スペクタクルを添えたチェックメイト──火花・欠点・そしてニコラス・クリストファーが放つ“スター誕生の瞬間”と共に、『CHESS』がブロードウェイに帰還
常に形を変える“CHESS”というゲームのように、インペリアル劇場でのブロードウェイ版リバイバル『CHESS』は、まるで冷戦時代の熱に浮かされた夢のようだ。
ロックオペラ、ロマンチックなメロドラマ、政治風刺が混じり合い、それでもなお、その核には非常に人間的な物語が息づいている。
まずは、今夜の“真の勝者”から始めよう。
それは ニコラス・クリストファー だ。
ソビエトのチェス名人アナトリー・セルギエフスキーを演じるクリストファーは、
祖国・愛・自分自身の間で揺れる男の静かな絶望と圧倒的な歌唱を、完璧に表現している。
彼の「アンセム(Anthem)」は節度と深い響きを兼ね備えた模範的パフォーマンスだが、
真に心を掴まれるのは「取り引き(The Deal)」で見せる演技である。
国家への幻滅、心の傷、そして燃えるような願望を、ひとつの圧巻の演技に重ね合わせ、物語の感情の中心を完全に奪ってしまう。
もしブロードウェイがCHESS盤なら、
クリストファーは王を取った と言っていい。
作品自体は、そのタイトルのように 今もなおパズルのような存在 だ。
ABBA の ベニー・アンダーソン&ビヨルン・ウルヴァース、そして ティム・ライス による楽曲は、もともと“美しくも混乱した”作品として知られている。
今回のリバイバルは、ドラマ『Empire』の ダニー・ストロング による新しい脚本を採用しており、
楽曲の配置は組み替えられ、キャラクターは書き直され、時間軸も頻繁に変更された。
熱心なファンでさえ、上演中にプレイビル・フローチャート・強い酒が必要になるレベル の複雑さだ。
それでも、
「ノーバディーズ・サイド(Nobody’s Side)」
「他の誰かのストーリー(Someone Else’s Story)」
「ワン・ナイト・イン・バンコク(One Night in Bangkok)」
「かわいそうな子(Pity the Child)」
などの名曲は、この作品がなぜカルト的名作として愛されてきたのかを強く思い出させてくれる。
*アーロン・トヴェイト
写真:マシュー・マーフィー
アーロン・トヴェイト演じるフレディ・トランパー(その名前のジョークはちゃんと劇中にある)は、
アメリカ的な厚かましさを魅力と鋭さをもって表現している。
彼の「かわいそうな子(Pity the Child)」は歌唱面で特筆すべきもので、
しばしば“単なるカリカチュア”として描かれがちなキャラクターに、思いがけない深みを与えている。
一方、リア・ミシェル はフローレンス・ヴァッシーとして、
完璧な音程とブロードウェイ級のクレッシェンド を乗せ、劇場の屋根を吹き飛ばす勢いの歌唱を披露する。
ただし感情面ではやや距離を感じさせ、
2人の男性の間で揺れる女性というより、
“メーガン・マークルを思わせる公爵夫人”のような雰囲気すら漂う。
フローレンスの物語アークはあまりに何度も書き換えられてきたため、
何が原形なのか把握が難しい。
それでもミシェルは、混乱した脚本のなかに歌唱の明晰さをもたらしている。
*ブライス・ピンカムとキャスト
写真:マシュー・マーフィー
ブライス・ピンカム はアービター役として意外な存在感を放ち、
語り手とコメディリリーフを兼ねて、作品の“自己言及的ユーモア”を軽やかに届ける。
彼の滑らかなボーカルは、スコアに見事にマッチする。
*リア・ミシェルとニコラス・クリストファー
写真:マシュー・マーフィー
プロダクションデザインは Encores! のコンサート・スタイルを思わせ、
舞台上のオーケストラは イアン・ワインバーガー の指揮、
音楽監督は ブライアン・ユシファー。
オーケストレーションは再解釈されているものの、
音響は不思議と“こもった”印象で、
本来シンセ主導のスコアが持つ鋭さを損ねてしまっている。
映像デザインは ピーター・ニグリーニ が大仕事を担い、
照明は ケヴィン・アダムス による赤と青を基調とした“ロックコンサート風”。
時に過剰に感じる場面もある。
*ニコラス・クリストファー
写真:マシュー・マーフィー
衣装(トム・ブロエッカー)は特筆すべき点は少ないものの、主要キャストは十分に洗練されて見える。
ロリン・ラターロの振付は一言で言えば“謎”。
マドンナの「Vogue」、ジャネット・ジャクソンの「Rhythm Nation」、
さらにはチアリーディングのハーフタイムショーのような動きまで入っている。
ほとんどの場面では演出を助けるというより妨げていて、
例外は「ワン・ナイト・イン・バンコク(One Night in Bangkok)」と「ソビエト・マシーン(The Soviet Machine)」の2曲。
この時ばかりはアンサンブルが地に足のついたテーマ性をもって輝く。
*リア・ミシェルとアーロン・トヴェイト
写真:マシュー・マーフィー
政治ジョークには、
「RFK Jr. の脳の寄生虫」「バイデン再選」
などタイムリーなものもあり、
当たるものもあれば、“時制のバグ”に感じるものもある。
劇中では時間と場所が説明されるが、
メタ的な 4thウォール破りは、鋭い風刺というより SNL(サタデー・ナイト・ライブ)風 に近い。
KGB の手練れモロコフ役の ブラッドリー・ディーン、
CIAの黒幕のような男を演じる ショーン・アラン・クリル は、
どちらも“嬉々として舞台を食い尽くす”パフォーマンス。
そして ハンナ・クルーズ は、アナトリーの長年耐えてきた妻スヴェトラーナとして、
本来“脇役で終わるはずの役”を、
歌唱面でも感情面でも圧倒的な存在感を持つ人物 に変えてしまっている。
今回のリバイバルで最も興味深い点のひとつは、
1989年初演の『ミス・サイゴン』が、
1986年初演の『CHESS』からどれほど影響を受けているかが“はっきりと露わになった”ことだ。
旋律構造、オーケストラの盛り上がり、劇的なバラードなど、
政治に翻弄される恋というテーマも含め、
多くの要素が驚くほど似ている。
今回『CHESS』のスコアを生演奏で聴くと、
後年のブーブリル&シェーンベルク作品(サイゴンの作曲家チーム)が、
ベニー、ビヨルン、ライスのスコアの“DNA”を深く受け継いでいることが否定できないほどだ。
最終的に、『CHESS』は今でも“アイデンティティの迷路”から完全には抜け出せない。
しかし、クリストファーを筆頭にした 強烈なパフォーマンス、
ストーリーの穴を忘れさせるほどの キラーナンバーの数々、
そして冷戦時代の三角関係でも“最も危険な駒は心そのもの”であることを思い出させてくれる。
Chess: Imperial Theatre, 249 West 45th Street.





