ニューヨーク発 —
1986年にロンドンで初めて『CHESS』を観たときですら、その筋書きは相当クレイジーだった。そして今回、リア・ミシェル、アーロン・トヴェイト、ニコラス・クリストファーを主演に迎えた “灼熱的でセクシーな” 新ブロードウェイ版では、作品は長年続けてきた「まじめなミュージカル再生計画」をついに投げ捨て、自分自身の“レトロな荒唐無稽さ”を全力で受け入れている。
舞台の上では、わざとらしく眉を吊り上げながら自嘲気味に
「これが私たちの冷戦ミュージカルです」
と名乗り、ドナルド・トランプやRFK Jr.への小ネタが気まぐれに差し込まれる。
デイヴィッド・ロックウェルの、アーチ型で自己言及的なセットも同じ雰囲気だ。
巨大なネオンのタイトル、何だかよく分からないデジタル映像、光る譜面台、そして大量の小さなCHESS駒。この演出すべてが、ティム・ライスが数十年かけて続けてきた “長い冗談” の一部であり、観客に向かって
「このミュージカルは、今までも、そして今回も“なりたいもの”に戻っただけ」
とテレパシーを送っているようだ。
なにしろ、このミュージカルには:
- CHESSのグランドマスターたち
- その両方と寝ている“セコンド”(付き人)
- そして優しくないKGBとCIAの工作員たちまで登場する
という「史上もっとも好感度の低いキャラクター集合体」が詰め込まれているのだ。
インペリアル劇場には moral compass(道徳心)と呼べるものはひとかけらも存在しない。
しかしロンドン初演時、この馬鹿馬鹿しさを誰も気にしなかった(ブロードウェイの観客の方がやや厳しかったが)。そして今も誰も気にしないだろう。なぜなら今回は、愛の三角関係を歌い上げる3人の強烈なヴォーカリストがいて、40年近くも私が大音量で聴き続けてきた名曲が山ほどあるからだ:
- 「他の誰かのストーリー(Someone Else’s Story)」
- 「かわいそうな子(Pity the Child)」
- 「ヘヴン・ヘルプ・マイ・ハート(Heaven Help My Heart)」
- 「アイ・ノウ・ヒム・ソウ・ウェル(I Know Him So Well)」
完璧なテクニックで「自分にだけ歌ってくれている」と観客の半分に思わせるリア・ミシェル。
色気のある髪と切なく響く高音を持つトヴェイト。
そして全身でヨーロッパ的苦悩を表現するクリストファー。
こんな3人で歌われたら、あなたは余暇を他の何に使うつもり?
ボードゲームでもする?
*上記画像をクリックすると動画に移行します。
さらに言えば:
ABBAのベニー・アンダーソンとビヨルン・ウルヴァースは、本当に “長持ちするポップ曲” を書く天才だった。
『マンマ・ミーア!』の陽気な曲に疲れていても、『CHESS』には別種の名曲が揃っている。
パンデミック期にあれほど“構造変革”が語られたあとで、
『CHESS』の再演は、ブロードウェイが実はほとんど変わっていないことを露骨に示してくれる。
スターは売れる。歌は売れる。セックスは売れる。『CHESS』は結局『CHESS』でしかない。
第2幕の冒頭で登場する、有名な
「ワン・ナイト・イン・バンコク(One Night in Bangkok)」
は、今なら絶対書かれないセクシーで不謹慎なナンバーだ。「腰より上のキックが好きなんだ、陽の光よ」という不朽の歌詞は言うまでもない。
しかも今回の演出では、アンサンブルがスカスカの衣装で踊るだけでなく、幕間から戻った観客を驚かせるため、観客の目の前で超高速脱衣をする。テンションを上げるためだけに。
「なんてこった、今のは熱かったね」
とナレーター役のブライス・ピンカムが、乾いた声で言う。観客がロリン・ラターロの振付の意図にまだ気づいていないかもしれないため、わざわざ補足してくれるのだ。
ここには、昨今よく聞く “多様な体型のキャスト” は一人もいない。
道徳的な正しい作品を求めるなら、45丁目の別の劇場にどうぞ。
マイケル・メイヤー監督は、自分が何を演出しているかよく理解していて、完璧なキャスティングとともに、この “罪深い快楽としてのミュージカル” に光と強調を加えただけだ。
これは今シーズンのブロードウェイ作品の中でも
「嫌いと言いながら、密かに皆が楽しんでしまう作品」
であり、それこそが本作のテーマと見事に合致している。
『CHESS』は1980年代のミュージカルであり、地政学も核兵器の危機も、結局は“ゲームを楽しむ人間の策略” として描かれてきたのだから。
出演者全員がブラビッシモ(女性はブラヴィッシマ)級だが、とりわけクリストファー演じるロシアのチェス王の疎遠な妻を演じる ハンナ・クルーズ が素晴らしい。
元々この役は“捨て役”に近かった。
アメリカ人(CIAの監視つき)、ロシア人(KGBの監視つき)、そして複雑な出自を持つフローレンス(ミシェル)の三角関係に物語軸が集中していたからだ。
しかしクルーズはそんな背景を吹き飛ばし、プログラムの表紙に写真が載っていないにもかかわらず、圧倒的な歌唱力と演技力で『CHESS』を四角関係ドラマへと進化させてしまった。
私がそう感じたのは初めてだ。
とはいえ、観客の大半が観に来る理由はやはりミシェルであり、メイヤーは彼女の独唱場面を決して邪魔しない。
ミシェルはイタリアでもタイでもストックホルムでも(どこでもいい、どうせ“ブロードウェイ・パスティーシュ世界”なのだから)、舞台上にしっかり降り立ち、期待を超えてくる。
今回、『CHESS』には 新しいサプライズの結末 が用意されている。
そのセンチメンタルな結末は、ティム・ライスが年齢とともに毒気を少し抜いたのか、あるいは新ブックを担当したダニー・ストロングの仕業かもしれない(いずれにせよライスが承認したのだろう)。
ここまで散々好き放題やってきた物語に、本気の悲哀やカタルシスを求めるのは無理というものだが、“ゲームチェンジャー” としては完璧な落としどころだ。
ただし、観客がこの“勝負”に本気で乗っている場合に限る。
インペリアル劇場(249 W 45th St, New York)にて上演中。
chessbroadway.com



