【連載210】熊本地震取材日誌(2016年の今日、熊本で何があったのか?

『貴方の勤務先、居住自治体では地震・有事が起きたらどうするか知っていますか?』

11月9日水曜日昼

【熊本地震・被災者生活・復旧復興情報】

*下記熊本情報はあらゆる箇所で重複しています。ご了承ください!

皆様こんにちは。本日は私が毎回口酸っぱくなるほど述べている「BCP」についてから提唱・報告したいと思います。

東日本大震災以降、災害時に備えてBCP(事業継続計画)を作成する企業が増えました。しかし、作成した計画をいかに活用するかが肝要であり、実効性なき計画は絵に描いた餅でしかありません。想定外の危機に見舞われたとき、危機管理に強い先進企業はどんな「備え」を行っていたのか?熊本地震などを乗り切った事例から事業継続計画のポイントを探ることにします。

4月の熊本地震で被災し、操業を停止していたソニーの半導体工場(熊本県菊陽町)が7月末に生産を再開しました。この工場はスマートフォンのカメラなどに使われるイメージセンサーの量産拠点です。ソニーにとっては、虎の子とも言えるデバイスを製造する心臓部です。10月初旬に復旧した工場を報道関係者に公開した際、熊本工場を運営する生産子会社・ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの上田康弘社長は「(被災後)最初にクリーンルームに足を踏み入れた時は熊本撤退も頭をよぎるほどだった。事前にBCP(事業継続計画)を作り、訓練してはいても、実際の被災現場を見た時に足がすくんだ」と、振り返りました。

有事の際に企業が損害を最小限に抑え、事業の継続や復旧を図るための計画を「事業継続計画(BCP、Business Continuity Planning)」と言います。今回、役立ったのもこれです。震災直後の「4月末という早い段階で、山形や長崎の自社工場に生産を移管する方向性を決め、その後移管した」(鈴木裕巳熊本TEC長)ことに加えて、富士通にも代替生産をさせていたと見られます。「個別案件には答えられないが、半導体については東日本大震災以降、『何かあったら助け合おう』というスタンスで可能な限り他社にもご協力はしてきた」(富士通広報)と語っています。

こうした結果を受けて、一部でも報じられているように、東芝、ルネサスエレクトロニクスなど半導体を手がけるメーカー各社も災害によって半導体工場が被害を受けた際に、必要な資材や部品をお互いに融通する体制作りに乗り出しています。

事業継続計画を総合的に評価し、「BCM(Management)格付」に取り組む日本政策投資銀行の蛭間芳樹氏は「平時には競合関係にある企業同士も、災害時は助け合う業界共助の仕組み、お互い様の産業文化的な価値観は、日本が世界に誇る民間の災害レジリエンス(復元力)の一つの戦略だ」と語ります。

◆供給網の見える化で代替生産につなげる!

同じく熊本で被災したアイシン精機。工場内の運搬用大型クレーンが落下してプレス機の上に倒れたり、金型ラックから金型が落下して一部は壁を突き破ったりと甚大な被害を受けました。そのため工場の外での生産に移らざるを得ない状況になりました。

熊本で生産していたのは、自動車のドアの開閉を制御する「ドアチェック」。生産した製品の多くをトヨタ自動車に納入しています。熊本地震後、アイシンの工場が操業停止したことによって、トヨタは国内工場のほぼすべてのラインを止めることになりました。しかし、被災して1週間後には九州地区で7カ所、愛知県内にも7カ所にサテライト工場を臨時で作るという初動対応ができました。これには理由があります。

東日本大震災や阪神・淡路大震災での教訓を活かして「1次サプライヤーである当社からみて2~5次下請けまで把握できるようにサプライチェーン(供給網)の見える化を行っている」(岡部均副社長)からです。このシステムの意図は品質や在庫を確認するためのものです。

ところが、災害が起こった際にもこれが力を発揮しました。サプライチェーンの把握と同時に、その取引先と日頃から顔の見える関係を築いていたことで、復旧支援に加えて、代替生産拠点として使えそうな空きスペースのある工場を紹介してくれたのです。

「事前に協定や計画があったわけではないが、工場同士のコミュニケーションは円滑に進んだ」(同)。

日頃の業務改善、品質改善を通じた会社間の連携の強さこそ、有事に事業継続するために不可欠な要素だといえます。

熊本の震災による復旧では、ソニーのほうがより時間がかかりました。これはクリーンルームなど特殊な環境が必要な半導体生産のためです。両者に共通するのは、「代替案」を持つことです。自社の工場が被災し、操業ができなくなった際に、その状況をどのような手段で乗り切り、供給責任を果たしていくのかということです。

ただ、代替といっても、生産拠点が変わってしまえば、「このまま、拠点を移管してしまうのでは?」と、従業員の不安を呼ぶことになりかねません。そのため、アイシンでは、本震から約1週間後の4月22日には雇用不安を抱えていた熊本の現地従業員向けに「8月末を目処に、必ず熊本を復興させる」と決起集会を開き、状況を丁寧に説明するという配慮も行ったそうです。

◆代替生産不可能なら自社の体制を強化する!

一方、同業他社での代替生産が難しい商品を扱う場合はどのような対策が取れるのでしょうか?

徳島県鳴門市の大塚製薬工場は、点滴用輸液で国内シェアの5割以上を占めます。そもそもこの輸液を扱う企業は日本で8社程しかありません。製品が供給できないとなれば患者の生命に直結するので社会的責任は大きいと言えます。また、医薬品は許認可制であり、急遽別の工場に代替生産を依頼するといった手段をとることができません。自社の別工場での代替生産は可能でありますが、生産量を確保するためにも被災工場を早く復旧させるしかありません。

大塚製薬工場では、東日本大震災以後、南海トラフ地震が起こることを想定して対策を本格化させました。主力工場である松茂工場は沿岸部にありますが、輸液を安定供給するための策として敷地の周囲に高さ2メートル、全長1620メートルにわたる津波対策の外周防潮堤を設置。海から約1キロ内陸の鳴門工場でも3つの生産棟の周りに防潮堤を建設するほか、ボイラー、電気系統など重要設備には防潮扉を整備しました。

BCPの担当責任者である総務部BCM委員会事務局長の喜田哲也氏は「供給が止まればまさに患者さんの命に関わる。高い投資ではあるが、『安定供給』という付加価値を得ることによって営業の武器ともなるし、取引先からの信頼も得ることができる」と語ります。

リスク対策を検討し直すことで設備の省力化にもつながりました。それまで一工場単位でしか設備投資の計画をしておらず、部分最適になってしまった電気設備や配管設備などを、喜田氏をはじめとしたBCM委員会を通すことで全体最適を実現することができました。

「全体の最適化を図る機会もあまりなかったため、良い機会になった。リスク対策がまさに『投資』として機能している」(同)。

◆どのように社員に意識つけるか?

BCPを策定していても、有事の際に実際に動くのは個々の社員です。社員一人ひとりに、初動対応の意識付けを行うためには何が必要なのでしょうか?

豊田通商では、東日本大震災と同じ年にタイを襲った大洪水によって、立て続けにサプライチェーンが影響を受けたことなどから、海外拠点を含め、グループ全体でBCPを推進しました。「全世界にあるグループのBCPを2年以内に構築する」という目標を経営トップが掲げ、BCP推進室を2012年4月に設置しました。

災害訓練では、東京本社と名古屋本社で交互に災害対策本部を設置して、有事の際の動作確認に努めています。現場だけではなく、本社でも訓練を行うことで、社員の意識を高めています。15年には、タイや中国などの海外拠点から日本の本社に担当者を集め、2日間で2種類の図上訓練を行いました。

まず、地図上に自社やサプライヤー、顧客の拠点をプロットします。地震が起きたと想定して、被害範囲を塗りつぶし、被害想定とそれに対する事業継続計画、必要な経営資源などを書き込み、課題を明らかにするというものです。訓練を受けた担当者は各国に持ち帰り、この訓練を実際に実施し、現地でBCP運用の舵取り役として活動しています。

15年8月、中国・天津で、巨大爆発事故が発生しました。このときも、BCPの取り組みが奏功しています。というのも、豊田通商天津では爆発事故の前月に初動訓練を実施していたからです。

初動訓練は地震発生後、安全を確保し、災害対策本部を立ち上げ、シナリオを提示しない中で状況判断や対策を講じていきました。この訓練の約2週間後に起きた天津爆発事故の際は、翌日には全員の安否を確認することができました。発生したケガ人は3人のみで、2日後には建物の被害レポートが写真つきで届きました。現地社員の安否確認が迅速に行えたことで、サプライチェーンを途切らせないための初動にいち早く動けたというわけです。

総務部減災・BCM推進室長の山下昌宏氏は、「供給を途切れさせないことが使命であり、BCPを作ることで顧客の信頼にも直結する」と話しています。供給網を途切れさせないための訓練に取り組んでいることが同社の付加価値につながっています。

以上、先進企業の事例を紹介してきました。各社に共通しているのは、単に計画を立てることではなく、有事の際にすぐに行動に移ることができるように経営トップから現場の従業員まで意識を高めておくということではないでしょうか?

皆様お勤めの会社のBCPは機能しそうですか?

1.被災地情報

①熊本地震で被災のサントリー工場、半年ぶりに生産再開!

大手飲料メーカーのサントリーは、ことし4月の熊本地震で被害を受け操業を停止していた熊本県内の工場で、ビールの生産をおよそ半年ぶりに再開しました。

熊本県嘉島町にあるサントリーの九州熊本工場はビールや飲料水などを生産していましたが、震度7の揺れを観測した4月の地震で大きな被害を受け、操業を停止していました。その後、復旧工事などを続けていて、昨日8日、およそ半年ぶりにビールの生産を再開しました。

昨日8日は工場でビールの仕込み式が行われ、嘉島町の荒木泰臣町長やサントリービールの水谷徹社長らが麦汁の入ったタンクにホップを加えました。

サントリービールの水谷社長は「従業員や地域の皆さんの協力を得て、ようやく再開にたどり着くことができた。まずは熊本県向けの出荷を再開し、徐々にエリアを拡大していきたい」と話していました。

生産再開に合わせて、本人の希望などで県外の工場で働いていたおよそ30人の従業員のほとんどが戻ったということです。また、生産したビールは来月中旬から出荷される予定です。

一方、この工場で生産していた飲料水やお茶は、ラインの被害が大きかったため復旧工事が続いていて、生産の再開は来年春以降になる見通しだということです。

◆被災の大手企業の工場はすべて再開

熊本県によりますと、サントリーの工場の生産再開で、地震で被害を受けた大手企業の工場はすべて生産を再開したということですが、中小企業の中には地震前の生産水準にいたっていない工場もあるということです。

会見した嘉島町の荒木泰臣町長は「工場の従業員は、操業再開までの間、ボランティアとして町の避難所で支援もしてくれました。一日も早く全面再開して、この工場のビールや清涼飲料水が出回ってほしい」と話していました。

また、熊本県の蒲島知事は「県内には大手企業の工場がたくさんあるが、被害が大きかったサントリーの工場の復旧は本格復興のシンボルだと思っています。中小企業はいまだに復旧の途中にあるので、県としても支援を続けていきたい」と話していました。

◆県外で働いていた従業員 ほとんどが戻る

ことし4月の熊本地震で大きな被害を受けたサントリーの九州熊本工場では、すべての生産ラインの操業を停止したあと、従業員のうち1割にあたるおよそ30人が県外の工場で働いていました。

サントリーの県外の工場が増産するのを支援するためでしたが、昨日8日の生産再開までにほとんどが熊本に戻りました。

このうち、ビールの醸造を担当する園田祐樹さんは、6月から京都府のビール工場で働いていましたが、生産再開の準備のため、9月に熊本に戻りました。

生産再開初日の昨日8日、園田さんは、仕込みを行っている麦汁の味の確認や、設備の稼働状況を点検などにあたっていました。

園田さんは「地震発生からしばらくの間は、工場の詳細な被害状況もわからず、再開できるのかが不安でした。やっと、いつもどおりの仕事ができてうれしい。おいしいビールを作っていきたいです」と話していました。

一方、阿蘇地方の天然水を生かした飲料水やお茶は、ラインの被害が大きかったため復旧工事が続いていて、生産の再開は来年春以降になる見通しだということです。

また、工場は年間およそ10万人が見学に訪れる観光施設にもなっていましたが、見学は来年5月ごろまで再開できない見通しです。

九州熊本工場の橋本猛工場長は「全面復旧に向けてはまだ課題がたくさんあるが、いち早く復旧して阿蘇の天然水をアピールしていきたい」と話していました。

②一部損壊世帯への支援求め署名!市民団体、県に提出

熊本県労連など15団体でつくる市民団体「いのちとくらしを守る熊本ネットワーク」は昨日8日、熊本地震で住宅が一部損壊した世帯に対する公的支援を求める7245人分の署名を県に提出しました。

共同代表の楳本光男県労連議長ら約20人が県庁を訪問。住宅補修費を補助する支援制度の創設や、一部損壊世帯を被災者生活再建支援金の支給対象に広げることなどを求めました。 県健康福祉政策課は「補修費の補助制度は今後検討する。生活再建支援金の増額や対象拡大は現在、国に求めている」と答えました。

署名集めは9月中旬に熊本市中心部の街頭などで開始。同市にも近く提出します。

③熊本城復旧へ意見交換!熊本市方針案で有識者懇談会

熊本市が今年中に策定する「熊本城復旧基本方針」について、有識者の意見を聞く懇談会の初会合が昨日8日、同市中央区の市教育センターであrました。

懇談会は非公開。委員は田川憲生・熊本商工会議所会頭、平井聖(きよし)・特別史跡熊本城跡保存活用委員会委員長、蓑茂壽太郎・東京農業大名誉教授、村上豊喜・市文化財保護委員会委員長、吉丸良治・県文化協会会長の5人。委員の互選で委員長に蓑茂氏、副委員長に村上氏を選びました。

蓑茂委員長によりますと、冒頭に市職員が、今年4月と明治22(1889)年に発生した熊本地震による熊本城の被害状況を説明。委員は事務局から出された基本方針の原案をたたき台に、復旧時期の目標設定や石垣の修復方法について意見を交わしました。

蓑茂委員長は「文化財的な価値の維持と観光・交流の役割を持つことは表裏一体。石垣は耐震化の議論が必要で、伝統技法に加えて現代工法にチャレンジしてもいいのではないか」と話しました。

次回は12月上旬に開き、方針の原案を固める予定。

④熊本思う「クマ」愛らしく!橙書店で18日から展示

熊本地震の後、イラストレーターの黒田征太郎さん(77)=北九州市=が、熊本に思いをはせて描いたクマのイラスト100点が、18日から、熊本市中央区練兵町の橙(だいだい)書店で展示されます。

黒田さんの作品は、優しげな独特のタッチで描かれており、国内外で評価が高い。直木賞作家の故野坂昭如さんの著作「戦争童話集」にイラストを描くなど、平和運動に深く関わってきました。

5年ほど前から交流がある橙書店が熊本地震で被災したことを知った黒田さん。「なにかのおやくにたてばとおもいます」と記したメッセージと、花や鳥などのイラストを送りました。その後もイラストは何度も届きました。

同店は地震の影響もあり、10月下旬、同区新市街から現在地に移転。店主の田尻久子さん(47)は「黒田さんの絵に励まされ続けた」と感謝しています。

会場には、黒田さんが「『がんばってください』と言ってもシラジラシイ」として、アトリエで描きためたクマのイラスト100点を展示。花を持ったり、笑顔を浮かべたりしたクマがクレヨンなどで優しく描かれています。いずれの作品にも「プライド」と添えられ、見る人の心を揺さぶります。

18日午後19時から、黒田さんのトークショー「クマを100枚描いた理由」もあります。1500円。作品展は12月18日まで。同店TEL096(355)1276。

⑤「復興城主」名乗り続々!熊本城の修復寄付

熊本城修復のために一口1万円以上の寄付を募る熊本市の「復興城主」が7日、受け付け開始から1週間を迎えました。寄付すればもらえる“特典”も話題を呼び、6日までに4828件、計6450万円が集まりました。

受付窓口となっている熊本城総合事務所と城彩苑には7日も寄付が相次ぎました。熊本市北区の自営業堤昌規さん(52)は「幼いころ、城の中でよく遊んだ。次の世代の子どもたちが城に入れないのはかわいそう。一日も早い復興のため、市民として親としてできることをしました」と話していました。

寄付を後押ししているのが、人気漫画「ONE PIECE(ワンピース)」の限定グッズ。先着1万人に、主人公ルフィら人気キャラクターと熊本城が描かれたクリアファイルとポストカード、ステッカーがプレゼントされます。受け付け初日はファンらの長蛇の列ができました。

復興城主は、熊本城復元整備事業へ寄付を募った「一口城主」に代わり、市が地震後に創設した制度。寄付者には従来と同様、城主証や市内の観光施設の入場料が免除される「城主手形」が贈呈されます。

申し込みは午前9時~午後17時。当面は毎日受け付けます。熊本城総合事務所に申し込めば振り込みも可能。同事務所は「城の復興には634億円がかかる。多くの人に協力してほしい」と言っています。TEL096(352)5900。

⑥美里町、避難所を閉鎖!県内の待機所(避難所)残り「1」

*熊本県内避難所は原則先月末で全閉鎖!例外として一部残り「待機所」と名を変え運営していますがそれももうすぐ「終わり」です!

美里町は7日、熊本地震で開設した待機所(避難所)のうち、唯一残っていた町福祉保健センター湯の香苑の待機所(避難所)を閉鎖しました。応急仮設住宅の整備が完了し、残っていた避難者1人が引っ越しを終えたため。これで県内に残る指定避難所は西原村の1カ所で、避難者は3人となりました。

美里町ではピークの4月17日に避難所が4カ所設置され、車中泊を含め約3千人が避難しました。県は同町に仮設住宅41戸を整備。仮設住宅やみなし仮設などへの入居が進み、10月24日から同センター1カ所に集約していました。

最後の避難者となったのは、同町古閑の自宅が半壊したため解体を予定している藤本忍さん(83)。同町坂貫の仮設団地に移りました。藤本さんは「自宅に残っていた夫や犬とも一緒に生活できるので、ホッとしている。仮設団地では家に閉じこもらず、知り合いを増やしたい」と話していました。

⑦復興へスクラムだ!嘉島西小児童、ラガーマンと交流

ラグビートップリーグで活躍するサントリーサンゴリアスのOB6人が7日、嘉島町の嘉島西小で4年生以上の約140人の児童と一緒に、ラグビーボールを使った遊びなどで汗を流しました。熊本地震の被災地を対象にした、サントリーホールディングスの復興支援活動の一環。

OBたちは、子どもたちに「友達としっかりコミュニケーションを取りながら、元気にやりましょう」とあいさつ。ボールを使ったリレー走形式のゲームでは、児童が2人1組になり、互いの体の間にボールを挟み、息を合わせて運びました。OBが正確なキックやパスを披露すると、6年生の井上遥君(12)は「変な形で扱いにくいボールなのに、すごい」と目を丸くしていました。

講師役を務めた田原耕太郎さん(37)は「熊本の子どもたちは、積極的で元気。楽しんでもらえて良かった」と話していました。昨日8日は、嘉島東小(同町)と飯野小(益城町)も訪問しました。

嘉島町のサントリービール九州熊本工場は前述のとおり昨日8日から生産を再開しました。

⑧熊本地震の体験記を発行!東京の電子出版社が3点

電子出版を手掛けるインプレスR&D(東京)は「震災ドキュメント」シリーズ第1弾として、県内の老健施設施設長など熊本地震体験者3人の体験記を発行しました。いずれも電子書籍と紙の書籍(A5判)の2種類。

同社の井芹昌信社長が熊本地震に遭遇した体験を緊急出版した際に全国の地震災害に関する出版も企画。インターネットを通じて原稿を募集したところ約20点が寄せられ、熊本地震に関連した3点を出版しました。

内容は菊陽町の老健施設施設長による「老健施設7日間の奮闘記」(電子版600円、紙版900円)はじめ、「情報通信の被害・復旧・活用状況」(400円、650円)、「情報発信のメディアサイトで何を伝えたか」(800円、1200円)。

表紙は震災をきっかけに熊本のデザイナーで組織した「BRIDGE KUMAMOTO」とコラボレーションしました。

電子書籍販売サイトのほか、紙版は蔦屋書店熊本三年坂などでも購入できます。

⑨押し花はがきに復興願うメッセージ

熊本地震からの復興を願い、須坂市立相森(おおもり)中学校の3年生118人が昨日8日、熊本市立砂取(すなとり)小学校の児童にメッセージを添えたはがき約450枚を作りました。須坂市を通じて今月中に熊本県に送られます。

はがき作りを指導したのは「須坂押し花ボランティアの会」で代表を務める伊藤俊子さん(84)ら9人。

生徒らはこの日、キバナコスモスやパンジーなど数十種類の押し花をはがきに貼り付け、思い思いのメッセージを添えました。「熊本がもっともっと輝きますように」と書いた松沢鈴花(りんか)さん(15)は「熊本のみなさんが少しでも元気になってくれたらうれしい」と話していました。

生徒の作業を見守っていた伊藤さんは「熊本のことを考えながら作っているのが伝わってきた。砂取小の子どもたちも喜ぶと思う」と笑顔でした。

福島県出身の伊藤さんは東日本大震災後、「故郷のために支援をしたい」と手作りのマフラーやティッシュケースなどを被災地へ贈る活動を始めました。4月の熊本地震の後も、須坂駅などで手作りの商品を売り、その収益金を熊本へ贈る活動を続けています。

⑩被災した原田さん、都内にアンテナショップ開店

熊本地震で被災した男性が、東京からの支援者の紹介で、都内に小さな熊本のアンテナショップを始めました。人情豊かな下町の人たちに支えられながら、被災地の経済復興に貢献したいと熊本特産品の売り込みに汗を流しています。

南阿蘇村で20年前から山岳ガイドやドッグトレーナーをしていた原田秀夫さん(58)は、前震の14日夜、熊本市内にいました。体の不自由な友人を助けて近くの小学校体育館に避難し、災害救急の知識を生かして被災者の対応をしているうちに頼られ、市職員と協力しながら2カ月ほど避難所の運営に携わりました。

自宅にしていた南阿蘇村のトレーラーハウスは屋根が落ちて住めない状態になっていました。観光客やドッグランの利用客は道路寸断などの影響で激減し仕事になりません。一方で、被災地の外では地震が忘れ去られていく気がしまた。

「人が来ないなら、関心を持たれているうちに自分から出て行こう」と思い立ちました。熊本の産品を県外で販売する構想が頭にありました。住まいの次は生活の立て直しが課題になります。「経済の復興に少しでも貢献したいと思った」そうです。単発の販売イベントではなく、常設の店を開けないかと考えていました。

そのころ、東京から毎週トラックで支援物資を避難所に運んでいた運送会社社長木内正二さん(51)と熊本市内の避難所で知り合い、相談したところ、すぐに地元の東京都足立区千住旭町の祭り仲間「千住本氷川旭睦会」に声をかけて20平方メートルほどの空き店舗を見つけてくれました。「復興に少しでも貢献したいと言う原田さんの心意気に打たれた」と木内さんは振り返ります。

場所は北千住駅前の古い商店街の一角。「都心のアンテナショップとは違い、地域に密着した店にしたい」という原田さんのイメージ通りでした。

「無謀だ」と周囲には反対されましたが、飼い犬8匹を客に預けて9月下旬、「原田商店」をオープン。辛子レンコンや蜂蜜、無農薬野菜など、事前に熊本県内を回って集めた約100種のこだわりの品々の販売を始めました。みかんは仕入れるとすぐに売り切れるほどの人気で、常連客も徐々に増えてきました。「がんばんだよ」と激励してくれるおばあちゃんもいるそうです。

睦会の人たちも親身になって支援してくれました。木内さんは各地のイベントへの出店の仲介や販売する品の運送を担ってくれます。販売イベントの手伝いや店の留守番まで買って出てくれる人もいます。文具店を営む吉田正明さん(64)は、所有する貸店舗で営業する居酒屋の店長に熊本産の酒を仕入れるよう話をつけてくれました。「何とか食っていけるようにしてやりたい。熱い思いには熱い心で応えたい」と語っています。

原田さんも祭りで一緒にみこしを担ぎ、酒を酌み交わし、地域に溶け込みつつあります。店は年内に取り壊される予定になっていますが、祭りの仲間が同じ商店街内で空き物件がないか捜してくれています。

原田さんは下町の人情に感謝しながら「つくづく制度やカネより『人』が基本だと思う。熊本にいい物がたくさんあることをここから口コミで広げ、下町の道の駅みたいにしたい」と話しています。

⑪世界最大級の柑橘類「晩白柚」収穫始まる、八代

世界最大級の柑橘(かんきつ)類といわれる八代特産の「晩白柚(ばんぺいゆ)」の収穫が昨日8日、八代市奈良木町の福田誠喜さん(61)の果樹園で始まりました。

重油ボイラーで温度を上げて育成を早める加温ハウス栽培もので、収穫後に1週間~10日ほど熟成させ、今月中旬に県内の百貨店などでお歳暮用に販売されるそうです。直径約20センチ重さ約2キロの果実を手にした福田さんは「1月の大雪で生育を心配したが、甘みのある最高の味に仕上がった」と語っていました。

八代市と氷川町を含む「JAやつしろ」の管内では164戸の農家が計約30ヘクタールの果樹園で晩白柚を栽培しており、例年約30万個を出荷しています。加温ハウス栽培ものの収穫が終わると、来年3月ごろにかけて無加温ハウスや露地栽培ものの出荷時期を迎えます。

⑫地域の防災力向上へ!地震体験を住民が冊子に!熊本市帯山小校区

熊本地震の経験を「怖かった」で終わらせず、地域の防災力向上に生かしたい!熊本市の帯山小学校区の男性が、住民たちの被災当時の様子や避難生活を「熊本地震体験記集」として冊子にまとめました。それぞれの震災の記憶を共有することで、災害に強い安心して暮らせる地域づくりへの一歩を踏み出します。

〈立て続けの揺れに瓦の落ちる音、ブロック塀の落ちる音…余震の合間にドアを開け玄関に置いていた懐中電灯で照らしてみると家の中はめちゃくちゃ〉

〈お一人暮らしの方が心配で、見回りに出かけた。「怖かったですねー」と声をかけ、涙を流し抱き合った〉

体験記集をまとめたのは、帯山校区社会福祉協議会長の浅田興司さん(75)。編集から製本まで手がけ、校区の民生委員や町内会長、PTA役員など35人の話を2冊にまとめました。

1人暮らしの高齢者の見回りに動いた人、避難所で炊き出しした人、車中泊や公園泊の住民のため水や食糧配布に奔走した人……。地震発生直後の逃げる様子や当時の心境、避難先の混乱ぶりなどを、ありのままにつづっています。

「身近な体験が一番の教訓になる」。浅田さんは強調する。校区住民の約4分の1を占める高齢者の安否確認や避難支援の態勢づくり、千人を超す市民であふれた避難所の運営方法など、普段からの「備え」が必要であることを痛感しました。

「記憶が鮮明なうちに」と5月に執筆を呼び掛け、7月に完成させました。当初は公民館や図書館への配布用に自費で50セット作りましが、市内外から冊子を求める声が相次ぎ、約110セットを増刷しました。

体験記集を読んだ多くの住民から「住民同士のつながりが大切と再認識できた」といった声が届きます。浅田さんは、地域から「共助」の意識の高まりを感じています。

⑬熊本空港、本体事業2年ぶり黒字

国土交通省は昨日8日、国が管理する27空港の2015年度収支の試算をまとめました。熊本空港は、本体事業で6300万円の経常黒字となりました。黒字は2年ぶり。第三セクターなどが運営するターミナルビルや駐車場など熊本空港関連事業と合算した場合は、6年連続の経常黒字で、黒字額は4億9500万円。

熊本空港の着陸料収入を中心とした本体事業の売上高は、前年度比6800万円増の11億7300万円。さらに施設整備に伴う一般会計からの受け入れ額など営業外収入が2億800万円増の7億1100万円で、総収入は18億8400万円となりました。一方、整備費など営業費用は1億9700万円増の18億2千万円で、営業損益は赤字でした。

国交省航空局によりますと、格安航空会社(LCC)のジェットスター・ジャパンが14年10月に就航するなど国内線、国際線ともに発着回数が増えたことなどが経常収益の伸びに寄与したとのことです。

熊本空港関連事業の売上高は1億1700万円増の19億7300万円、営業費用は9千万円増の16億3800万円。営業外収入を加えた経常収益は5千万円増の4億3200万円でした。

⑭地方版ワーキングホリデー、熊本など8道県選定

総務省は昨日8日、東京や大阪など都市部の大学生ら若者が長期休暇を利用してアルバイトしながら地方暮らしを体験する「ふるさとワーキングホリデー」を実施する自治体に、熊本や福島など8道県を決めたと発表しました。

地方に2週間から1か月ほど滞在して、地方の魅力を知ってもらい、将来の移住につなげる狙いがあります。同省は2016年度第2次補正予算で関連予算4億4千万円を確保。PRや説明会の開催費用などを助成します。

8道県はほかに北海道、兵庫、奈良、山口、愛媛、佐賀。各道県は、若者を受け入れる職場や宿泊先を開拓し、参加者を募ります。

熊本県地域振興課によりますと、県内では17年2月下旬から100人を受け入れる予定。葉物野菜やかんきつ類を栽培する農家や、温泉旅館・ホテル、物産販売施設などで働きながら、阿蘇の野焼きや熊本地震からの復興イベントなどに参加し、地域住民と交流を深めてもらうことを想定しています。

⑮くまモンが知事に礼状!福島県の熊本地震支援に

熊本県のPRマスコットキャラクター「くまモン」は昨日8日、須賀川市のホテルサンルート須賀川で内堀雅雄知事に熊本地震の支援に対する蒲島郁夫熊本県知事の礼状を届けました。

福島県は熊本地震の支援として、6月末までに約260人の職員を派遣したほか、多くの支援物資を送りました。礼状には「経験豊富な職員を多数派遣いただいたほか、物的な支援をしていただき、厚くお礼申し上げたい」と書かれています。

内堀知事はくまモンに福島一小の6年生27人がメッセージを書いた寄せ書きを贈り、「ともに災害を乗り越えて、希望のある未来を築こう」と呼び掛けました。

くまモンは本日9日、県庁で熊本に派遣された県職員らと面会するほか、東日本大震災の津波被害から再建された南相馬市鹿島区の山田神社を訪れます。

2.ここ一週間の地震

2016/11/09 07:12 09日 07:09頃 千葉県北東部 1

2016/11/09 05:53 09日 05:50頃 福岡県北九州地方 1

2016/11/09 00:05 09日 00:02頃 熊本県熊本地方 2

2016/11/08 21:47 08日 21:43頃 茨城県沖 2

2016/11/08 18:26 08日 18:20頃 鹿児島県薩摩地方 1

2016/11/08 18:13 08日 18:08頃 鹿児島県薩摩地方 1

2016/11/08 17:26 08日 17:20頃 熊本県阿蘇地方 1

2016/11/08 17:20 08日 17:17頃 鳥取県中部 3

2016/11/08 10:30 08日 10:27頃 熊本県球磨地方 2

2016/11/08 08:28 08日 08:24頃 父島近海 1

2016/11/07 23:54 07日 23:50頃 鳥取県中部 1

2016/11/07 23:32 07日 23:28頃 福岡県北九州地方 2

2016/11/07 19:35 07日 19:32頃 新島・神津島近海 1

2016/11/07 13:35 07日 13:31頃 鳥取県中部 1

2016/11/07 10:18 07日 10:15頃 宗谷地方北部 2

2016/11/07 06:41 07日 06:36頃 岩手県沖 1

2016/11/07 05:30 07日 05:26頃 沖縄本島近海 1

2016/11/07 01:57 07日 01:54頃 熊本県熊本地方 2

2016/11/06 20:22 06日 20:17頃 福岡県北九州地方 3

2016/11/06 17:12 06日 17:08頃 大阪府北部 2

2016/11/06 11:36 06日 11:34頃 熊本県熊本地方 2

2016/11/05 17:01 05日 16:57頃 日向灘 2

2016/11/05 13:48 05日 13:45頃 伊予灘 1

2016/11/05 13:39 05日 13:35頃 秋田県沖 1

2016/11/05 07:01 05日 06:58頃 宮城県沖 1

2016/11/05 02:28 05日 02:23頃 鳥取県中部 1

2016/11/04 22:18 04日 22:15頃 鳥取県中部 1

2016/11/04 12:09 04日 12:06頃 鳥取県中部 1

2016/11/04 09:19 04日 09:16頃 熊本県熊本地方 2

2016/11/04 07:45 04日 07:42頃 鳥取県中部 1

2016/11/03 20:53 03日 20:50頃 愛媛県南予 1

2016/11/03 13:05 03日 13:01頃 徳島県南部 2

2016/11/03 08:42 03日 08:40頃 鳥取県中部 1

2016/11/03 02:58 03日 02:54頃 鳥取県中部 1

2016/11/02 15:09 02日 15:06頃 秋田県内陸北部 1

2016/11/02 14:44 02日 14:40頃 鳥取県中部 1

2016/11/02 14:36 02日 14:33頃 秋田県内陸北部 3

2016/11/02 14:30 02日 14:27頃 鳥取県中部 2

2016/11/02 12:16 02日 12:13頃 秋田県内陸北部 2

2016/11/02 07:42 02日 07:37頃 福島県沖 3

2016/11/02 07:36 02日 07:32頃 沖縄本島近海 1

(続く)

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