ABBAの日・北極の日・城の日「今日は何の日・4月6日」

4月6日土曜日

皆様おはようございます。体調はGOODですか?うがい、手洗い、消毒は欠かさずおこなっていますか?

今日は「ABBAの日」です(北極の日・城の日でもあります)。

ABBAオフィシャルファンクラブとユニバーサルミュージックが制定した日です。

1974年4月6日、欧州最大の音楽コンテスト『ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト』でABBAが「恋のウォータールー」を披露し、見事にグランプリ(優勝)を獲得したことに由来しております。ABBAは1972年から活動していましたが、この1974年4月6日の『ユーロヴィジョン』での優勝により〝世界デビュー〟を果たしました。

今日はABBAが「恋のウォータールー」で『ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト』で優勝し、世界デビューを果たしてから50周年にあたる日です!世界各地では『ABBA50周年』を祝い、今日一日は「お祭り」が開催されます。喜ばしいことですね!ABBA、世界デビュー50周年、おめでとうございます!!

ABBAのメンバーはベースのビヨルン(ABBAのリーダー)、キーボードのベニー、ヴォーカルのアグネタ、同じくヴォーカルのフリーダ(アンニ=フリード)の4名で構成されておりますが、4名はそれぞれスウェーデン音楽界でTOPの地位におりました。ビヨルンはフォークグループ『フーテナニー・シンガーズ』のリーダー、ベニーは〝スウェーデンのビートルズ〟と言われていたロックグループ『ヘップスターズ』の作曲者兼キーボード、アグネタは日本で言えば安室奈美恵的存在でスウェーデン歌謡界の歌姫、そしてフリーダはスウェーデンジャズ界のTOPシンガーでした。分野(フォーク、ロック、ポップス、ジャズ)が違う4名がグループを組んだわけです。日本で言えば、小室とつんくと安室奈美恵と宇多田ヒカルがグループを結成したと思っていただければ、いかに凄いことだったか?おわかりになるかと思います。

1974年までABBAは『ビヨルン&ベニー、アグネタ(アンナ)&アンニ=フリード(フリーダ)』という、ただ自分たちの名前を連ねただけのグループでした。そうです、本人達もスウェーデン国民も、この4人のスウェーデンを代表するシンガーが『本気』でグループを結成して世界に羽ばたくとは思っていなかったのです。当初は4名の中で一番人気があったビヨルンでした。ゆえに初期のABBAの曲でビヨルンがヴォーカルを務めることが多い理由はそういうことでした。アグネタとフリーダはな、なんとバックコーラスだったのです。

事実、1972年、日本で開催された『世界歌謡祭』では当時デュオを組んでいたビヨルン&ベニーのバックコーラスでアグネタとフリーダも来日しています。

4人は時間さえあれば、ギター片手に公園で自分たちの好きな歌を歌っていました。そんな、ある日、ビヨルンがアグネタとフリーダに「二人で歌ってみなよ」と何気に言ったのが『ABBA誕生の始まり』となりました。何という素晴らしいハーモニー!何という心地よさ!ビヨルンはその時のことを「頭のてっぺんから足の先まで稲妻が走ったよ」と表現しています。そうして、アグネタ・フリーダがツインヴォーカルとなる今のABBAのスタイルが誕生したのです。1973年『ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト』のスウェーデン大会に4人は参加しました。披露した「リング・リング」は観客の度肝を抜き、「スウェーデン代表はこの4人に決定ね」と思っていたのですが、ユーロビジョン・スウェーデン国内大会でロック又はポップスで代表になったミュージシャンは一人(一組)いません。そこで審査員はこの4人が歌った「リング・リング」を3位にしました。観客はショックを受けました。しかしどうでしょうか?その後、スウェーデンの音楽界でとんでもないことが起こったのです!!4人が出した「リング・リング」シングルスウェーデン版、「リング・リング」シングル英語版、そしてアルバム『リング・リング』がスウェーデンチャート1位、2位、3位を独占し、スウェーデン音楽界の重鎮達は『ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト・スウェーデン大会』の審査員に激怒!「お前達が3位にした彼らは今やスウェーデンを代表するグループじゃないか!」。そうしてこの審査員達は全員クビになりました。

ビックリしたのはビヨルン達でした。ABBAの初代マネージャーであり、ポーラー・ミュージックの社長、スティッグ・アンダーソンとビヨルン、ベニーは「もしかしたら世界を目指せるのではないか?」と急に野心が芽生え始め、レコード会社が違った4人は『本格的』にグループで活動することになったのです。まずはグループ名からの改善が必要でした。TVの歌番組で司会者が「さあ、今度登場するのは『ビヨルン&ベニー、アグネタ&アンニ=フリード』です!」と言うたびに、グループ名の長さにうんざりしており、マネージャーのスティッグ・アンダーソンは考えたあげく、ABBAというグループ名に決めました。メンバー達は誰も反対しませんでした。ただすでに「魚缶詰会社」でAbbaという会社が存在していましたが、特に新グループ名にイチャモンつけることなく、1974年からABBAという名前で活動していくことになったのです。ちなみにABBAの最初のAはアグネタ(Agnetha Fältskog)の名前の頭文字のA、次のBはビヨルン(Björn Ulvaeus)の頭文字のB、次のBはベニー(Benny Andersson)の頭文字のB、そして最後のAはアンニ=フリード(通称フリーダ、Anni-Frid “Frida” Lyngstad)の頭文字のAです。

その後のABBAの活躍は言わずもがなですね。1970年代『世界で一番レコードを売ったのはABBA』であり、現在まで約4億枚のレコード・CD・カセットテープ・DVDの売り上げがあり(『マンマ・ミーア!』『CHESS』などのミュージカルCDの売り上げは除く)プレスリー、ビートルズ、マイケル・ジャクソンの10億枚に続く〝世界第4位〟のセールスを記録しております。

1983年ABBAは活動停止しましたが、日本はもとより世界の音楽評論家・音楽関係者は「アバは1982年に解散した」と豪語し、〝世界でただ一人筆者だけ〟が「ABBAは1983年に活動停止しただけで解散していない」と主張し続けました(参考:『やっぱりABBA!』初版本、2014年著に掲載済み)。

この間、筆者は世界中から「袋叩き」「非難」「暴言」「いじめ」「差別」など「35年に渡り」様々なひどい目に遭わされてきました……。

そして「35年後」の2018年4月27日、ABBAが突然「僕たちは1983年から活動停止しただけだよ」「今度、新曲を出すんだ」と発表した途端、急に筆者に対する「世界の見方」が(一時的に)激減し「きみは世界最高のABBAファンだ」とか「きみは世界唯一のABBAジャーナリスだ」と急に周りが態度を変え始めましたが「傷つけられた心」はそう簡単には癒えませんでした。それでも厚意あるメディアから『欧州以東(日本)における唯一のABBA研究者』という称号をもらい、現在に至っているのが唯一の救いです。

筆者はABBA(『マンマ・ミーア!』『CHESS』も含める)に使った取材費・サイト運営費は高校生の時から現在まで『××××万円強』。実にサラリーマン生涯賃金の3分の1以上をスポンサーなしで取材してきました。

ABBAを信じ、ABBAの為に世界中の人たちに「無償」でABBAの情報を伝え続けたことはよかったのではないかと思っています(2020年からまた1万件以上の悪口をSNS上に書かれました。どうして世の中の人たちは平気で暴言を吐いたり、悪口、デタラメ、デマを書き続けるのですかね?そんなに気持ちいいモノなのでしょうか?世界中のABBAファンの中で、いつも傷つけられるのは筆者だけです)。

そして!ついに2021年9月2日木曜日ABBAは英国時間午後17時45分にカムバックを果たしました。

2022年3月29日火曜日、ABBAは結成(デビュー)50周年を迎えました!

残念ながら「グラミー賞」は逃しましたが、そもそも「デビューして50年も経つのに今頃ノミネートかよ」と思われた『真のABBAファン』も多いことでしょう。そんなとってつけたノミネートでグランプリを受賞できるはずもありません!

「コロナ」「コロナ」と騒がれてきた「悪夢の3年間」も終息しました。今日は是非、ABBAの曲を聴いてみて下さい。少しは気分が晴れるかもしれませんよ。サクラの下でABBAの曲を!!

以下『ABBAの名曲』をセレクトしました。お楽しみ下さい!!

そして今日4月6日はABBAが「恋のウォータールー」にて『ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト』で優勝して50周年のおめでたい日です。是非、共にお祝いしましょう!!

次に「北極の日」について。

なぜ4月6日が「北極の日」なのかというと、1909年4月6日にアメリカ海軍の軍人ロバート・ピアリーが、世界で初めて北極点に到達したことに由来しています。
ロバート・ピアリーの探検は1886年のグリーンランド探検から始まり、何度も北極点到達の失敗を経て6度目の冒険にして悲願の北極点到達を達成したのでした。
しかし、ロバート・ピアリーが北極点に最初に到達したかどうかという論争は80年以上も続くこととなりました。
そして、彼の死後である1989年にようやくアメリカ地理学会によって偉業が認められて「北極の日」が制定されたのでした。
現在では様々な技術が発達したため、当時に比べれば北極の探検も容易にはなっていますが、それでも厳しい環境に変わりはありません。
100年以上も前の装備で北極点に到達する事はとても難しく、何度も失敗を重ねて6度目で成功したことからもその難しさがうかがえますよね。

定番の雑学として「北極と南極ではどちらの方が寒い?」というものがありますよね!
「北」という漢字が使われていることから北極の方が寒いと思われがちですが、実は南極の方が北極よりも寒いのです。
北極の平均気温はマイナス20度~30度ぐらいとなっており、南極の平均気温はマイナス30度~ 50度となっています。
平均気温からわかるとおり南極の方が圧倒的に寒いことがわかりますよね!
ちなみに南極には大陸がありますが、北極には大陸が存在せずただ海上に氷が浮かんでいるだけなんです。
氷の厚さは5メートルほどもあるそうで、ちょっとのことでは割れないようになっています。
日本では北海道の旭川市がマイナス41度を記録したことがあり、日本でも一時的に北極や南極のような寒さを体験できる地域もあります。

北極ぐらいの寒い地域になると身体が冷えてしまってすぐに風邪をひいてしまいそうですが、逆に風邪をひきにくいって知ってましたか?
これは気温の低さに関係していて、人間もそうですが風邪のウイルスについてもあまりに気温が低いと活動ができなくなるそうです。
風邪のウイルスが全くないというわけではありませんが、活動が弱まった結果として人間に感染しにくくなるのです。
また、そもそも生物が少なくウイルスの媒体となるものが少ないことも風邪をひきにくい要因としてあげられます。
かといって全く風邪をひかないというわけではなく、風邪のウイルスを持ち込んだ人が近くにいたりすると、もちろん飛沫感染する可能性があります。

*「北極」の氷がどんどん解けています。やがてその影響は東京港区を全部海で覆うほどになってしまうそうです。今にも沈みそうな国もありますしね。

最後に「城の日」について。

なぜ4月6日が「城の日」なのかというと、四(し)六(ろ)で「しろ」という語呂合わせが由来となっています。
1991年4月6日に日本三大名城の一つ姫路城を中心とした市の復興を目的として、兵庫県姫路市によって制定されました。
姫路城の歴史はとても古く、1333(元弘3)年に赤松則村によって築かれました。
姫路城といえば豊臣秀吉が居城していたことが有名であり、秀吉のその後の出世の拠点となったことから「出世城」とも呼ばれていますよね!
実際にはただ居城していただけではなく、城の拡張や増強なども行なっていたそうです。
1912年に国宝に指定され、1993年には日本で最初の世界文化遺産に指定されました。
日本には姫路城以外にもたくさんの城があり観光地になっていますよね。
4月6日の「城の日」を記念して少し遠出をしてお城観光に行くのもいいかもしれませんね!

城巡りなどを趣味としている人は気づいている方もいるかと思いますが、お城に植えてある木はなぜか松の木が多いですよね!
日本の城にとてもあっていて景観を良くする意味で松の木が植えてあると思われがちですが、実は違います。
もともとお城に松の木が多く植えられているのは「非常食」にするためだったのです。
松の木には葉緑素やビタミン、ミネラルなどが含まれており、城攻めで何日も籠城する際の非常食として重宝していたそうです。
中国にも松の葉や実だけを食べて仙人になった人物がいるという逸話が残っており、日本でも農作物が不作だった年は松の葉や皮を食べてしのいでいました。
いったいあんなに堅そうな松の木の皮をどうやって食べるの?という感じですよね?
調理法は松の荒皮を取り除いて白い生皮の部分だけを臼でついて柔らかくして水につけておきます。
こうして水につけておくことにより、松の皮独特の苦みや臭みが抜けて食べやすくなるそうです。
その後は、その汁を皮でこしてから干すと粉が出てくるので、その粉を麦の粉などに混ぜて餅や団子のようなものを作って食べていました。
歴史上では何度か大飢饉を迎えましたが、その時には街中の松の木が全部丸裸になったこともあったそうです。

名古屋城のシンボルといえば天守閣の屋根の上に飾ってある2匹の金鯱ですよね!
豪華絢爛な金鯱ですが、実は過去に4度も盗難被害にあっているのです。
まず最初に被害にあった年1871年のことで、宮内庁へ金鯱を引き渡す際に鱗3枚が盗難され、犯人である陸軍名古屋営番兵は銃殺刑になったそうです。
続いての被害は1876年ことで、これは東京博物館で管理されているものが盗難され、犯人は懲役10年の刑となりました。
更に1878年には復元作業中に盗難され、犯人は「陸軍の兵卒」とのことでしたが、軍の秘密として処理されたらしく犯人がどうなったかはわかっていません。
最後は1937年で犯人によって金鯱の鱗を58枚もはぎとられて新聞でも大きく取り上げられました。
その後犯人は質屋で鱗を換金しようとして逮捕されました。

*「お城マニア」が多いですね。皆様はどのお城が好きですか?

週末もよろしくお願いいたします。

★東山凛太朗オフィシャルサイトグランドオープン!!

https://higashiyamarintaro.net/

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