クラシックの原点とポップのノスタルジーが出会う夜。言葉を一切発さずにレジェンドたちを“解釈する”とはどういうことか、開演前にハーシャに聞いた。
やわらかく揺れるキャンドルの光のもと、ピアニストのハーシャ・ジェイド(※)はステージに立つ準備をしている。
彼の目的は、ただ演奏することではない。観客を“別の世界”へと連れて行くこと。
この日、彼の指先はクイーンやABBAへの賛辞として、そして観客の心に息づくそれらの楽曲との対話のように鍵盤の上を舞うのだ。
開演に先立ち、私たちはハーシャに話を聞いた。
クラシック音楽の素養とポップ音楽の郷愁がどのように融合するのか。
そして、言葉を使わずに“伝説”をどう表現するのかについて語ってもらった。
*Harsha Jade。
「ベートーヴェンからボヘミアン・ラプソディへ」
ハーシャの音楽の旅は、ある驚きから始まった。
「父が、デリーのホテルで聴いたピアニストのカセットテープを買ってきてくれたんです」
と笑顔で振り返る。その一本のカセットが、10歳の少年の進路を大きく変えた。
彼は小さなキーボードで遊び始め、やがてピアノの正式なレッスンを受け、クラシック音楽の道へと進んでいった。
「でも、クラシックを学びながらも、ABBAやエルトン・ジョン、ブライアン・アダムス、ビートルズ、ダイアー・ストレイツなんかを聴いてました」
と彼は語る。
「ABBAは子どもの頃の音楽。クイーンはもう少し後だったけど」。
片や厳格な訓練、片や遊び心あふれるポップ。
この相反する要素が、やがて彼の芸術的な声の“核”となっていく。
*Representational Image。
「クラシックでは1音たりとも変えられない。でもABBAやクイーンでは色を加えられる」
『ベートーヴェンからボヘミアン・ラプソディへ』という旅は、偶然ではなかった。
それは「Live Your City」によるキャンドルライト・コンサートシリーズからの、丁寧な招待だった。
このシリーズは、世界的に有名な音楽を、キャンドルの灯りに包まれた親密な空間で再構築するという世界的なムーブメントだ。
「主催者は、偉大なバンドの音楽を新しい世代に届けたかったんです。懐かしさで来る人もいれば、初めてこの音楽に触れる人もいる。でも、どちらにとっても“魔法”なんですよ」。
歌詞のある楽曲を“器楽の優雅さ”に変えるのは、決して簡単なことではない。
「クラシックの演奏では、一音も変えてはいけません。作曲は神聖なものですから」
と彼は説明する。
「でも、クイーンやABBAでは、自分の“色”を加えられる。ジャズの要素を少し入れたり、クラシックの装飾音を取り入れたり。私の演奏は毎回まったく違うんです」。
これは単なる実験ではない。進化なのだ。
「このコンサートの準備中に、自分自身についても新たな発見がありました。
言葉なしで歌詞の感情を表現するために、ピアノが“悲しみ”や“喜び”、“恋”を語らなければならない。
その一曲一曲が、私をさらに深く音楽に導いてくれたんです」。
*Harsha Jade。
“歌詞を弾く”ピアニスト
ハーシャの演奏の魅力の一つは、言葉がなくとも、観客が“歌詞を聴く”ように感じられることだ。
「そうなんです。多くの名曲は“ボーカル主導”ですから、私はその言葉の意味をしっかり考えます。
もし失恋を歌っているなら、ピアノがその涙を代わりに流します。
喜びに満ちた曲なら、リズムに“笑顔”をのせるんです」。
歌詞がなくなると、観客は新しい感覚で音楽を聴くようになる。
「歌がないことで、ハーモニーや感情の微細なニュアンスに気づくようになります。
それが、深く個人的な体験になるんです」。
セットリストは「名曲」と「隠れた宝石」の絶妙なバランス
「キャンドルライト・コンサートでは、誰もが知っているヒット曲を入れたいと思います。
でも、私はそこに知られざる名曲や秘密のメドレーを加えるのが好きなんです」。
ハーシャにとって、それは単なる懐かしさではない。物語を紡ぐことなのだ。
「ヒットしなかったけど、心にしみるような美しい曲ってあるんですよ。
そういう曲を“サプライズ”としてこっそり混ぜるのが楽しいんです」。
キャンドルの灯の中で生まれる“純粋な対話”
華やかなアリーナや大規模な演出とは違い、キャンドルライト・コンサートは親密さが魅力だ。
「とてもロマンティックで、直接的な空気感があります。
観客の存在を肌で感じるんです。遮るものがない。
ピアノと私だけ。バックトラックもなく、すごく純粋な“対話”なんです」。
このコンサートは、ソロアーティストとしての大切な“通過点”
「この分野では、数か月先の予定すら読めないものです」
とハーシャは言うが、このコンサートが自分のアーティストとしての旅において重要な節目だということは明確に語る。
「クラシックで培った基礎があるからこそ、こうしたジャンルにも深く入り込める。
最近はマイケル・ジャクソンのコンサートもやりましたし、次はエルトン・ジョンになるかもしれません」。
“音楽以上の体験”を約束する
初めてキャンドルライト・コンサートに訪れる人へ、ハーシャはこう語る:
「これは音楽だけではありません。物語であり、感情であり、混沌から離れて美しさと再びつながる機会なんです。
このコンサートは、“質の高い時間”を提供してくれます。
自分自身と向き合う時間。芸術と過ごす時間。
そして、古い記憶とも、新しい記憶とも出会う時間なんです」。
料金:1,599インドルピー~
本日17:00と19:00公演あり
会場:Alliance Française de Bangalore(バンガロール・アリアンス・フランセーズ)、Thimmaiah Road
文:アイシュワリヤ・ナンダクマール
Email: indulge@newindianexpress.com
X(旧Twitter):@indulgexpress
※ハーシャ・ジェイド(Harsha Jade)は、インド・バンガロールを拠点とするプロのピアニスト、作曲家、音楽教師で、クラシックからポップ、ジャズ、ブルース、フュージョン、さらにはインド古典とのコラボまで、幅広いジャンルで活躍しています 。