1976年に発表されたABBAの名曲は、同グループにとって全英チャート首位在位期間が最も長いシングルとなりました
50年前、ABBAの「ダンシング・クイーン」は全英オフィシャル・シングル・チャートの第1位に輝き、その座を6週連続で守りました。
思わず足でリズムを刻み、胸を高鳴らせる、躍動感に満ちたポップスの魔法ともいうべきこの曲は、1976年9月4日、軽やかにチャートの頂点へと駆け上がりました。そして、エルトン・ジョンとキキ・ディーによる、同じく素晴らしいバラード「恋のデュエット」から首位の座を奪ったのです。
これにより「ダンシング・クイーン」は、「恋のウォータールー」(1974年)、「マンマ・ミーア」(1976年)、「悲しきフェルナンド」(1976年)に続き、わずか2年余りの間に誕生したABBAにとって4曲目の全英ナンバーワン・シングルとなりました。
さらにABBAは、同じ年に3曲のナンバーワン・シングルを獲得するという、実に見事な快挙を成し遂げたのです。
「ダンシング・クイーン」は1976年8月、全英オフィシャル・シングル・チャートの第23位に初登場しました。その後、第16位へ上昇し、チャート登場3週目には第16位から一気に第1位へと駆け上がりました。頂点に到達するまで、それほど時間はかからなかったというわけです。
この文句なしの大ヒット曲は6週連続で第1位を記録し、ABBAにとって全英チャート首位在位期間が最も長い楽曲となりました。
また、オフィシャル・チャーツ・カンパニーのデータによると、1970年代に最も売れたシングルの一つであり、そのランキングでは第12位に入っています。
それではここから、この曲が記録した数字を詳しく見ていきましょう。そう、その数字は皆さんの想像どおり、実に驚異的なものです。
オフィシャル・チャーツ・カンパニーのデータによると、「ダンシング・クイーン」は現在までに英国で、音声と動画を合わせて合計2億7,500万回再生されています。
さらに英国における累計チャート換算売上は250万ユニットに達し、100万ユニット以上を売り上げたシングルだけが加わることのできる特別な仲間入りを果たしています。
加えて、オフィシャル・チャーツが今回特別に明らかにした情報によれば、この曲は合計26万回ダウンロードされています。
こうした驚異的な数字により、「ダンシング・クイーン」は、英国におけるABBA史上最大のヒット曲であることが正式に確認されています。
驚異的な記録に続いて、今度は驚くべきエピソードをご紹介しましょう!
「ダンシング・クイーン」が、王室の結婚式に関連する催しで初披露されたことをご存じでしょうか。
ABBAは正式発売の数カ月前にあたる1976年6月、スウェーデン国王カール16世グスタフとシルヴィア王妃の結婚を祝う前夜祭で、『ダンシング・クイーン』を初めて披露しました。まさに、その祝典にふさわしい楽曲だったのです。
そして当然のことながら、メンバーが初めてこの曲を聴いたときには、まだ歌詞が付いていなかったにもかかわらず、涙が流れました。
ベニー・アンダーソンがアンニ=フリード・リングスタッドに伴奏トラックを聴かせると、彼女はあまりにも感動し、突然泣き出したのです。フリーダは後に、次のように語っています。
「ABBAがそれまでに作った曲の中で、間違いなく最高の曲だと分かりました」。
この曲をあらゆる世代が楽しめる永遠の作品にしたものの一つが、ロンドンでロングラン上演されている『ABBAヴォヤージ』です。
「ダンシング・クイーン」は、『ABBAヴォヤージ』本編のセットリストで最後から2番目に披露されます。そのため、ショーの中でも特に感動的かつ祝祭的な場面となっており、この曲が史上最高の楽曲の一つであることを、あらためて確かなものにしています。
『ABBAヴォヤージ』で「ダンシング・クイーン」が最高潮を迎える場面の演出も、まさに必見です。
このパフォーマンスでは、個別に制御される1万2,900個の光の球体が使用されています。それらは430本のピクセル・ストリングに配置され、1本につき30個の球体が取り付けられています。きっと電気代も相当なものでしょう。
しかし、こうした揺るぎない記録のすべてを超えて、そこには一つの明白な真実があります。
『ダンシング・クイーン』は、単なる一曲ではありません。
それは、この世界に存在する明るさと喜びのすべてを体現したものです。祝福と、飾られることのない純粋な喜びを歌った象徴的なアンセムとして、世界中のカラオケバーやジュークボックス、そして家庭のスピーカーから流れ続け、私たちすべてを一つに結びつけてきました。
そして、この音楽の宝石が私たちに教えてくれたことがあるとすれば、それは――
これからも、人生最高の時間を楽しみ続けよう、ということです。


