【レビュー】『CHESS』はブロードウェイに帰還──

圧倒的な歌声と“空回りした”脚本

*ブロードウェイ新演出版『CHESS』でフレディ・トランパーを演じるアーロン・トヴェイト
(© Matthew Murphy)

アーロン・トヴェイト、リア・ミシェル、ニコラス・クリストファーが主演する、
ティム・ライスと ABBA の作曲家たちによるロック・オペラ。

失敗作が歴史の灰の山から“救済”される例が増える中、
ついに『CHESS』にもその順番が回ってきた。
ティム・ライスが構想し、ABBA のベニー・アンダーソン&ビヨルン・ウルヴァースと組んで、
愛と地政学的駆け引きを“あの”競技を中心に描いた作品だ。

1980年代のロンドンではおおむね高評価で、
『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』と並ぶ大規模ミュージカルとして3年間上演された。
だが、脚本が大幅に改変されたブロードウェイ版はわずか2カ月で閉幕し、
以降は“スコアだけが愛される”オタク向けの作品として扱われてきた。

とはいえ、『CHESS』は数曲の確かなヒット曲を生み出している。
世界的ヒット「ワン・ナイト・イン・バンコク(One Night in Bangkok)」、
オーディションでよく歌われる「アンセム(Anthem)」「かわいそうな子(Pity the Child)」「他の誰かのストーリー(Someone Else’s Story)」などだ。

『CHESS』は常に「素晴らしい楽曲が、良い脚本を待っている」状態であり、
脚本家ダニー・ストロングは、
作品を自己言及的な冷戦期アメリカ・ソ連関係の再検証として再構築することで
その問題を解決できたと考えている。
……できていない。
だが、楽曲を生で聴けるのはやはり嬉しい。

アーロン・トヴェイト、ニコラス・クリストファー、リア・ミシェル、
ハンナ・クルーズの4人が命懸けで歌うのだから、悪くなりようがない。
ストロング版は第1幕をカーター=ブレジネフ期の SALT(戦略兵器制限交渉)、
第2幕をレーガン政権下の1983年「エイブル・アーチャー核戦争危機」と結びつける。
つまり、物語の緊張感の高さは尋常ではない。

物語の中心となる試合は、
双極性障害を抱えるアメリカの世界王者フレディ・トランパー(トヴェイト)と、
陰鬱なソ連王者アナトリー・セルギエフスキー(クリストファー)。
アナトリーが負ければ KGB に“消される”可能性が高い。
だが、フレディがロシアを公の場で挑発したことで SALT II 崩壊の危機が迫れば、
そんなことは些末に思えてくる。

そこで CIA 工作員ウォルター・デ=クルーシー(ショーン・アラン・クリル)が
アナトリーのコーチ、アレクサンダー・モロコフ(ブラッドリー・ディーン)に接触する。
「ソ連を交渉の席に戻せ。そうすればアメリカがフレディの敗北を保証する」と。

国際的な陰謀の中には“恋の四角関係”もある。
フレディと恋人でコーチのフローレンス・ヴァッセイ(ミシェル)は破綻寸前。
彼女はハンガリー難民で、かつてアナトリーと関係があった。
フレディが試合も恋愛も放棄すると、
フローレンスと新王者アナトリーはイギリスへ亡命。
そこへ、アナトリーの別居中の妻スヴェトラーナ(クルーズ)と子どもたちが現れ、
彼ら自身が政治的な“駒”となってゆく。
まさに世界の終わりを招きかねない“ゲーム”だ。

*『CHESS』でフローレンス・ヴァッセイを演じるリア・ミシェル
(© Matthew Murphy)

オリジナル版を「作者たちの尊大な独りよがり以外の何物でもない」と酷評した
フランク・リッチの言葉を借りるなら、
今回のリバイバルは少なくとも“何か”について語っている。
それは、ストロングによる自己満足的なメタ・コメントであり、
観客が現代の政治的パラレルを理解できるよう
赤線を引いて強調する作業である。
もちろん、観客はそんなこと言われなくても分かるのだが。

「アメリカとロシアが協力してフレディ・トランパーを倒す──
この異常な同盟が再び見られるのは何十年も後、
RFK Jr. が脳内の寄生虫と“協力”しようとした時まで待つことになるだろう」
──バダビン!

「無謀な傲慢さは、何十年後、ジョー・バイデンが再選を目指した時にも見られた。
KGB は国際危機を利用して王座奪還を図る」
──バダブーム!

これらの“ロシア小ネタ”の山を、
アービター兼ナレーターのブライス・ピンカムが
目を回さずに演じているのは、もはや英雄的だ。
観客席から漏れる温い笑いを聞けば、
これらの“ジョーク”が物語の空気を抜いているのは明らかだ。

感情をむき出しにするタイプのミュージカルに
深いニュアンスを期待することは少ないが、
役者たちは爆発的な演出の中で驚くほど深い感情を掘り起こしている。

フローレンスは依然として“酷く書き込まれていない”役だが、
ミシェルは「他の誰かのストーリー(Someone Else’s Story)」(午後11時ナンバーに昇格)を
完璧なパワーバラードとして構築してみせる。
第2幕から登場するスヴェトラーナ役のクルーズも、
わずかな出番ながら誠実さを持ち込んでいる。

女性キャラの扱いが雑なのは、
主要クリエイティブに女性が1人しかいない作品の宿命か。

一方、男性陣は非常に良い扱いを受けている。
クリルとディーンは絶妙なタイミングで皮肉を飛ばし、
コメディアンのような掛け合いを披露。
トヴェイトはキャリア最高とも言えるパフォーマンスで、
カリスマと自信に満ちたステージ支配力を見せる。

そして、ここは断言しよう。
本作は、クリストファーの“スター誕生”の瞬間である。
第1幕ラストの「アンセム(Anthem)」は、
この作品が忘れ去られた後も語り継がれるだろう圧巻の名唱だ。
後半の「エンドゲーム(Endgame)」はさらにその上を行く。

今回の『CHESS』は、史上もっとも“観やすい”バージョンと言えるが、
それでも約3時間とかなり長い。
マイケル・メイヤーの演出は、
絶え間ない(過剰と言っていいほどの)動き(振付:ロリン・ラタロ)、
鋭く焦点を当てたネオン照明(ケビン・アダムス)、
挑発的な衣装(トム・ブローカー)、
そして、18人編成のオーケストラを舞台上方に配置した
最小限でありながら広がりを感じる舞台美術(デヴィッド・ロックウェル)で、
観客が“退屈していることを忘れさせる”。

全体として、
「アンコール! コンサート版がコカインを吸ってクラブへ行ったような舞台」
と表現するのが最も近いかもしれない。

メイヤーは舞台の“盛り上がる瞬間”を熟知し、
そこに確実に焦点を合わせる巧者だ。
『CHESS』が作品として成立しているかはさておき、
このリバイバルは観客が求めるもの──
トヴェイト、ミシェル、クリストファー、クルーズが
全力で歌い、最高にセクシーに見えること──
を完璧に提供している。

*『CHESS』でアナトリー・セルギエフスキーを演じるニコラス・クリストファー
(© Matthew Murphy)

https://www.theatermania.com/news/review-chess-returns-to-broadway-with-checkmate-vocals-and-a-checked-out-book_1812218/

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