頭の中で鳴りやまない“イヤーワーム”──つまり一度聞いたら離れないメロディーは、時にうんざりするものですが、実はこれらのキャッチーな曲が、アルツハイマー病などの記憶障害との意外な関連性を持つことが、最近の研究で明らかになりました。
たとえば、スパイス・ガールズの「Sooo, I’ll tell ya what I want, what I really really want(ねえ、教えてあげる、私がホントにホントに欲しいものを!)」を一日500回も歌う羽目になるとしたら、少々うんざりかもしれません。
しかし、こうした逃れられないリフやフック(音楽的な“ひっかかり”)こそが、科学者たちの認知症研究と治療法の理解を深める鍵になっているのです。
音楽と記憶のつながりを解明するために
2014年6月、アムステルダム大学の研究チームは、『Hooked』というゲームを公開しました(現在は削除済み)。このゲームは、音楽の記憶(あるいは記憶喪失)と、耳に残る楽曲の関係性を調査するために設計されたものでした。
ゲームでは「ドロップ・ザ・ニードル(Drop the Needle)」と呼ばれる手法が使われ、曲の冒頭ではなく途中の断片を聞いて曲名を当てるという内容でした。研究者たちは、聴覚が構造的に区切られた部分の最初から始まるように音楽を編集し、「プレイヤーがその断片を認識するまでにかかる時間は、その部分の“思い出しやすさ”、つまり“キャッチーさ”の指標になる」と述べました。
この研究で対象となった“記憶に残りやすい”曲には、エルヴィス・プレスリー、ABBA、スパイス・ガールズのヒット曲が含まれていました。その他にも、アデルの「Rumour Has It」、マイケル・ジャクソンの「Billie Jean」などが挙げられました。これらの曲は、誰が聴いても瞬時に識別できる“サビ”や“決めフレーズ”を持っていたのです。
研究チームは、どれだけの秒数で曲が特定されたかを記録し、楽曲のキャッチーさを定量的に測定しました。
アムステルダム大学の研究者であるアシュリー・バーゴイン博士(Dr. Ashley Burgoyne)は、2014年にBBCのインタビューで次のように語っています:
「音楽が記憶に与える影響は非常に強力です。他の記憶トリガーよりも強力です。
ただし、その理由は完全には解明されていません。なぜ、ある音楽を数回聴いただけで、10年後にふと耳にしても、タイトルもアーティストも忘れていても、メロディーだけが即座に蘇るのでしょうか?」。
この発見がメンタルヘルスに与える意味
確かに、イヤーワームが頭の中にこびりつき、何年経ってもわずかな断片だけでその曲を思い出せるというのは、非常に興味深い現象です。ただ、それだけなら科学的な研究対象とする必要性は薄いかもしれません。
では、なぜこれは重要なのでしょうか?
バーゴイン博士は次のように説明します:
「好きな音楽を聴かせることで、認知症の患者が生き生きとするという研究結果がいくつもあります。
この音楽に関する記憶は、他の記憶が失われても、なぜか消えにくいのです。
ですから、その仕組みをより深く理解し、長期記憶に“ロックされやすい”音楽の特徴を特定できれば、それをもとにより効果的な音楽療法を展開できるのです」。
つまり、エルヴィス・プレスリー、ABBA、スパイス・ガールズの曲が脳内に残り続けるのは、単なる偶然や中毒性の問題ではなく、医学的・心理学的に有用な現象なのです。
次にあなたの頭の中で、ABBAの「ダンシング・クイーン」やスパイス・ガールズの「ワナビー」、あるいはエルヴィスの「ラブ・ミー・テンダー」が鳴り出して止まらなくなったとしても、
それは脳の健康や記憶の維持にとって有益な兆候かもしれない──
そう思えば、少しは楽しくなるのではないでしょうか?