『CHESS』――演劇界で最も悪名高い“奇妙な獣”が、ついに帰ってきた

「『CHESS』は、とにかく“本(脚本)が問題”だ。もし、誰かが“本を修正できさえすれば”…」。

これまで多くの人がそう主張してきたが、ティム・ライス卿、そしてABBAのベニー・アンダーソンとビヨルン・ウルヴァースによる1986年のミュージカルの、満を持してのブロードウェイ再演版が明らかにしたのは、『CHESS』という作品そのものが不思議のキャビネットのような存在であり、それらすべてを舞台上に堂々と、時に図々しいほど見せびらかしてくる“珍獣”だということ。

*写真:Matthew Murphy(マシュー・マーフィー)

その図々しさは、劇中のライバルであるロシアのアナトリー・セルギエフスキー(ニコラス・クリストファー)とアメリカのフレディ・トランパー(アーロン・トヴェイト)の“誇示的な peacocking(見せびらかし)”ぶりにも匹敵する。

本作では、ほとんどCHESSをプレイする場面が登場しない。3時間近いミュージカル耐久戦(会場:インペリアル劇場、2026年5月3日まで公演)にもかかわらずだ。しかしCHESSの試合のように、この作品(演出:マイケル・メイヤー、新しい脚本:ダニー・ストロング)は、自らの構造的・物語的な欠陥をひとつひとつにらみつけ、観客に挑戦的なまなざしを向けながら、独自の“不可解な手”を次々と指して観客を引きつけようとする。

CHESSというより、作品の本質はアメリカとロシアの緊張から“世界の終わり”が起きるかもしれない物語であり、その中にときおり輝く瞬間がある。特に、クリストファー、トヴェイト、そしてフローレンスとして出演するリア・ミシェルの“全力投球”の歌唱が、しばしば観客を震わせる。
ただし彼ら3人の優れたパフォーマンスをもってしても、『CHESS』の登場人物と物語を完全に理解可能なものにすることは不可能に近い。

Arbiter(審判役)の存在感が圧倒的

同じく素晴らしいのが、ブライス・ピンカム演じる「アービター」。
彼は劇のナレーターとして、現代的な皮肉や政治ジョークをふんだんに織り交ぜながら“アーチ(弧を描くように小気味よく)語る”。最初のウィンクは、トヴェイト演じるキャラクターの姓“Trumper”に関するもの。
ダンサーたちは、飛び回ったり thrust(突き出し)たりしていない時も、舞台上に残り「覗き込むギリシャ合唱隊」のように存在する(ロリン・ラターロによる“派手さ倍増”の振付)。

ミュージカルで「第一幕の締め方はこうやるんだ」と見せつけたいなら、クリストファーによる“アンセム(Anthem)”(国家)の雷鳴のような迫力を見ればよい。

*Aaron Tveit(アーロン・トヴェイト)
撮影:Matthew Murphy(マシュー・マーフィー)

物語こそが、この“突撃型ミュージカル”最大の問題

『CHESS』が元々、ミュージカルではなく1984年の“コンセプトアルバム”から始まったという出自を考えれば、ずっと物語が問題だったのは unsurprising(驚くには値しない)。
作品の核となるのは、1980年代らしい東西冷戦のテーマ、核の恐怖、そして大げさな髪の揺れ、極端な感情表現など、80年代ポップ文化特有の“全力の誇張”である。

デイヴィッド・ロックウェルの幾何学的なパネルセット、ケヴィン・アダムズの原色ライト(赤=ロシア、青=アメリカ)もまた、80年代の香りが濃厚。

『CHESS』は“怒涛のポップバラードを詰め込んだ巨大生物(リヴァイアサン)”であり、出演者たちはそれに負けじと“全力・無恥・大音量”で応戦する。

行動のすべてが白か黒か。
歌詞例:

「血、汗、涙/深夜遅く、早朝の始まり/まただ!/おまえの行動は連中を熱狂させる/でも、手懐けたい人なんているか?」。

だが、歌がどれだけ熱くても、人物は冷たく共感しにくいまま。

*Nicholas Christopher(ニコラス・クリストファー)
撮影:Matthew Murphy(マシュー・マーフィー)

複雑すぎる政治策謀、絡まらない恋愛要素

CIAのウォルター・デ・クルーシー(シーン・アラン・クリル)とKGBのアレクサンダー・モロコフ(ブラッドリー・ディーン)は、アナトリーとフレディの勝敗を政治的に操作しようとする。

だがこの政治的駆け引きは、どれも行き止まり。
そこで作品は恋愛三角関係(アナトリー、フレディ、フローレンス)を作るが、カップル同士に化学反応がまったくないため、ここも破綻する。

さらに、アナトリーの妻スヴェトラーナ(ハナ・クルーズ)が登場し、夫を取り戻そうとするが、アナトリーは即答で「ノー」。

結局、

  • 女性2人はどちらもこの男たち抜きで幸せになれそう
  • だが与えられている歌のテーマは“男のことで悩むこと”だけ

という構造的問題が露呈する。

*Lea Michele(リア・ミシェル)と Nicholas Christopher(ニコラス・クリストファー)
写真:Matthew Murphy(マシュー・マーフィー)

名曲もあるが、舞台では弱い

「ワン・ナイト・イン・バンコク(One Night in Bangkok)」「アイ・ノウ・ヒム・ソウ・ウェル(I Know Him So Well)」などの有名曲は歌われるが、舞台では驚くほど印象が薄い。
(特に後者は、エレイン・ペイジとバーバラ・ディクソンの80年代映像のほうが深みが伝わるという残念さ)。

意外に良かったのは「メラーノ(Merano)」や「ソビエト・マシーン(The Soviet Machine)」などの軽めのナンバー。

ラストは核戦争の危機へ…だが

後半では、核戦争が間近で、チェスの最終戦の結果が“人類の運命を左右する”と大騒ぎになる。
しかし、その「驚きの結末」は実際には驚きではなく、感情的なインパクトも弱い。

Hannah Cruz(ハンナ・クルーズ)
写真:Matthew Murphy(マシュー・マーフィー)

結論:『CHESS』は観客を圧倒して振り回す“良くも悪くも疲れるスペクタクル”

『CHESS』は、

  • 高揚
  • 混乱
  • 過剰なエモーション
  • 世界の終わり級の緊張感
    を浴びせてくる、良くも悪くも“容赦のない見世物”

チケットを買った瞬間から、もう“チェックメイト”なのだ。

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