚れで、白く汚れてしまっています。 阿蘇神社の内村泰彰さんは「正直、この景色は、わたしは生まれて初めて見ます。多く積もったところは、1cm、2cmくらい積もりましたね。灰色の雪ですよね。復興で戻ってきた観光の方々の、参拝の方のペースが落ちてしまうことが、心配ではありますよね。そこだけです。神社としては、今までのことをずっとやっていくだけですので、復興に向けては、進んでいきます」と話していました。

阿蘇山の爆発的噴火から、昨日で3日。天候が回復し、晴天に恵まれた昨日10日。火山灰が乾燥し、細かい粒子となって舞い上がっていました。今なお残る、大量の火山灰。阿蘇市内に設置された防犯カメラには、噴火後、火山灰が街を覆い尽くす様子が克明に残されていました。あっという間に勢いを増し、猛烈な吹雪のように降る火山灰。ある防犯カメラの映像は、阿蘇山の噴火から、およそ20分後、突然、暗くなりました。 時間は午前2時4分。そして停電直後に火山灰が降り始めました。 画面を横切る、いく筋もの白い線。火山灰は次々と降り積もり、道路表示が、わずか数分間で見えなくなってしまっいました。

火口から、およそ7km離れた場所で噴火直後に撮影された映像には、次々と降り注ぐ噴石が確認できます。その大きさは、およそ2cm。 軽トラック所有者は「カラン、カランって、ちょっとずつ降ってきたので、屋根の下に隠れて、そこからもうダッーと石が。怖いなとは、思いましたけど」と話していました。

噴石による被害も相次ぎました。 一面が、灰に覆われた火口付近に位置する「阿蘇山ロープウェー」火口西駅。 阿蘇山ロープウェーの駅の屋根には、噴石によるとみられる大きな穴が確認できます。 駅舎の屋根には噴石で開いたとみられる複数の穴があり、屋根の一部が完全に崩れ落ちています。 阿蘇山ロープウェーは噴火前から運休中だったこともあり、人的被害はありませんでした。

さらに火口から、およそ4kmの場所にある施設では、あたり一面、びっしりと噴石がありました。阿蘇青少年交流の家の窓は噴石が当たってガラスに、放射線状にひびが入っていました。窓の向こう側の網戸も破れていました。阿蘇青少年交流の家の山本正明事業支援室長は「噴石が落ちるというのは、初めてです。受け入れ停止の期間でしたので、(利用者が)いなかったから、よかった」と話していました。

灰色に染まった阿蘇市内では、人々が降り積もった灰の掃除に追われています。掃除する人は「全然、取れないですね。(これ全部、火山灰)そうです。きょうで3日目です、まだまだある」。

阿蘇山では、今も活発な火山活動が続き、気象庁は、火口からおおむね2kmの範囲で、噴石や火砕流に警戒するよう注意を呼びかけています。.

②阿蘇山噴火、灰で景色一変 電線から火花…よみがえる悪夢!

8日午前1時46分ごろ、熊本県の阿蘇山の中岳第1火口で36年ぶりに爆発的噴火が発生しました。気象庁による調査で、熊本、大分、愛媛、香川の4県で降灰が確認されました。

8日早朝、阿蘇市中心部に入ると、見慣れた景色は降り積もった火山灰で一変していました。九州北部豪雨から4年、熊本地震から間もなく半年。自然災害に見舞われながらも住民たちは前に向かって歩を進め、復興の兆しが見え始めた矢先の大規模噴火でした。

火山灰が集中的に降り積もったのは火口から北東へ約8キロまでの阿蘇市中心部の宮地や坂梨地区。地震で全半壊した阿蘇神社もあります。九州北部豪雨で河川が氾濫するなどの被害が出た内牧温泉街へ車を走らせると、車に降り積もった火山灰を水で洗い流す作業に追われる人が多く、ガソリンスタンドも多くの車が洗車のため列を作っていました。

阿蘇市内では8日午後14時ごろから降雨。次第に本降りとなり、午後18時ごろには停電が発生。火山灰が原因とみられ「電線から火花が出ている」との119番も多数寄せられました。信号機やコンビニエンスストアも真っ暗。暗闇の中、激しい余震に恐怖した半年前がよみがえりました。

取材をいったん中断し旅館に入ったのは午後19時半ごろ。ろうそくの炎の下での夕食に「申し訳ありません」と何度も頭を下げる仲居さん。宮崎県延岡市から観光で来たという4人組の男性たちは「かえって良い思い出になる」。

午後23時ごろ、停電は復旧し現場に戻りました。営業を再開したコンビニもあり、男性アルバイト(29)は「やっとレジが打てます」と安堵の表情を浮かべていました。聞けば、停電中はレジが使えず、スマートフォンのライトで照らしながら手書きの領収書で対応したとのことです。

噴火警戒レベルは2から3へ引き上げられましたが、阿蘇山火口を望む草千里ケ浜への県道は9日午前7時から通行が再開。県内外の観光客が多く、岐阜県から夫婦で来たという男性(66)は「思ったより大丈夫そう。壮大な景色を見られて満足」。観光関係者も「どこも通常通りの営業。早く客足が戻ってほしい」と口をそろえていました。

気象庁は、同規模の噴火が起こる可能性もあるとしていますが「とにかくこのまま収まって」。祈りながらの取材が続いています。

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阿蘇山噴火以外の情報

③西原村で「ボランティア感謝祭」!

熊本地震で被災した西原村の農家が9日、お世話になった農業ボランティアの労をねぎらう「感謝祭」を村内で開き、交流しました。村では新たな形のボランティア制度「百笑(ひゃくしょう)応援団」が今月始まったばかり。農家とボランティアが「農業で村の復興を目指そう」と思いを一つにしました。

感謝祭にはボランティア約120人が参加。雨上がりのカライモ畑で収穫を楽しみ、「おっきいのがとれた!」と子どもの声が青空に響いていました。

「自分が植えた苗がどう育ったのか実感できるのが、農業の楽しみ」。ボランティア組織を運営してきた大分県日田市の河井昌猛さん(43)は、参加者の笑顔に頬を緩めました。

河井さんは地震後、農家を支援するボランティア制度を作り、7月末までに延べ約2500人を受け入れました。

ただ、一方的な支援は農家の自立を妨げるとしていったん休止。持続可能な制度を目指して百笑応援団を立ち上げ、自身は裏方の事務局長に就任しました。新制度は、会員農家がボランティアを1人受け入れるたびに千円を拠出。事務局の運営費などに充て、シルバー人材センターに登録する高齢者の雇用も促します。

農家の高橋和利さん(55)は「農地が被災して今シーズンはあきらめるところだった。ボランティアのおかげで頑張ろうという気になれた」と感謝。百笑応援団による今後の支援にも期待しています。

一方、「元気がなかった農家が笑顔を取り戻してくれた。ボランティアに携われてよかった」と北九州市の主婦保坂まゆみさん(41)。夫の高志さん(41)は「農家の自宅にお邪魔して生活に触れ、他人とは思えなくなった」と通い続ける理由を語ります。

鹿児島市の大学職員中野八伯(はつのり)さん(36)は「農家やボランティア同士で交流できるのが原動力。結局は自分が救われているんだと感じる」と汗を拭いました。

農家とボランティアが積み上げてきた心の交流。長崎県長与町の主婦倉嶋千秋さん(58)宅には先週、農家から段ボール箱いっぱいのカライモが届きました。「とっても感動した。こちらが元気をもらっている」。箱の中には子どもからと思われる手紙が添えられていました。

「熊本地震のときはありがとうございました。おかげでふっこうできそうです。こちらわがんばっていきますので、あなたもがんばってください」。

➃被災ワインを1杯無料に!ニュースカイホテルで14日から!

熊本市中央区のホテル熊本ニュースカイは14日から、熊本地震でラベルやボトルが傷つき販売できなくなったワインを、レストランの利用客に無料で振る舞う「熊本復興ワインフェア」を開きます。16日まで。

レストランはホテル1階の「サンシエロ」。ヨーロッパ産などの白や赤、スパークリングワインの中から、ディナー客に1杯ずつ限定でサービスします。被災した取引先の酒屋から、中身の無事だったワイン46本を提供してもらい企画しました。

フェアではこのほか特定のシャンパンやワインボトルを通常の半額で提供。売り上げの一部を復興支援金として寄付します。

ソムリエの田中宏樹さん(31)は「疲れた心と体を地震を耐え抜いたワインで癒やしてほしい」と話しています。営業は午後17時~同22時。サンシエロTEL096(354)2634。

⑤ラーメン交流に笑顔!宇城市の仮設団地で炊き出し!

熊本地震の被災者が暮らす宇城市松橋町の当尾仮設団地で9日、復興支援イベントがあり、炊き出しのラーメンを食べながら入居者が交流を深めました。

市民団体「FSC復興支援センター」(同市豊野町)の主催。市社会福祉協議会や市地域支え合いセンターの職員らも運営を手伝いました。

団地の集会所で山口県のボランティアがラーメン200食分を提供したほか、出来たてのギョーザや焼き芋なども振る舞われ、入居者たちはテーブルを囲んで昼食を楽しみました。

家族4人で入居している会社員の男性(34)は「日頃は入居者同士が顔を合わせる場が少ない。コミュニケーションを取れて良かった」と笑顔でした。

会場にはカフェコーナーも設けられ、臨床宗教師や傾聴ボランティアが入居者の悩みごとに耳を傾けました。

「FSC-」の糸山公照代表(40)は「被災者支援に取り組む各団体の連携を深める機会にもなった。今後は別の仮設団地でもイベントを開きたい」と話していました。

⑥勇気と絆、大切だぞ!大津町に被災地ヒーロー集結!

熊本地震で被災した大津町と大分市、東日本大震災の被災地・宮城県石巻市それぞれのご当地ヒーローが9日、同町文化ホールに集まり、復興支援フェスタを開催しました。“コラボショー”で子どもたちに勇気や絆の大切さを伝えました。

同町のヒーロー「グランパワーヒノクニ」が、被災地支援で共演した石巻市の「シージェッター海斗(かいと)」と、大分市の「パワーシティオーイタ」に呼び掛け実現しました。

グランパワーが熊本地震に負けず、“時空を超えた絆”で結ばれたそれぞれのヒーローと力を合わせ、強大な怪人を倒すショーを繰り広げました。子どもたちは「頑張れー」と大声援を送り、ヒーローにパワーを届けました。

同町の「よみきか戦隊オハナシマン」も登場。大津太鼓や大津北小太鼓、熊本市民吹奏楽団などもステージを盛り上げました。

⑦益城の未来を若者が議論「楽しめる場を」!

熊本地震で大きな被害を受けた益城町の将来像を語り合う「益城町未来トーク」が8日、町保健福祉センターであり、高校生や大学生らが「若者が楽しめる場が必要」「町の魅力をもっと発信してほしい」と提案しました。

町が12月にまとめる復興計画に将来を担う世代のアイデアも盛り込もうと企画。95人が参加しました。

参加者はグループに分かれ、町の課題や解決策を議論。「音楽イベントなど若者が集まって楽しむ機会がほしい」「街灯が地震で少なくなった。子どもがデザインした街灯を設置して明るい町に」などの意見が出ました。

東稜高1年の松本茉唯(まい)さんは「将来も益城に住み続けたい。安全に暮らせる町になってほしい」と要望。同高1年の榮徳明花(えいとくあすか)さんは「自分でも気付かなかった益城の課題を知ることができた。地震で傷ついた地元の力になりたい」と意欲を示していました。

⑧ 復興を願い、福島からつないだヒマワリの種飛ばす!

熊本市中央区の保育園、黒髪幼愛園(速水幸園長、215人)の園児たちが9日、熊本地震からの復興を願い、東日本大震災の被災地・福島県から送られた種から育てたヒマワリの種を風船に付けて飛ばしました。

被災地にヒマワリと子どもたちの笑顔を咲かせようと、熊本市中央区の会社員竹下賢二さん(39)が福島市のNPO法人から種の提供を受けました。速水園長が竹下さんに花を広げる方法を助言した関係で、黒髪幼愛園にも6月初めに届きました。

種は60個ほどで、年長児を中心に水やりなど世話をして8月下旬に花を咲かせました。約6千個の種が取れ、うち約2千個を保護者の協力で天然素材由来の風船に付けて飛ばしました。残りの一部は福島に送ります。

9日は園児が見守る中、近くの黒髪小グラウンドであった園の運動会で「ありがとう」の合図とともに約200個の黄色い風船が一斉に空きます。福冨大夢(ひろむ)くん(5)は「熊本にいっぱい花が咲くといいな」と笑顔でした。

⑨ 文楽人形、重たいぞ!児童ら操作体験、山都町!

山都町の児童らが9日、地元に伝わる人形浄瑠璃芝居「清和文楽」を学びました。同町の清和文楽館で実際に人形を操るなど、郷土芸能の魅力に触れました。

地域への理解や愛着を深めてもらおうと、町教委が主催する「山都塾」の一環。町内の小中学生と保護者ら約40人が参加しました。

同館で語りと三味線を担う佐藤義和さん(40)が、約160年前に淡路の人形一座から伝えられたという清和文楽の歴史などを紹介。児童らは地元の人形芝居保存会の会員に教わりながら人形を操り、「意外と重い」などとはしゃいでいました。

矢部中1年の赤星日花莉さんは「見た目より難しかった。(保存会員は)人形を人間のように動かせてすごい」と話していました。

⑩小国、阿蘇…故郷から何を得たのか?善三の心、絵と文で!11月6日まで企画展、小国町の坂本善三美術館!

小国町黒渕の坂本善三美術館で、企画展「坂本善三の根-わが精神(こころ)の風土・熊本」が開かれています。絵描き人生を貫いた坂本(1911~87)は故郷(小国、阿蘇、熊本)から何を得ていたのか?絵画作品と雑誌「日本美術」に寄せた文から、その心をたどる興味深い試みになっています。11月6日まで。

小国町に生まれ育った坂本は戦後、阿蘇の噴煙や外輪山を望む阿蘇山麓に6年住み、熊本市に移りました。そのころのことを、日本美術にこう書いています。

「風で海の色が変化するように外輪の原野も風によって色の調子が変わるのを目で追いながら(略)」。

「私が阿蘇の外輪山を描きだしたのは熊本に来てからで、阿蘇を離れて初めて阿蘇が本当に心の中に、目の中にはいることが出来たらしいと思った」。

坂本は抽象画の世界で大成しました。それに関わるくだりが次にあります。

「(日本の木造建築の城が確立した)形と色の両面の造形は日本の美である。熊本城の黒の色には日本の墨の色と同じように精神を感じさせるものがある。このようなことを考えていた昭和35、36年あたりから私の仕事は抽象的な方向にだんだん変わってゆき、構築、構造、形など描き続けてきた」。

企画展には「外輪」「構造(城)」など約25点を展示。用意された日本美術の文を参考にすることで、抽象作品の鑑賞がひと味変わります。月曜休館。

⑪中学生が献上米収穫!宇土市で「抜穂祭」!

皇室行事の新嘗祭(にいなめさい)(11月23日)に献上する米を収穫する稲刈り神事「抜穂祭(ぬきほさい)」が8日、宇土市上網田町の水田でありました。6月の田植え神事「御田植祭」の2日後、豪雨で近くの網田川が決壊しましたが、水田は被害を免れ、参加者たちは豊かな稲穂の恵みに感謝しました。

水田横の広場に祭壇を設け、住民代表や行政、議会関係者ら約70人が参加。祝詞の後、地元の網田中の生徒16人が早乙女、田男姿で稲に鎌を3回ずつ入れて刈り取り、祭壇にそなえました。

主催した宇城地域献穀事業推進協議会会長の元松茂樹宇土市長は「熊本地震と豪雨に見舞われながら、地元の熱意で稲穂がたわわに実った。被災地の熊本の米を献上できるのは素晴らしいこと」とあいさつ。稲を育てた農家の福島清幸さん(70)、一世さん(66)夫妻は「被害に遭った方たちの分まで頑張ろうと思って育てました」と話していました。

⑫熊本城讃歌を披露!ソプラノ歌手神戸薫子さん!佐佐木幸綱さん作詞!

熊本地震で被災した熊本城の早期修復を願い、日本を代表する歌人で日本芸術院会員の佐佐木幸綱さん(78)が作詞した「熊本城讃歌」が9日、熊本市中央区の熊本城二の丸広場で開かれたオペラコンサートで披露されました。

「あなたは人を熱くする/世界の旅人を熱くする/わたしたちの熊本城」

傷ついた熊本城にエールを送る歌詞に、声楽家の神戸孝夫さんが曲を付けました。オペラに出てくるような優雅で伸びやかな曲調で、この日は青空の下、佐佐木さんの義理の娘であるソプラノ歌手神戸薫子さんが高らかに歌い上げました。神戸さんは「多くの方に歌ってもらいたい」と笑顔を見せていました。

⑬密集地で火災、約20棟が全焼か?熊本・小国!

昨日10日午前4時56分ごろ、熊本県小国町宮原で「建物が燃えている」と近くの住民とみられる男性から119番通報がありました。

阿蘇広域消防本部によりますと、店舗や住宅約20棟の建物の多くが全焼したとみられ、約5時間後に鎮火しました。駆けつけた消防団の男性が指に軽傷を負いましたが、今のところ住民にけがの情報は入っていません。火災の詳しい状況を調べています。

現場は小国町役場から南に100メートルほどの店舗や住宅が密集する一帯。住民らによりますと、古い商店街で、かつては映画館や飲食店が並ぶ町一番の繁華街だったとのこと。現在は営業する店はほとんどなく、木造の住居が道の両側に並んでいます。

NTTドコモによりますと、この火事で、現場付近に設置してある通信ケーブルが焼損し、小国町のほか、南小国町や阿蘇市の一部で電話やメールなどの通信ができない状態となっています。

近くに住む自営業山田吉人さん(52)は午前5時ごろ、消防のサイレンと火災を知らせる防災無線の放送で目が覚めました。外が明るく、出てみると住宅が火だるまのようになって燃えていました。延焼が速く、途中でくい止めようと、近所の人たちと近くにある消火栓からホースを引っ張ってきて手前の家にかけたそうです。「電線がバチバチと言ってすごかった。とにかく火が来るのを少しでもくい止めようと、皆で必死になって消火した」と話していました。

近所の介護事業所職員河津一子さん(59)も防災無線で目が覚めました。外に出ると2軒隣の民家が燃えており、1階に寝ていた両親を起こして着の身着のままで逃げたとのことです。「こんな大きな火事は初めて。気が動転していて何も考えられず、火が怖くて足が震えていた」と話していました。

少し離れた場所から様子を見ていたという長谷部博信さん(66)は「燃え広がるのが早かった。かなり古い木造の家なので、そのせいではないか。プロパンガスが破裂するようなドカーンという音が断続的に響いていたのが印象に残っている」と話していました。

2.ここ一週間の地震

2016/10/11 06:50 11日 06:45頃 熊本県熊本地方 3

2016/10/11 01:04 11日 01:00頃 福島県沖 2

2016/10/10 21:58 10日 21:55頃 内浦湾 1

2016/10/10 20:53 10日 20:49頃 栃木県北部 1

2016/10/10 15:32 10日 15:28頃 埼玉県南部 1

2016/10/10 08:19 10日 08:15頃 秋田県内陸北部 2

2016/10/10 07:24 10日 07:21頃 熊本県熊本地方 1

2016/10/10 07:19 10日 07:15頃 茨城県沖 2

2016/10/10 06:48 10日 06:45頃 日向灘 1

2016/10/10 06:06 10日 06:03頃 鳥取県東部 2

2016/10/10 03:57 10日 03:54頃 熊本県熊本地方 3

2016/10/09 16:17 09日 16:13頃 茨城県北部 2

2016/10/09 08:29 09日 08:24頃 父島近海 1

2016/10/09 03:43 09日 03:39頃 熊本県熊本地方 1

2016/10/09 03:39 09日 03:36頃 釧路地方中南部 2

2016/10/09 03:32 09日 03:28頃 沖縄本島近海 3

2016/10/08 08:25 08日 08:21頃 秋田県内陸北部 1

2016/10/08 07:40 08日 07:36頃 秋田県内陸北部 2

2016/10/08 01:51 08日 01:46頃 熊本県阿蘇地方 2

2016/10/07 16:40 07日 16:37頃 茨城県北部 1

2016/10/07 09:17 07日 09:14頃 浦河沖 2

2016/10/07 08:37 07日 08:33頃 内浦湾 3

2016/10/07 00:57 07日 00:52頃 台湾付近 1

2016/10/06 23:35 06日 23:32頃 和歌山県北部 2

2016/10/06 15:01 06日 14:57頃 熊本県阿蘇地方 1

2016/10/06 11:28 06日 11:23頃 千葉県北東部 2

2016/10/06 10:53 06日 10:48頃 和歌山県北部 1

2016/10/05 17:47 05日 17:44頃 熊本県熊本地方 2

2016/10/05 16:33 05日 16:30頃 熊本県熊本地方 2

2016/10/04 23:05 04日 23:01頃 父島近海 2

2016/10/04 18:07 04日 18:04頃 日向灘 1

2016/10/04 14:51 04日 14:45頃 岐阜県美濃中西部 1

2016/10/04 09:29 04日 09:26頃 沖縄本島近海 1

2016/10/04 06:25 04日 06:22頃 釧路沖 1

2016/10/04 00:23 04日 00:20頃 熊本県熊本地方 1

(続く)

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