クルーズの最新の役は、まさに“最善手”を指している。
あなたは驚くかもしれませんが、ハンナ・クルーズは実は歌うことが大好きというわけではないのです。
私も意外でした。というのも、彼女はこれまで数々のミュージカルに出演してきたからです。
ブロードウェイとパブリック・シアターで『Suffs』に出演(ブロードウェイではイネズ・ミルホランド役、パブリックではルーザ・ウェンクラウスカ役)、
『The Connector』ではジェイソン・ロバート・ブラウンの名曲を歌い上げ、
そしてツアー版『ハミルトン』ではエリザ役として観客を魅了しました。
そんな彼女が「歌うのはストレスの原因なんです」と語るのですから、誰だって驚くでしょう。
ところが今月ブロードウェイで再演される、ティム・ライス、ベニー・アンダーソン、ビヨルン・ウルヴァースによるロック・オペラ『CHESS』では、
クルーズはスヴェトラーナ役を心から楽しんでいるといいます。
そして彼女が歌う代表曲「アイ・ノウ・ヒム・ソウ・ウェル(I Know Him So Well)」のような大曲も、
単なる“高音を張り上げるための歌”ではなく、
「この作品には“噛み応え”があり、“賭け金”がある」
と彼女は語ります。
私たちはクルーズに、ステージ上でもプライベートでも彼女がどんな“駒”を動かしているのかを聞きました。
*ハンナ・クルーズ(スヴェトラーナ役)
(© ジェニー・アンダーソン)
――『CHESS』は昔から知っていた作品? それとも今回が初めての出会いですか?
クルーズ:
子どものころからコンセプト・アルバムは聴いていました。
でも、実際どんな話なのかはまったく知りませんでした。
オーディションでは「取り引き(The Deal)」と「エンドゲーム(Endgame)」を歌う課題が出たんですが、
正直、それらの曲もよく知らなかったので、ロイヤル・アルバート・ホールのコンサート版を何度も聴いて勉強しました。
――今、それを実際にステージで歌ってみて、どんな気分ですか?
クルーズ:
すごく気持ちいいです。本当に。
ただ、私は歌うことに対して“愛と憎しみの関係”があるんです。
正直、世界でいちばん好きなことではありません。
――それは意外です。そんな風には見えませんよ。
クルーズ:
そうでしょう?でもこれを仕事にしてるんです(笑)。
自分でも不思議ですが、歌うことは私にとってストレスでもあります。
本当に好きなのは演技なんです。
でもこの作品の音楽は、感情の深さがあって、音楽と物語が一体化している。
だからこそ歌う意味があるんです。
「ただ高音を出すだけのために歌うのは、私にとって何も面白くない」。
「この作品には噛み応えがあるし、賭けるもの(stakes)がある」。
――『ワン・ナイト・イン・バンコク(One Night in Bangkok)』の本編での演出も楽しみですね。
クルーズ:
あれは本当に“ヤバい”です。
言葉通り、すごすぎます。
ロリン・ラターロ(Lorin Latarro)とダンサーたちが作り上げているステージは、
ライトもオーケストラも衣装もまだ付いていない状態でも、
「これまで見た中でいちばんクールなもの」
なんです。
早くお客さんに観てほしいです。
――この制作チームと仕事をしてみてどうですか?
クルーズ:
素晴らしいですよ。
演出のマイケル・メイヤー(Michael Mayer)は、私の親友の一人であるマイケル・ユーリー(Michael Urie)が出演した映画『Single All the Way』の監督でもあるんです。
――あなたとユーリーさんはオガンクィットで『ダ・ヴィンチ・コード』でも共演しましたよね。
クルーズ:
そうです。彼は私の結婚式でベストマン(いや、“名誉の男性友人”)を務めてくれました。
彼に相談したんです。「マイケル・メイヤーってどう?」って。
すると彼はこう言いました。
「マイケルは最高だよ」
って。
本当にチーム全体が協力的で、優しくて、勤勉で、すばらしい人たちばかり。
『Suffs』の後に、また男性中心のチームと仕事をするのは少し不思議な感覚でしたけどね。
――確かに、『Suffs』は女性クリエイターの多い現場でしたね。
クルーズ:
そうなんです。『Suffs』では、共演者も監督も脚本家も音楽監督もほぼ女性でした。
だから今回は、共演者も監督も男性という環境に戻って、少し違いを感じました。
特にオフ・ブロードウェイでルーザを演じていた時にそれを強く感じましたが、
見た目を気にせず仕事ができる環境はすごく心地よかった。
多くの女性キャラクターは、外見がその人物像の一部として組み込まれていることが多く、
それが時にプレッシャーになるんです。
「見た目が良くないと仕事の評価にも関わるかも」と不安になることもある。
8回公演をこなす日々では、毎日“完璧に綺麗”でいられるわけがない。
女性の脳って、そうできてないんですよ。
でも同時に、それは自己肯定感を高める力にもなる。
「今日は完璧じゃなくてもいい」と思えるようになったのは大きいです。
男性と一緒に仕事をする時は、時にそういう意識が必要になるけれど、
今回の『チェス』の現場では、そういう不安を感じることは一度もありませんでした。
*リア・ミシェルとハンナ・クルーズ
(© ジェニー・アンダーソン)
――このキャストにはリア(Lea)など、長年ブロードウェイで活躍している人も多いですよね。共演してみてどうですか?
クルーズ:
リア(・ミシェル)は本当に素敵な人です。
キャスト入りが決まった時、最初にウェルカムのメッセージをくれたのが彼女でした。
私たちは家も近いので、リアが車で送ってくれることもあります。
そうやって自然に仲を深められました。
彼女のような人たちは、私が子どものころからずっと聴いてきた、見てきた存在なので、
今でも一緒に仕事できることが信じられない気持ちです。
ただ、これまでにもそういう尊敬する人たちと共演する経験を重ねてきたので、
今は少し落ち着いています。
頭の中の“ファンガールな自分”が、少し静かになった感じですね。
――それは年齢を重ねた影響もありますか?
クルーズ:
そう思います。もしこれが27歳の頃だったら、毎日興奮して大騒ぎしてたでしょうね(笑)。
でも今は違う。
尊敬する人たちと一緒に仕事できることに、幸せと誇りを感じています。
――さて、『CHESS』のようなロック調のスコアは、歌うのが大変では?
クルーズ:
まだ分かりません(笑)。確かに高音が多いです。
でも、全部にストーリーの背景があるから、それほど恐ろしくは感じません。
たとえば…『ウィキッド』を見て思うんです。
「あのスコアを歌ったら、きっと私は倒れる」
って(笑)。
あれは本当に私にはストレスになると思います。
――わかります(笑)。
クルーズ:
ですよね。あれは“やりすぎ”です。
――ところで、CHESSは実際にプレイできるんですか?
クルーズ:
CHESS、大好きなんです。
楽屋にCHESS盤を置く予定ですよ。
みんなで対局したいですね。
――私はそういう頭の使い方が苦手で…。
クルーズ:
わかります。私もこの作品が決まるまで同じでした。
でも夫に教えてもらったら、ハマりました。
――数学が苦手だから無理かも。
クルーズ:
数学なんていりませんよ(笑)。
ナイト(騎士)の動かし方さえ覚えれば大丈夫。
それさえ理解したら、CHESSは簡単です。
*ブロードウェイ公演『サフス(Suffs)』でイネズ・ミルホランドを演じるハンナ・クルーズ
(© ジョーン・マーカス)