前置きとして述べるなら、『マンマ・ミーア!』に関係するものを impartial(公平)にレビューすることは、とてつもなく難しい、という点に触れなければならない。ジュディ・クレイマーが原案を手がけ、現在はフィリダ・ロイドの演出によるミュージカル『マンマ・ミーア!』は、この映画を観て育ち、ABBAの楽曲を聴いて育ったすべての人にとって、忘れられない夜をもたらしてくれる作品だ。
そして私はまさにその典型であり、「スリッピング・スルー(Slipping Through My Fingers)」で涙ぐんでしまう観客でもある。それはその歌詞の美しさだけでなく、自分自身の母との関係が重なるからでもある。
観客席にいる私たちは、みんな “勝者” なのだ
いずれにせよ、自らの内側に少しでも「ダンシング・クイーン」を感じる人なら、この作品に「I do」と言わずにはいられないだろう。「チキチータ(Chiquitita)」 と一緒に観るには完璧な夜になるし、たとえ “a man after midnight(真夜中以降に現れる理想の男)” を探す呼びかけが実らなかったとしても、むしろそれならなおさらだ。
もし 「ザ・ウィナー(The Winner Takes It All)」 という前提で考えれば、観客席にいる私たちはみんな勝者であり、「マンマ・ミーア」と心の中で、あるいはそっと口にしながら、ひとつになっている。
これがギリシャ語のように聞こえてしまう人も心配はいらない。「ヴーレ・ヴ―(Voulez-Vous)」が、あなたがフランス語を覚えようとしたあの時間へと、一気に連れ戻してくれる。
「アイ・ハヴ・ア・ドリーム(I Have a Dream)」から始まり、私たちは(アメリカナイズされた)ギリシャの島へと運ばれ、ドナの “dot-dot-dot(…、てん、てん、てん)” にまつわる複雑な物語をほどいていくことになる。
多くの人は、劇場に向かう時に2008年の映画版キャストを思い浮かべるだろう。「アイ・ハヴ・ア・ドリーム(I Have A Dream)」では、リディア・ハントがあの象徴的で無邪気で夢見がちなソフィ・シェリダンを演じ、彼女の若々しいエネルギーは 「ハニー・ハニー(Honey, Honey)」でアリ(ビビ・ジェイ)とリサ(イヴ・パーソンズ)によって即座に呼応される。
彼女たち3人は、ターニャ(サラ・アーンショー)、ロージー(ロージー・グロッソップ)、そしてドナ・シェリダン(ジェン・グリフィン)という3人の大人の女性の“鏡”となる。後者3人の演技は、初演キャストが築き上げ、メリル・ストリープがさらに伝説化したそのイコン性に、まったく引けを取らない。
女性同士の友情の化学反応は一瞬たりとも弱まることがない。
友情はただ歌と踊りに彩られているだけではない。歌と踊りこそが“生命線”だ。
とりわけドナの仲間たちは、リズム感や音楽的ハーモニー、つまり“歌を通じた共有理解”によって、お互いの絆を深めていく。アーンショー、グロッソップ、そしてグリフィンは、下品なギャグにも派手なダンスにも一切ひるまず、時にはヘアドライヤーを振り回し、時にはスプリットまで披露する。
ミュージカルの間に唯一生まれる“苦しさ”とは、座席で踊り出したくなる衝動に必死で抵抗しなければならないことくらいだ。

*クレジット:ブリンクホフ・メーゲンブルク
「マネー、マネー、マネー(Money, Money, Money)」から最後の 「アイ・ドゥ・アイ・ドゥ(I Do)」まで、グリフィン演じるドナは劇場を明るく照らす太陽のようでありながら、複雑でメランコリックなエネルギーも併せ持っている。彼女は、ハリー・ブライト(リチャード・ミーク)から受け取る小切手の額を見て『フォー・ウェディング』を引き合いに出すなど、時折ユーモアも織り交ぜながら、ドナの混沌とした心理層を丁寧に積み上げていく。
アンサンブルは圧倒的に“笑い”に満ちた場面をつくり出す
最も“ダンスとユーモアのバランス”が求められるのは、もちろん 「レイ・オール・ユア・ラヴ・オン・ミー(Lay All Your Love On Me)」だ。ソフィとスカイ(ジョー・グランディ)の緊張感は、ドナとサム・カーマイケル(ルーク・ジャズタル)のものほど深く没入できるものではなかったが、正直に言えば観客が気にしているのはカップルではない。
観客が気にしているのは、フィンと水着で行進してくる若者たちの集団である。残念ながらニュー・シアター・オックスフォードにはステージ上にプールを設ける余裕はないが、カップルが“何かしでかす前に”彼らを引き離すアンサンブルのコミカルな動きは抜群だ。
振付師アンソニー・ヴァン・ラーストの手腕は、まさに見事と言うほかない。
振付の妙は、ヘン・パーティーのシーンにも受け継がれている。ミュージカルの中でも最も象徴的で視覚的に印象深い場面のひとつだ。衣装チームは、女性アンサンブルにバランスよくスタイリッシュなY2K(2000年代初頭)ファッションをまとわせ、観客を一気に“あの頃”へ引き戻す。
ギリシャのタベルナというミニマルなセットは、「ギミー!ギミー!ギミー!(Gimme! Gimme! Gimme!)」や「ヴーレ・ヴ―(Voulez-Vous)」の光の演出をさらに引き立てる。だがその後すぐ、ソフィの葛藤が舞台を占める。3人の“パパかもしれない男たち”が翌日のバージンロードを一緒に歩きたいと言い出すのだ。
第二幕冒頭の悪夢のシーンは、ヘン・パーティーの“お祭り騒ぎ”の裏に潜む暗さや不安を覗かせる。この場面は映画版には存在しないが、むしろミュージカルを観る価値がある理由のひとつだ。
水着はキャンプ風に、スカイはコルセット付きのウェディングドレス姿でソフィの部屋に現れ、3人の父候補を従えている。視覚的には強烈だが、不安とメランコリーを和らげるわけではない。
*クレジット:ブリンクホフ・メーゲンブルク
第二幕では、物語の感情的なジェットコースターがさらに加速する。特に「ダズ・ユア・マザー・ノウ(Does Your Mother Know)」と「スリッピング・スルー(Slipping Through My Fingers)」の近接がその緩急を際立たせる。ターニャとペッパー(ジョセフ・ヴェッラ)は、後に続く哀愁漂うナンバーの前に十分過ぎるほどの笑いを引き出してくれる。
この幕では3人の父候補それぞれに曲が与えられ、映画よりも深い人物描写がなされる。
“本当の語り手”とは、観客の身体に刻まれた記憶である
とはいえ、夜の終わりに最も記憶に残るのは、ドナとダイナモス、ソフィの混乱、そして華麗なダンスパフォーマンスだ。
どんなレビュアーも、この夜を言葉で伝えることの限界を痛感しているに違いない。光の粒に満ちた瞬間、忘れがたい音楽、その全てを文章に閉じ込めることは難しい。
“本当の語り手”とは、観客の筋肉が覚えているリズムであり、慣れ親しんだ音楽に合わせて体が自然と揺れてしまうあの感覚なのだ。
ミュージカル『マンマ・ミーア!』は、一言で言えば 純粋な喜び である。
観客の口は開き、涙が落ち、劇場を出る頃には、オックスフォードのニュー・シアター(※)以外ではなかなか得られない高揚感に包まれている。
※オックスフォードのニュー・シアター(New Theatre Oxford)とは、
イギリス・オックスフォードにある歴史ある大規模劇場です。
🟦 New Theatre Oxford(ニュー・シアター・オックスフォード)とは?
- 所在地:イギリス・オックスフォード中心部
- 開館:1836年(前身となる劇場はさらに古い歴史を持つ)
- 現在の建物は1933年に再建されたもの
- 収容人数:約1,800席
- 運営:ATG(Ambassador Theatre Group)
オックスフォード最大の劇場で、
イギリス国内ツアー中のミュージカル、演劇、コンサート、コメディ、バレエなど、
多彩な公演が行われる主要エンターテインメント会場として知られています。
🟧 上演される主な作品
- 『マンマ・ミーア!』
- 『レ・ミゼラブル』
- 『オペラ座の怪人』
- 『シカゴ』
- 『ウィキッド』
- コンサート(ポップ、クラシック)
- スタンダップコメディ
など、ウェストエンド級のツアー作品が多数来る劇場です。
🟩 特徴
- オックスフォードの老舗劇場として市民に親しまれている
- 客席は視界がよく、音響も良好と評価が高い
- 建物はアールデコの雰囲気があり、ロビーの雰囲気もクラシック
- ツアー作品の巡回先として重要な役割を担っている
まとめ
ニュー・シアター・オックスフォードは、
オックスフォードで最も格式ある大劇場で、
イギリス国内の大規模ミュージカルやコンサートが多数上演される拠点劇場。


