【連載124】熊本地震取材日誌(2016年の今日、熊本で何があったのか?)

8月15日月曜日昼

【熊本地震・被災者生活・復旧復興情報】

皆様こんにちは。熊本県警は昨日14日、南阿蘇村立野の阿蘇大橋崩落現場下流の乗用車内から11日に収容した遺体を、熊本地震で唯一行方不明となっていた熊本学園大生、大和晃(ひかる)さん(22)=阿蘇市=と確認しまし。DNA鑑定で判明しました。熊本地震による直接の死者は計50人となりました。

大和さんは本震が起きた4月16日未明、熊本市から乗用車で自宅に帰る途中、阿蘇大橋一帯の土砂崩れに車ごと巻き込まれたとみられています。死因は多発外傷の可能性が高いとのこと。県警は身元確認を受け、遺体を両親に引き渡します。

県は6月1日を最後に地上捜索を中断しましたが、大和さんの両親らは独自に捜索を続け、7月24日に大橋の下流約400メートルで車を発見しました。県は今月9日に本格的な捜索を再開。11日に運転席付近から遺体を収容し、大和さんとみて身元確認を進めていました。

阿蘇大橋崩落現場付近で見つかった遺体が昨日14日、熊本学園大生の大和晃(ひかる)さん(22)=熊本県阿蘇市=と確認され、父卓也さん(58)は「晃が車の中にいてくれてよかった。家に連れて帰りたい」と穏やかに語っていました。卓也さんは同日午前10時40分ごろ、県の職員からの電話で「身元確認」の報を受けました。大津町にいた妻忍さん(49)に電話で伝えると、落ち着いた様子で「やっと帰れるのね」と応じたとのことです。発見された車内では晃さんのブレスレットなどが見つかっていたため「親としては心の整理はできていた」と卓也さん。20日に通夜、21日に告別式を営む予定で、火葬の前に阿蘇市の自宅に晃さんを連れて帰るようです。「晃も帰りたいだろうから。ちゃんと帰らせてあげたい」。晃さんを亡くした熊本地震の本震から16日で4か月。季節は春から夏に変わりました。炎天下で息子を必死に捜し続け、真っ黒に日焼けした卓也さん。「思った以上に長くかかったが、家に連れて帰りたいという家族の強い思いと、周囲の応援に晃が応えてくれたんだと思う」と振り返っていました。

本当に見つかり、お通夜、告別式の日も決まり、ご家族も安堵されたことでしょう。しかしプロであるはずの県関係者が頑張っても見つけることができなかったことに県は大きな反省をしなければなりません。ご両親はご子息を探すために体を酷使して奔走しました。県は「雨が降るから捜索はやめる」とか「これだけ探しても見つからなかったから仕方ない」のような言い方をしていましたが、それでもプロと言えるのでしょうか?今回はご両親の『熱意』で見つかったからいいものの、日頃このような捜査しかできていないことを露見したのは大きな恥です。ようやく見つかり『天国』に行けますので『終わりよければ』でこれ以上書きませんが県の捜査の仕方には甚だ憤りを覚えた次第です。晃(ひかる)さん、安らかに。

熊本地震の前震から昨日14日で4か月。発生前から抱えるローンに加え自宅の再建や店の再開のために新たに借金をする「二重ローン」。その状態を解消するための制度の適用を求め約340件の申請が熊本県内であり協議が進んでいます。ただ、定の基準もあり「ハードルが高い」との声も出ています。制度は全国銀行協会が中心となって4月から運用を開始した「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」。被災地で家や車などのローンを返済できない場合、金融機関が同意すれば最大500万円と災害弔慰金など公的な支援金を手元に残してローン残高の支払いを減免されます。

熊本市南区に住む会社員の男性(32)は妻(29)と訪れました。4年前に建てた4LDKの2階建ての自宅は壁に亀裂が入り、石膏(せっこう)ボードが落ちて大規模半壊と判定されました。建築費など約2300万円は35年ローン。月々6万3千円を返済します。350万円だった年収は410万円に増えましたが3歳の長男の教育費などを考えて妻が4月からパートを始めた矢先に地震が起きました。車や避難施設、実家などこの3か月間、寝泊まりする場所は転々としました。住宅メーカーの担当者からは修復に500万円以上かかると言われました。地震保険には入っていませんでした。12月には2人目の子が生まれます。新たなローンを組む余裕はありません。「どうやって生きていけばいいかと途方に暮れた」と頭を抱えています。減免制度を知り銀行に相談しました。今抱えるローンが減免されれば家を修復できるかもしれません。熊本県弁護士会を通じて全銀協に手続きの支援を依頼し弁護士と協議しながら準備を進めています。「地震前の生活に戻りたい。ただそれだけです」。

東日本地震の時もそうでしたがある程度震災が落ち着くと今度は『未来への生活の不安』が噴出してきます。先程挙げた方はほんの一例でこれから多くの被災者が『二重ローン』を抱え過ごしていかなければなりません。被災地だけ特別扱いするのはおかしいと言う意見もありますが、小生は『被災者の方々のローンを減額』するか『ローン期間を延長』するかもしくは『国や県が肩代わりする』と言った思い切った手段も必要ではないかと思います。今後自殺者が出ないことを祈るばかりです。

一時18万人を超えた避難者は応急仮設住宅への入居などが進んでピーク時の約1%の約1800人に減りました。熊本県内に最大855あった避難所は今月末には14カ所まで集約される見込みです。県のまとめでは「本震」翌日の4月17日に38市町村にあった避難所(計855カ所)は今月13日現在で11市町村(計50カ所)になりました。今月末に被災者がいる避難所は14カ所になる見通し。熊本市は現在ある15か所のうち14カ所を月内に閉鎖し9月15日までにゼロにします。大西一史市長は「(避難所閉鎖に向けて)一定のめどが立った」としたうえで「次の住まいが見つからない場合、できる限り支援する」としています。嘉島町では町民体育館に50人ほど避難していますが新たな仮設への入居が8月中に可能になる見通しで31日に閉鎖する方針を避難者に通知しました。ただ避難所の最終閉鎖を見通せない自治体もあります。住宅の全半壊が約5600棟に及ぶ益城町では現在も約750人が10カ所の避難所に滞在。月内に2カ所に集約することを見通していますが完全閉鎖のめどは立っていません。り災証明書の発行に向けて被災家屋の内部も見る2次調査に進む被災者もいて結果を待って行き先を決める意向の被災者も少なくありません。町は仮設住宅の建設戸数を追加していますが「まだ足りているかわからない」(担当者)と戸惑っています。御船町も約170人いる避難所の閉鎖を見通せていません。仮設の必要戸数が想定を上回り7月から用地の確保などに奔走しています。

こうして『避難所を出て次の一歩を』と前向きな方向に進んでいる一方『行き先がなく不安を抱えたままの人』もいます。熊本市中央区の女性(83)は昨日14日、5月から過ごした市男女共同参画センターを出て市内の自宅に戻りました。その日に避難所が閉鎖されるためです。狭い所に布団や服を持ち込む避難所生活は大変でしたが市職員も相談に乗ってくれ、安心して過ごせた。感謝でいっぱい」と話していました。ただ2階建ての自宅は半壊し雨漏りします。風呂も壊れて使えません。余震が来るんじゃないか台風で屋根のブルーシートが飛ばないか。不安は尽きません……。もともと一人暮らしだった女性。それでも、近所の人とまた会える。健康のために歩いてお風呂屋に行く。食事は宅配を頼むし、ヘルパーにも来てもらえることになった。地震に負けず、上を向いて暮らしたい」と話しています。

9月15日に閉鎖する熊本市総合体育館では約100人が廊下の段ボールで区切った場所などで過ごしています。5月8日から過ごす田中誠道さん(76)は1か月後に迫る閉鎖に不安を募らせています。「新しく住む場所が見つかっていない」。市内にある平屋の自宅は雨漏りし床も一部が抜け「とても住める状況じゃない」。しかし外観で判定する、り災証明書の1次調査では「一部損壊」。応急仮設住宅に入れる基準を満たさず、7月、市の聞き取り調査で事情を話し内部も見る2次調査を選びました。結果が分かるのは8月下旬。「9月15日までに行き先が決まるだろうか。見つからなければ、また車中泊するしかない」。

一体、日本の福祉はどうなっているのでしょうか?避難所を減らしあるいはなくしていくのはやむを得ないとしても『必ず路頭に迷う被災者』がいることは過去の阪神淡路、東日本震災を見てもわかっているはずです。なのにこうした不安を抱え生きなければならない人に何もすることができない行政とは一体何なのでしょうか?国は本当に『命』を懸けて、被災者に向かいあって欲しいです。ようやく地震がなくなってきてさあ復興!と言う時に取り残される人達。涙が止まらないのは僕だけではないでしょう。日本は世界一の先進国のはずではなかったのでしょうか?熊本被災地での『生活格差』。今後大きな問題にならないことを切に希望します。

1.被災地情報

①熊本地震遺体は不明の大学生と確認!

熊本県南阿蘇村の崩落した阿蘇大橋の下流で、今月11日に収容された遺体について、警察がDNA鑑定を進めた結果、一連の熊本地震でただ1人、行方不明となっていた阿蘇市の大学4年生、大和晃さんと確認されました。

阿蘇市の大4年生、大和晃さん(当時22)は、4月16日に地震で崩落した南阿蘇村の阿蘇大橋付近を車で走行していたとみられ、行方が分からなくなっていました。

熊本県などが捜索した結果、阿蘇大橋の下流で10代~30代とみられる男性の遺体が見つかり、今月11日に収容して警察がDNA鑑定を行いました。

その結果、大和晃さんと確認されたということです。

大和さんの父親の卓也さんは、「晃しかないと思っていましたが、少し不安もあったので鑑定で間違いないことが確認できて安心しました。あとは手元に帰ってくるのを待つだけです」と話していました。

熊本県などによりますと、これで一連の熊本地震で亡くなった人は災害関連死と認められた人などを含め72人となりました。

大和晃さんの両親の元には、昨日14日午前11時前、熊本県の担当者から「晃さんと確認された」と連絡があったということです。両親はこれまでほぼ毎日、阿蘇大橋の下流などで手がかりを捜し、乗っていた車も両親などによる捜索で見つかりました。

父親の卓也さんは「鑑定の結果を聞いて、これでやっと終わってくれると安心しました。望むことは晃を引き取って供養するだけです」と話していました。

母親の忍さんは「地震から4か月がたって、やっと帰りたかった家に帰ってくる晃をどうやって温かく迎え入れるかを考えています。ただ『お帰り』と言うだけでなく、ふだんの生活とは違った形で迎え入れることができたらいいなと考えています」と話していました。

②熊本地震後初めてのお盆、観光地は!?

熊本地震後、初めてのお盆を迎えた県内。帰省客らが訪れる観光地は春の大型連休よりもにぎわいを取り戻しつつあるようです。「復興につながれば」「子どもに見せたい」。被災から立ち上がろうとする観光地を訪れた人からは、復興を後押しする声も聞こえました。

被害が大きかった南阿蘇村にあるレジャー施設「阿蘇ファームランド」は、「夏休みの時期に一日でも早くオープンしたい」と復旧工事を急ぎ、今月1日から順次園内の施設を再開しています。14日も巨大な滑り台や迷路のある運動施設、動物とふれあうことのできるエリアは、多くの家族連れらでにぎわっていました。

帰省先の宮崎県延岡市から家族や親戚と訪れた宮崎市の会社員飯干真琴さん(41)は「復興のために来た。思ったより人がいて、子どもたちも楽しく遊べました」。阿蘇市の井手一昭さん(71)は福岡県に住む孫2人を連れて来ました。「阿蘇市のプールも復旧作業中で、道路事情も悪く熊本市内にも連れて行けない。近くで遊べてよかった」。

現在も一部の施設で復旧作業中のうえ、2次避難者もいます。広報担当者は「完全復活というわけでなく、アクセスも一部制限されるなか、たくさんの方に来ていただいている」と話していました。

昨年度に約177万人が訪れたという熊本城(熊本市中央区)。熊本城総合事務所によりますと、二の丸駐車場は昨日14日正午前に満車になりました。13日午後にも、九州以外にも「名古屋」「岐阜」「和泉」といったナンバーの車が並んでいました。同事務所の担当者は「大型バスも来てくれるようになった。復興途中の熊本城を是非見に来てほしい」と話しています。

城内の加藤神社近くから、傷ついた天守閣の方を見ていた鹿児島市の主婦、深瀬梨香さん(37)は13日、帰省中に訪問。4年前に上った天守閣には入れませんが「もう一度見たかった」と嘆いていました。城には4歳の長男も連れて来ました。「今の暮らしが当たり前ではないことを感じてほしい。いざという時の避難などを考えるきっかけにしたい」。そんなことを伝えたかったそうです。

名古屋市緑区の会社員男性(72)は、長男に見てもらおうと訪れました。「テレビで見るよりひどくて、驚いた」。益城町の実家は大きな被害を受け、帰省中も片付けを手伝います。「時間はかかるだろうが、早く元通りの姿に戻って、観光地として復活してほしい」。

熊本市中央区の観光名所・水前寺成趣(じょうじゅ)園(水前寺公園)。池のコイにえさをやっていた兵庫県尼崎市の坂口正隆さん(72)は、家族と帰省中に訪れました。同園には今年の正月も来ており、「地震前と変わらず、水もきれいで安心しました」。

地震後、5月中旬まで休園。入園者は7月に限ると昨年より増えましたが、お盆は昨年より少ないそうです。

管理する出水神社の上村秋生事務局長(69)は「よくこれだけ戻ってきてくれた。9月以降の秋のシーズンに、行ってみようという雰囲気が盛り上がるとありがたい」と、期待を込めていました。

③水前寺成趣園にコンシェルジュデスク!

熊本市中央区の観光名所・水前寺成趣(じょうじゅ)園(水前寺公園)内に、外国人観光客らをサポートする「コンシェルジュデスク」がオープンしました。土日にボランティアが待機している。メンバーらは、熊本地震からの「観光の復興に貢献したい」と意気込んでいます。

園内では、英語ガイドの実績があるNPO法人「ディスカバリーくまもとボランティアの会」のメンバーが園の魅力や歴史などを伝えています。

米国の名門ホテルでコンシェルジュの経験がある同会の野田恭子理事長(71)が、2019年のラグビーW杯や20年の東京五輪などを見据えたデスクの設置を、同園を管理する出水神社側と協議してきました。園内の休憩所(広さ約65平方メートル)に4月15日にオープンする予定でしたが、地震で延期になっていました。

同会の坂梨誓子・研修委員長(54)は「水前寺成趣園の魅力はたくさんある。地域と一体になって案内していきたい」。野田理事長は「活動の幅が広がる。熊本でがんばっている人の姿も見てもらい、ここから県全体の観光復興に貢献したい」と話しています。

「デスク」には毎週土日の午前11時~午後15時、同会の4,5人が待機。同園の魅力だけでなく、地元の飲食店や祭り、特産品なども紹介します。案内は英語と日本語のほか、韓国語も対応。有料で2人まで1時間1千円。10人以上の団体は予約が必要。問い合わせは同会事務局(096-343-6722)へ。

➃二重ローン減免、再建へ鍵!熊本の被災者、申請340件!

熊本地震の前震から昨日14日で4か月。発生前から抱えるローンに加え、自宅の再建や店の再開のために新たに借金をする「二重ローン」。その状態を解消するための制度の適用を求め、約340件の申請が熊本県内であり、協議が進んでいます。ただ、一定の基準もあり「ハードルが高い」との声も出ています。

制度は、全国銀行協会が中心となって4月から運用を開始した「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」。被災地で家や車などのローンを返済できない場合、金融機関が同意すれば、最大500万円と災害弔慰金など公的な支援金を手元に残して、ローン残高の支払いを減免されます。

熊本銀行が県弁護士会と6月下旬に開いた相談会には、午前中の2時間で16組が訪れました。

熊本市南区に住む会社員の男性(32)は妻(29)と訪れました。4年前に建てた4LDKの2階建ての自宅は、壁に亀裂が入り、石膏(せっこう)ボードが落ちて、大規模半壊と判定されました。

建築費など約2300万円は35年ローン。月々6万3千円を返済します。350万円だった年収は410万円に増えましたが、3歳の長男の教育費などを考えて妻が4月からパートを始めた矢先に地震が起きました。

車や避難施設、実家など、この3か月間、寝泊まりする場所は転々としました。住宅メーカーの担当者からは修復に500万円以上かかると言われました。地震保険には入っていませんでした。

12月には2人目の子が生まれます。新たなローンを組む余裕はありません。「どうやって生きていけばいいかと途方に暮れた」と頭を抱えています。

減免制度を知り、銀行に相談した。今抱えるローンが減免されれば、家を修復できるかもしれません。熊本県弁護士会を通じて全銀協に手続きの支援を依頼し、弁護士と協議しながら準備を進めています。「地震前の生活に戻りたい。ただそれだけです」。

震度7を2度観測した益城町の惣領(そうりょう)地区。40代の夫婦も減免制度の手続きを進めています。10年ほど前に建てた2階建ての家は傾き、庭には亀裂が入ったまま。今も水道は使えません。

ローン残高は約1800万円。地盤を修復する工事は、知人から「700万~800万円かかる」と言われました。生活費や高校生と小学生の子どもの教育費も必要です。地震から3か月の頃に減免制度の詳しい内容を知りました。弁護士からは「制度を使える可能性はある」と言われました。女性は「やっとこの先の生活に光が見えてきた」と話していました。

県弁護士会は地震後、プロジェクトチームを発足させました。同会の弁護士約150人が、被災者が金融機関と債務整理案などを協議する際に支援する「登録支援専門家」として参加。5日までに338件の依頼がありました。

ただ、減免制度が認められるのは被災でローンの返済ができなくなったり、近い将来に返済できないことが確実と見込まれたりする場合に限られます。年齢や家族構成、ローン残高などを踏まえて総合的に判断されますが、世帯年収が730万円未満で、ローン返済額と新たな家賃の総額が年収の40%以上という目安もあります。

板井俊介弁護士(39)は「制度は二重ローンを防止する意義があるが、ハードルは高い。返済の余力がある被災者は、ローンを抱えたまま、再建のために新たなローンを組むしかない。そういう人をどう救済するかも課題だ」と指摘しています。

熊本県内の地銀最大手・肥後銀行には9日までに176件の問い合わせや相談があり、99件が手続きを進めています。熊本銀行は6月下旬から毎週日曜日に弁護士を招いて制度の相談会を行っており、約120件が手続きに着手しています。

肥後銀行の福永健・融資企画グループ長(44)は「熊本が早く復興するための必要な制度として考えないといけない。ただ、私企業として、どこまで損失を出していいのかという問題もある」と話しています。

東日本大震災では2011年8月に運用が始まってからの約5年間で、問い合わせは約5700件。金融機関と債務整理で合意したのは1300件余でした。

制度に詳しい中央大大学院の客員教授で弁護士の岡本正氏(37)は「東日本大震災の時は周知不足や金融機関の協力不足で運用実績が伸びず、多くの被災者が減免を受けずに返済を先延ばしにした。熊本地震では発生直後から弁護士会や銀行が周知に取り組んでおり、初動はうまくいったのではないか」と評価しています。

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〈自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン〉

東日本大震災で作られた同様のガイドラインを、他の自然災害でも使えるように全国銀行協会が中心となって昨年12月に策定。4月から運用を始めました。対象は災害救助法の適用を受けた自然災害の被災地域。ローンを払えなかったという情報が記録に残らないため、新たにローンを組むことも可能です。

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⑤避難者1800人に!熊本地震4か月不安抱える人も!

熊本県を中心に最大震度7の揺れが襲った熊本地震の「前震」から、昨日14日で4か月になりました。一時18万人を超えた避難者は、応急仮設住宅への入居などが進んでピーク時の約1%の約1800人に減りました。同県内に最大855あった避難所は、今月末には14カ所まで集約される見込みです。

県のまとめでは、「本震」翌日の4月17日に38市町村にあった避難所(計855カ所)は、今月13日現在で11市町村(計50カ所)になりました。今月末に被災者がいる避難所は14カ所になる見通し。熊本市は現在ある15か所のうち14カ所を月内に閉鎖し、9月15日までにゼロにします。大西一史市長は「(避難所閉鎖に向けて)一定のめどが立った」としたうえで、「次の住まいが見つからない場合、できる限り支援する」としています。

嘉島町では町民体育館に50人ほど避難していますが、新たな仮設への入居が8月中に可能になる見通しで、31日に閉鎖する方針を避難者に通知しました。

ただ、避難所の最終閉鎖を見通せない自治体もあります。住宅の全半壊が約5600棟に及ぶ益城町では、現在も約750人が10カ所の避難所に滞在。月内に2カ所に集約することを見通していますが、完全閉鎖のめどは立っていません。

り災証明書の発行に向けて被災家屋の内部も見る2次調査に進む被災者もいて、結果を待って行き先を決める意向の被災者も少なくありません。町は仮設住宅の建設戸数を追加していますが、「まだ足りているかわからない」(担当者)と戸惑っています。

御船町も約170人いる避難所の閉鎖を見通せていません。仮設の必要戸数が想定を上回り、7月から用地の確保などに奔走しています。

避難所を出て次の一歩を!熊本地震の前震から4か月、熊本県内で避難所の閉鎖が加速し、被災者たちは新たな生活に向けて動き始めています。住まいのめどが立ち、長い避難生活の終わりに安堵する人がいる一方で、行き先がなく不安を抱えたままの人もいます。

8月下旬に新学期が始まるのを前に、18日の閉鎖が予定されている益城町立広安西小学校の避難所。約60人の被災者たちは避難所を出る準備をしています。

住んでいたアパートが半壊した大山るみさん(38)は家族4人で愛犬を連れ、約1か月の車中泊の後に避難してきました。アパートの再建が決まっておらず、悩んでいるうちに条件の良い仮設住宅の申込期日が過ぎました。賃貸住宅を自力で探して申請する「みなし仮設住宅」を検討したが見つからず、7月に避難所の閉鎖日を聞いて焦ったとそうです。

8月に入って町内のアパートが見つかりました。避難所では冷凍食品などを温めて食べることも多かったですが、大山さんは「家族においしい料理をつくってあげたい」と笑っていました。

一方で、不安を抱えながら、避難所の閉鎖を迎えた人たちもいます。

熊本市中央区の女性(83)は昨日14日、5月から過ごした市男女共同参画センターを出て、市内の自宅に戻りました。その日に避難所が閉鎖されるためです。狭い所に布団や服を持ち込む避難所生活は大変でしたが、市職員も相談に乗ってくれ、「安心して過ごせた。感謝でいっぱい」。

ただ2階建ての自宅は半壊し、雨漏りします。風呂も壊れて使えません。余震が来るんじゃないか、台風で屋根のブルーシートが飛ばないか。不安は尽きません……。

もともと一人暮らしだった女性。それでも、「近所の人とまた会える。健康のために歩いてお風呂屋に行く。食事は宅配を頼むし、ヘルパーにも来てもらえることになった。地震に負けず、上を向いて暮らしたい」と話しています。

9月15日に閉鎖する熊本市総合体育館では、約100人が廊下の段ボールで区切った場所などで過ごしています。5月8日から過ごす田中誠道さん(76)は、1か月後に迫る閉鎖に不安を募らせています。「新しく住む場所が見つかっていない」。

市内にある平屋の自宅は雨漏りし、床も一部が抜け、「とても住める状況じゃない」。しかし、外観で判定する、り災証明書の1次調査では「一部損壊」。応急仮設住宅に入れる基準を満たさず、7月、市の聞き取り調査で事情を話し、内部も見る2次調査を選びました。

結果が分かるのは8月下旬。「9月15日までに行き先が決まるだろうか。見つからなければ、また車中泊するしかない」。

⑥長渕さん被災者激励!益城、西原の避難所訪問!

歌手の長渕剛さん(59)が昨日14日、熊本県益城町総合体育館を訪れ、熊本地震の被災者を激励しました。段ボールのベッドが並ぶメインアリーナや、子どもの遊び場になっている部屋を訪ねて、「頑張ってね」と声を掛けていました。

歌は披露しませんでしたが、ロビーに集まった避難者らを前に「熊本が大変と知って、一日も早く来たかった。つらいけど、僕も頑張るから皆さんも頑張ろう」とエールを送っていました。

6月から避難している梅村政子さん(75)は長渕さんの大ファンで、「持病の腰痛を忘れるくらい興奮して、サインをもらいに走りました」と声を弾ませていました。

長渕さんは西原村民体育館も訪問。ギターを抱え、ヒット曲「とんぼ」のほか、村を励まそうと急きょ作ったオリジナル曲などを披露し、村民から盛んな拍手を浴びていました。

⑦阿蘇神社「兼務社」1割の10社が全半壊!

熊本地震の影響で、熊本県阿蘇市と産山村に点在する阿蘇神社の「兼務社」100社のうち、10社が全半壊したことが、同神社の調べで分かりました。地区住民の心のよりどころであり、住民は再建を望むが費用捻出の課題に直面しています。

兼務社は神職が常駐しない無人の神社で、普段は地区の氏子や代表者が管理。祭事の際には阿蘇神社の担当神職が出向いて神事を執り行います。

内訳は全壊8、半壊2でいずれも阿蘇市内。同神社によりますと、被害は1メートル超の陥没や亀裂が多数発生した狩尾地区など市西部に集中しています。90社でも灯籠が落下するなどしました。全国から応援に駆け付けたボランティアの手で、解体や片付けが完了しています。

車帰地区の車帰菅原神社は、本震で拝殿と神殿が倒壊し、石造りの鳥居も折れました。年数回催される祭りで、地区の全住民が集まる憩いの場。管理する中村豊さん(66)は「住民のコミュニティーの維持にも必要不可欠」と早期再建を希望しています。

しかし、兼務社は阿蘇神社の所有ではなく、公的補助が受けられない未指定文化財のため、再建費は各地区が賄わなければなりません。土地の造成も含め、1社当たり500万~1千万円が必要とみられます。

再建するには住民に寄付を募る必要がありますが、車帰は住宅被害が特に激しかった地区。中村さんも自宅が全壊し、「家の修繕や再建に多額のお金が必要な状況で、住民に寄付を募るのは難しい」と頭を悩ませています。

しかし、「住民同士のつながりを確かめる大切な場所。失うわけにはいかん」と中村さん。近日中に地区集会を開き、費用の工面について協議する。楼門や拝殿が倒壊した阿蘇神社も「互いの再建に向けて協力できる部分を模索したい」としています。

⑧息子捜し続けた両親「やっと連れて帰れる」!

阿蘇大橋崩落現場付近で見つかった遺体が昨日14日、熊本学園大生の大和晃(ひかる)さん(22)=熊本県阿蘇市=と確認され、父卓也さん(58)は「晃が車の中にいてくれてよかった。家に連れて帰りたい」と穏やかに語っていました。

卓也さんは同日午前10時40分ごろ、県の職員からの電話で「身元確認」の報を受けました。大津町にいた妻忍さん(49)に電話で伝えると、落ち着いた様子で「やっと帰れるのね」と応じたそうです。

発見された車内では晃さんのブレスレットなどが見つかっていたため、「親としては心の整理はできていた」と卓也さん。20日に通夜、21日に告別式を営む予定で、火葬の前に阿蘇市の自宅に晃さんを連れて帰るようです。「晃も帰りたいだろうから。ちゃんと帰らせてあげたい」。

晃さんを亡くした熊本地震の本震から16日で4か月。季節は春から夏に変わりました。炎天下で息子を必死に捜し続け、真っ黒に日焼けした卓也さん。「思った以上に長くかかったが、家に連れて帰りたいという家族の強い思いと、周囲の応援に晃が応えてくれたんだと思う」と振り返っていました。

⑨軒先、テント、車中泊……行政、避難全容つかめず!

熊本地震の熊本県内避難者が1800人を切る中、軒先避難や車中泊など避難所以外で避難を続ける住民の現状をほとんどの市町村が「把握できない」としていることが13日分かりました。地震発生から4か月で全半壊した自宅に住み続ける人や、県外避難の実態もつかみきれておらず、被災者の支援や生活再建に影響が出そうです。

地震被害が大きく応急仮設住宅を設けた16市町村(熊本、阿蘇、宇土、宇城、益城、御船、甲佐、嘉島、山都、大津、菊陽、美里、氷川、南阿蘇、西原、産山)を対象に、1日時点のデータをまとめてみました。

自宅敷地内の納屋やテントなどに寝泊まりする軒先避難は、南阿蘇村が「2人」。他の15市町村は「把握していない」「把握できない」でした。車中泊は益城町が「60人」、南阿蘇村が「1人」で、14市町村が把握していませんでした。全半壊した自宅に住み続けている住民を把握していたのは、産山村の「79人」だけでした。

実態をつかみきれない現状に対し、甲佐町くらし安全推進室は「必要性は認識しており、一時期は各行政区の区長が状況をつかんでいた。しかし、豪雨災害も重なって職員に余裕がなかった」。熊本市災害対策本部は「車中泊はエコノミークラス症候群の危険もあり把握は必要」としながらも、「避難所で聞き取るしか方法がなく、自宅にいながら夜間だけ車中泊するケースなどは、自治会などの協力を得るしかない」と説明しています。

一方、地元以外の市町村へ避難している人は1251人(うち県外940人)。把握していたのは6市町で、熊本市844人(県外754人)、益城町279人(128人)、御船町76人(23人)、阿蘇市21人(7人)、甲佐町7人(4人)……でした。宇城市は県外避難のみ「24人」と答えました。しかし、いずれの市町も「住民から届け出があった分のみ」(益城町)の把握で、全容は不明です。

災害時の避難・支援に詳しい福島大うつくしまふくしま未来支援センターの天野和彦特任准教授は、「『誰がどこで何を課題として、どんな状況にいるか』を把握しなければ、生活再建につながる適切な支援はできない」と強調。自治体の目が届かない被災者は孤独死や災害関連死につながりかねないとして、「既存の地域ネットワークなどを生かして把握に努めるべきだ」と指摘しています。

⑩「倒れた墓石起こします」活動の場募る!

熊本地震で倒れた墓石を元に戻そうと、熊本市の市民団体「熊本民間防災ボランティアセンター」代表の谷川政敏さん(65)=熊本市西区=が、同市を中心に活動できる墓地を募っています。

谷川さんは3年前からカンボジアに移り住み、子どもの教育支援などに取り組んできましたが、地震後に帰国。カンボジアで知り合った元自衛隊員の友人ら数人に声を掛け、8月から墓地での作業を始めました。

熊本市西区の花岡山官軍墓地では、1876(明治9)年の神風連の乱で亡くなった官軍兵の墓116基のうち、倒れた十数基を約2週間かけて立て直しました。谷川さんは「これで気持ちよく墓参できる。市と協力し、官軍墓地の歴史的な価値を守りたい」と話していました。

活動は今月末まで。できる範囲で受け付けます。

谷川さんTEL090(9598)0666。

⑪合宿の殿堂、休館続く!

熊本県阿蘇市の国立阿蘇青少年交流の家が、熊本地震で損傷した建物の復旧工事が遅れ、現在も休館したままだ。例年、研修やスポーツ合宿などでにぎわう夏休みの様子は一変し、休館の長期化に利用者には戸惑いが広がっています。

同施設は1964年開設。鉄筋コンクリート造り3階(一部4階)建ての本館(床面積6234平方メートル)は、宿泊定員400人。耐震化工事はしていましたが、地震で壁の剥脱や窓ガラスが割れるなどし、併設の体育館も損傷しました。約16.5ヘクタールの敷地にあるキャンプ場やテニスコートには被害がなかったとのことです。

施設によりますと、2015年度の利用は1632団体約14万3千人。学校や企業の新入生・新入社員の研修などの利用が多い4月と並び、8月はスポーツの大会や合宿に重宝されてきました。

「青年の家は、九州の中心の阿蘇にあるため、移動に便利で涼しくて子どもたちの健康管理面でも適地。宿泊受け入れ数も多く、これほど条件の整った施設はない」。毎年8月下旬に九州の小学生約500人を集めて、ラグビー大会を運営してきた九州ラグビー協会の原田義一さん(55)=大分市=は説明します。子どもたちは併設のグラウンドで試合をして2泊し、交流を深めてきました。

原田さんは今年も大会を計画し、施設の再開を待ち続けたが断念。10月に長崎県諫早市で、規模を縮小して開くことにしました。

地元柔道クラブが開く県内小中学生の合同合宿も中止になりました。クラブの黒川直文代表(45)は「例年参加する約100人の子どもたちが楽しみにしていただけに残念」。

休館は、利用の多い子ども会の登山や、教職員の研修会にも影響し、一部は会場を移すなどしたとそうです。施設によりますと、地震後のキャンセルは296団体約5万7300人に上ります。

施設は当初、7月の再開を目指していました。ただ、独立行政法人「国立青少年教育振興機構」(本部・東京)が運営しているため、「復旧工事の予算化や手続きに時間がかかった」と森山都留男所長。8月に本館の工事に着手し、11月にも宿泊受け入れを再開する予定です。

再開に向けて、地域に根差した施設の利用促進策などを探るため、地元住民らとの協議会を7月に発足させました。職員22人は市内外の学校や教育研修施設に出向き、支援活動に取り組んでいます。森山所長は「研修プログラムに磨きをかけるなど、阿蘇ならではの魅力的な施設として再開できるよう準備したい」と話しています。

2.生活情報

【災害ごみ】

『玉名市』

市民を対象に被災家屋や小屋の瓦を同市の仮置き場で受け入れます。9月30日までの平日(午前9時~午後17時)に市環境整備課で申請を受け付け、搬入許可証を発行します。

申請には

(1)市発行の、り災証明書か罹災届出証明書(コピー可)

(2)本人確認書類(免許証など)

(3)印鑑

が必要。市環境整備課TEL0968(75)1118。

『阿蘇市』

お盆期間は16日まで受け入れ中止。

『産山村』

平日午前9時~午後16時、村住民課に連絡。指定時間帯に産山地区公民館グラウンドで受け付けます。

『小国町』

平日に町住民課が対応します。TEL0967(46)2115。

『南小国町』

平日に町町民課が対応します。8月末まで。TEL0967(42)1113。

『南阿蘇村』

16日までお盆休みのため受け入れ休止。

『大津町』

一時休止。平日と土曜の午前9時~午後16時、室の永井運送敷地内で、解体木やコンクリートブロック、瓦などに限って受け入れます。罹災証明書などの提示が必要。日曜は休止。

『西原村』

一時休止。平日と土曜の午前8時半~正午と午後13時~同16時半、布田の村民グラウンドで受け入れます。天候次第で中止や時間変更もあります。日曜は休止。

『熊本市』

日曜は、西部・東部の各環境工場(燃やすごみ)、扇田環境センター(埋立ごみ)の3か所とも受け入れていません。月~土曜は午前8時半~午後16時半に受け入れます。り災証明書のコピーもしくは、り災状況が分かる写真と、印鑑を持参すると、手数料を免除します(業者に運搬してもらう場合は委任状が必要)。

『益城町』

旧益城中央小での受け入れは、15日まで休止します。

『嘉島町』

浮島周辺水辺公園北側で午前9時~正午、午後13時~午後17時。水、日曜と、13~15日は休止します。

『甲佐町』

午前8時半~正午、午後13時~午後16時半、緑川グラウンド。毎週月曜と14~15日は休止します。

『御船町』

町民グラウンドで午前9時~正午、午後13時~午後16時。り災証明書(原本)の提示が必要。月曜と15日は休止。雨天時は休止もあります。

『宇城市』

家屋の公費解体や自主解体を市に申請した人を対象に、家具や家財を仮置き場に搬入できる許可証を発行しています。搬入期限は発行から2週間以内(日曜と15日は休止)。申請は平日のみで、り災証明書と身分証明書、印鑑を持参して衛生環境課へ。

【医療】

・県医師会などの「夜間小児救急電話相談」。♯8000またはTEL096(364)9999。午後19時~翌朝午前8時。

・県助産師会の「妊娠・産後電話相談」。TEL096(325)9432。平日午前10時~午後16時。

・労働者健康安全機構の「心と健康に関する電話相談」。心の相談フリーダイヤル(0120)783728。平日午前10時~午後17時。健康相談同(0120)021506。月・水・金曜午後13時~午後17時。問い合わせは熊本産業保健総合支援センターTEL096(353)5480。

・がん患者や家族の相談を、熊本大病院など県内19カ所所の「がん相談支援センター」で受け付けています。県健康づくり推進課TEL096(333)2208。

【給水】

『南阿蘇村』

沢津野詰所前、長野公民館前、袴野集会所前、袴野集会所前、旧立野小グラウンドは午前9時~午後18時。東急第一別荘前、黒川交差点まどか前、長陽中央公民館前は終日。

『西原村』

西原中、山西小は終日。

『熊本市』

市上下水道局(中央区)で飲料水を提供します。

『嘉島町』

町役場南側駐車場の水道を開放。

『美里町』

中央庁舎。

【避難所】

『大津町』

大津地区公民館分館、老人福祉センター。

『西原村』

構造改善センター。

『熊本市』

拠点避難所など11か所で受け入れています。14日、中央区の子ども文化会館、大江公民館、男女共同参画センターはあもにいの3カ所を閉鎖。残る避難所は東区と南区のみになりました。

『益城町』

町総合体育館、町保健福祉センターなど10カ所。

『嘉島町』

町民体育館。

『御船町』

町スポーツセンター。

『宇城市』

松橋老人福祉センター、希望の里サン・アビリティーズ、市武道館、ラポート、豊野公民館、河江コミュニティーセンター。市武道館以外の5か所カ所は15日夕に閉鎖予定。

『美里町』

町福祉保健センター湯の香苑、中央庁舎、砥用庁舎。

『宇土市』

轟地区体育館、走潟地区体育館。

【銭湯】

『全県』

県公衆浴場業生活衛生同業組合の加盟施設が、自宅で入浴できない被災者を対象に無料開放しています。利用者は、り災証明書もしくは身分証明書の提示が必要。熊本市内は菊の湯(中央区新町)、大福湯(同区坪井)、あしはらの湯(北区植木町)、松の湯(同)。同市以外は、サンパレス松坂(山鹿市)、玉名ファミリー温泉(玉名市)、潮湯センター海老屋(長洲町)。

『山鹿市』

さくら湯は被災者の入浴料を無料に。り災証明書か身分証が必要。午前6時~翌日午前0時。

『熊本市』

ピースフル優祐悠は、避難所の利用者や自宅のふろが使えない人を無料に。午前5時~午前0時。住所、氏名、年齢の記入が必要。

『益城町』

阿蘇熊本空港ホテルエミナース「七福の湯」は、避難所の利用者や自宅のふろが使えない人を無料に。午前10時~午後22時。り災証明書もしくは運転免許証などの提示と、住所、氏名、年齢の記入が必要。

3.ここ一週間の地震

2016/08/15 05:26 15日 05:23頃 有明海 1

2016/08/15 04:54 15日 04:51頃 十勝地方南部 1

2016/08/15 03:53 15日 03:49頃 福島県沖 3

2016/08/15 02:19 15日 02:16頃 宮城県沖 1

2016/08/14 23:46 14日 23:43頃 沖縄本島近海 1

2016/08/14 16:42 14日 16:38頃 沖縄本島近海 1

2016/08/14 11:50 14日 11:46頃 沖縄本島近海 2

2016/08/14 05:21 14日 05:15頃 千葉県南東沖 2

2016/08/14 05:08 14日 05:04頃 瀬戸内海中部 2

2016/08/13 22:46 13日 22:42頃 熊本県熊本地方 1

2016/08/13 19:56 13日 19:52頃 釧路沖 1

2016/08/13 17:53 13日 17:49頃 宮城県沖 2

2016/08/13 15:03 13日 14:59頃 熊本県熊本地方 2

2016/08/13 13:01 13日 12:57頃 福島県沖 2

2016/08/13 07:20 13日 07:17頃 網走沖 1

2016/08/12 23:16 12日 23:13頃 千葉県東方沖 1

2016/08/12 22:14 12日 22:11頃 有明海 1

2016/08/12 20:49 12日 20:45頃 有明海 1

2016/08/12 16:05 12日 16:02頃 福島県沖 1

2016/08/12 12:53 12日 12:49頃 熊本県熊本地方 1

2016/08/12 11:13 12日 11:09頃 長野県南部 1

2016/08/12 09:54 12日 09:51頃 熊本県熊本地方 1

2016/08/11 21:45 11日 21:42頃 新潟県中越地方 1

2016/08/11 18:52 11日 18:49頃 熊本県阿蘇地方 2

2016/08/11 15:37 11日 15:34頃 岐阜県飛騨地方 1

2016/08/11 09:41 11日 09:38頃 熊本県阿蘇地方 2

2016/08/11 09:39 11日 09:36頃 和歌山県北部 1

2016/08/11 03:47 11日 03:44頃 浦河沖 1

2016/08/10 21:11 10日 21:08頃 熊本県熊本地方 1

2016/08/10 20:08 10日 20:05頃 熊本県熊本地方 2

2016/08/10 18:10 10日 18:04頃 硫黄島近海 1

2016/08/10 16:29 10日 16:26頃 日向灘 1

2016/08/10 14:55 10日 14:51頃 茨城県沖 2

2016/08/10 11:17 10日 11:13頃 鹿児島県薩摩地方 2

2016/08/10 10:12 10日 10:09頃 熊本県天草・芦北地方 1

2016/08/10 02:30 10日 02:26頃 熊本県熊本地方 1

2016/08/09 23:41 09日 23:38頃 熊本県天草・芦北地方 1

2016/08/09 22:52 09日 22:49頃 熊本県熊本地方 4

2016/08/09 20:07 09日 20:04頃 栃木県南部 2

2016/08/09 14:47 09日 14:43頃 熊本県阿蘇地方 1

2016/08/09 09:30 09日 09:25頃 トカラ列島近海 1

2016/08/09 02:41 09日 02:37頃 福島県浜通り 1

2016/08/09 02:35 09日 02:31頃 熊本県阿蘇地方 2

2016/08/09 00:51 09日 00:46頃 熊本県阿蘇地方 1

2016/08/08 21:22 08日 21:18頃 熊本県熊本地方 1

2016/08/08 19:15 08日 19:11頃 沖縄本島近海 2

2016/08/08 14:18 08日 14:15頃 熊本県熊本地方 1

2016/08/08 11:57 08日 11:53頃 熊本県熊本地方 1

(続く)

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