【CHESS】音楽よ、ありがとう

2008年、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで2夜限りの『CHESS』コンサートを前にして、作詞家ティム・ライスは、ベニー・アンダーソン、ビヨルン・ウルヴァースと共につくったこの“愛されつつ壊れた”ミュージカルについてこう振り返った。
「『CHESS』は道を外れた子どもみたいなんだ――ドラッグに手を出したあの子が、いつか更生してくれることを願っているようなね」。

この作品の“波乱万丈すぎる過去”をすべて語るのはやめておこう。それは掲示板やRedditに任せればいい。

*リア・ミッシェルと『CHESS』のキャスト。写真:マシュー・マーフィー

『CHESS』は1984年、ヒットしたコンセプトアルバムとして始まった。マレー・ヘッドのエレクトロポップ「ワン・ナイト・イン・バンコク(One Night in Bangkok)」は世界中のチャートを席巻し、エレイン・ペイジとバーバラ・ディクソンが歌う「アイ・ノウ・ヒム・ソウ・ウェル(I Know Him So Well)」は、今なお英国史上最も売れたデュエットの一つである。
1986年にウェストエンドで開幕した舞台版は、初動の不調(演出家マイケル・ベネットの体調悪化でトレヴァー・ナンが代役に)を乗り越え、3年間上演。しかし、1988年のブロードウェイ再構築版は、リチャード・ネルソンの会話主体の脚本となり、わずか2ヶ月で幕を閉じた。
こうして『CHESS』は、「愛されているのに、おそらく上演不可能」な殿堂入りミュージカルになったのである。

その後もライスやABBA組、そしてライセンスを持つ“夢見るプロデューサー”が、この“道を外れた子ども”をどうにか立て直そうと奮闘し続けてきた。

今日、トニー賞受賞演出家マイケル・メイヤー(『Spring Awakening』)と、エミー賞脚本家ダニー・ストロング(『Empire』『Dopesick』のクリエイター)が、『CHESS』初のブロードウェイ・リバイバルを手がける。“ビクビクする必要ゼロ”の大胆なプロダクションで、最大の武器である スコア に光を当てている。

『CHESS』を知らない? 大丈夫、どの曲も名曲です。

ニコラス・クリストファー(ソ連のチャンピオン、アナトリー)、アーロン・トヴェイト(アメリカのチャンピオン、フレディ)、リア・ミッシェル(世界トップのCHESS戦略家で、2人に愛されるフローレンス)というスターたちは、それをよく理解している。

「アンセム(Anthem)」はこれまで聴いた中で最高だ。アクト1の幕を下ろす祖国への壮大な賛歌で、クリストファーの歌唱は劇場を揺るがす(ごめんよ、ジョシュ・グローバン)。
トヴェイトは「かわいそうな子(Pity the Child)」で全力疾走し、めちゃくちゃな高音をすべて見事に決める。
そして最高のティム・ライスの歌詞は? 私のお気に入りは「ノーバディーズ・サイド(Nobody’s Side)」の一節――
“I see my present partner / In the imperfect tense”(今のパートナーが、完了しない未完成の存在に見える)。

新脚本は「メタドラマ」が好きな人向けかも

『CHESS』ファン――“CHESSヘッズ”? “CHESSナッツ”?正式名称って何?――がストロング版の脚本を気に入るかどうかは、メタ的な演出が好みかどうかにかかっている。

アービター(ブライス・ピンカム、全力で振り切っている)の役割は、
「陽気で、全知全能で、なんでも喋るナレーター」
にまで拡大されている。

劇中の台詞:

「今夜この舞台で見るものには、乱雑に思えるものがあるかもしれないけど、その“クレイジーな奴ら”の何割かは実際に起きた話なんだよ」。

1972年のスパスキーvsフィッシャーの世界選手権に触発され、冷戦下を舞台にしているミュージカルなら、メタコメントも悪くない。
ただし――RFK Jr.脳虫ジョークは微妙だし、ジョー・バイデン再選ネタは早すぎる(やめてくれ)。

CHESSの試合は“観客に向かって心理戦をささやく”演出

フレディ(精神的に不安定で爆発寸前)とアナトリー(機械のように無表情)が対峙し、観客に向かってマイクで本音をつぶやく。

フレディ:

「父親が出て行ったことを恨んでない。でも、憎んでるんだ。……ポーンD5」。

アナトリー:

「フローレンスは彼には相応しくない……ナイトC3」。

「盤面や駒が見られなくて不満」という人へ:
実際のCHESSの試合って、見ててもそんなに面白くない。『クイーンズ・ギャンビット』ほどドラマはない。

駒は、フローレンス、フレディ、アナトリー、そしてアナトリーの別居中の妻スヴェトラーナ(ハンナ・クルーズ)だ。
ロシアのコーチでおそらくKGBのモロコフ(ブラッドリー・ディーン、圧巻)とCIAのウォルター(ショーン・アラン・クリル)が駒を動かす側で、政治的緊張を“勝敗”で抑え込もうとしている。
そして最終的に、試合全体を支配しているのはアービターだ。

*ニコラス・クリストファーと『CHESS』のキャスト。写真:マシュー・マーフィー

見た目は最高にスタイリッシュで、ショーは全く“陰気”ではない

ケビン・アダムスの照明は、ステージをアメリカの青とロシアの赤に染め上げ、思わずMoMAに飾りたくなるほど美しい。
16人のアンサンブル(CHESSの駒の数と同じ)はロリン・ラタロの振付で驚くほど正確に動く。
アクト2の幕開け「ワン・ナイト・イン・バンコク(One Night in Bangkok)」は、ネオンがうねるR指定アクロバット・バレエで大盛り上がり(女性の露出のほうが多く見えるのは私の気のせい?)。

そして、トヴェイトがステージ中央で“リスキービジネス姿”(白シャツ・パンツ・サングラス)で登場し、女性の足でコカインを吸うシーンまである。

終幕については議論必至。しかし問題は「他の誰かのストーリー(Someone Else’s Story)」

曲は素晴らしいのに、配置が毎回迷子になる運命の曲だ。

  • スヴェトラーナが歌うこともある
  • カットされることもある(本当に惜しい)
  • 今回はミッシェルの歌唱が圧巻だが、突然すぎて物語上は唐突

40年――分断された『CHESS』を修復し続けるのはいつまで?

私は 金継ぎ(kintsugi) を思い出す。
漆と金属粉で壊れた器を“傷を隠さずに”修復する、日本の古い技法だ。

欠けやひびを隠すのではなく、むしろその美しさを讃える。
不完全さを抱きしめる。

『CHESS』もそうあるべきなのかもしれない。

『CHESS』は2025年11月16日、インペリアル・シアターにて開幕。
チケット・詳細:chessbroadway.com

https://nystagereview.com/2025/11/16/chess-thank-you-for-the-music/

 

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