何十年もの間、『チェス(Chess)』はブロードウェイにおける最も魅惑的で解き難いパズルのひとつであり続けてきた。
冷戦時代、敵対するCHESSのグランドマスター同士の対決を、ABBAのレジェンド ビヨルン・ウルヴァース と ベニー・アンダーソン が作曲し、ティム・ライス が作詞したスコアにのせて描いたこの作品は、常に音楽の輝きはあったが、物語の整合性には欠けていた。
初演版の脚本は観客を困惑させ、1988年のブロードウェイ公演はわずか2か月で打ち切られるという悪名高い結果に終わった。
その後も数々の演劇界の名匠たちが手を加えようと試みたが、『CHESS』は頑なに再構築を拒んできた――今までは。
◆ クリエイティブな再起動
脚本家の ダニー・ストロング と演出家の マイケル・メイヤー は、ついに“その解答を見つけた”と信じている。
ビヨルン、ベニー、ライスの三人から正式な承認を得た彼らは、『CHESS』を完全に一から再構築した。
過去のバージョンをつぎはぎするのではなく、彼らは冷戦期の政治的不安を核に据えながらも、現代の観客に響くよう物語を再構築した。
物語を整理するために、ナレーター兼解説者として機能する“案内役”の人物を新たに登場させ、物語の流れを明確にしつつ、架空のCHESS大会と現実の国際的緊張の結びつきを強化している。
歴史的事件がドラマの中に自然に織り込まれ、恋愛やライバル関係がより現実的な文脈の中で展開されるようになったのだ。
◆ 分断された世界に響く共鳴
このリバイバルは、奇妙なほど“今”にふさわしい。
ロシアとアメリカの緊張が再び高まる中、冷戦時代のCHESS対決のドラマは、現代の地政学的な舞台をそのまま映し出す鏡のように感じられる。
近年の首脳会談や継続する国際紛争は、この物語に一層鋭い切れ味を与え、20世紀のイデオロギー対立が21世紀にもなお強く響いていることを観客に思い出させる。
忠誠、アイデンティティ、権力というテーマは抽象的なものではなく、再び不信と瀬戸際外交、そして緊張の連鎖に支配された世界を映す“切実な現実”として迫ってくる。
◆ 配役という戦略
この新プロダクションの中心にいるのは、圧倒的な才能を持つ三人の俳優だ。
- ニコラス・クリストファー は、義務と良心の間で引き裂かれるロシアのチャンピオン アナトリー を演じる。
- アーロン・トヴェイト は、傲慢だが天才的なアメリカの若き棋士 フレディ を体現する。彼の役は、圧倒的な歌唱力と繊細な感情表現の両方を要求する。
- そして リア・ミシェル は、二人の間で揺れ動く女性 フローレンス として三角関係を完成させる。彼女は個人的な絆と職業的野心のはざまで葛藤する戦略家だ。
キャスティングは単に技術的な適性だけでなく、化学反応(ケミストリー)を重視して行なわれた。
クリストファー、トヴェイト、ミシェルの三人は、力強い歌声と豊かな感情表現を兼ね備えており、ロック・アンセムから抒情的なバラードまで自在に行き来するこのスコアに欠かせない存在となっている。
この配役は同時に自信の表れでもある。
これは単なるワークショップ的な実験ではなく、『CHESS』をブロードウェイの正統なレパートリーへと戻す本格的な試みなのだ。
◆ 取り戻された物語
このリバイバルを際立たせているのは、登場人物すべてに深みを与えようとする明確な意志である。
これまで脇役的に扱われてきた フローレンス は、自らの意思と目的を持つ人物として描かれ、単なる三角関係の一部ではなく、戦略・犠牲・生存をテーマとする物語の中心に立つ。
また、アメリカ人とロシア人の棋士たちも、単なる国家の象徴的キャラクターではなく、個人的な葛藤と国の期待の狭間で揺れる人間として描かれている。
その結果、この作品は1980年代のオペラ的な遺物ではなく、今もなお息づく政治ドラマとして新たな生命を得た。
そしてその中で、ABBAの音楽は今なお心を震わせ続ける。
◆ 音楽が放つ永続的な力
どれほど物語が刷新されても、スコアは変わらぬ作品の軸であり続ける。
「Anthem」「Nobody’s Side」「I Know Him So Well」といった名曲は健在で、その旋律は今も忘れがたい輝きを放っている。
しかし今では、それらの曲が語る感情とドラマに物語がしっかりと追いつくようになったのだ。
長年、『CHESS』はブロードウェイ史上の“もしも”の作品として語られてきた。
コンサート版では愛され、何度も再構築が試みられながら、決して完全には形を成さなかった。
しかし今回、ストロングとメイヤー、そして彼らのキャストたちは――
「今こそ、その時が来た」と賭けに出た。
今度の『CHESS』は、新しいルールでプレイされている。
そしてその賭け金(ステークス)は、これまでになく高い。
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