盤上を整える:ブライス・ピンカムが案内する、ブロードウェイ版『CHESS』の世界

ブライス・ピンカムは、ほぼ10年にわたって『CHESS』と共に歩んできた。

*ブライス・ピンカム
(写真:ブロードウェイ・ドットコム提供/撮影:セルジオ・ヴィラリーニ)

「[脚本家の]ダニー・ストロング、[演出家の]マイケル・メイヤーとは、ケネディ・センターの頃から一緒に取り組んできました」と彼は語る。
「もう10年近くになりますね。本当に長い間、行ったり来たりしながら作ってきました」。
ピンカムは、Broadway.comのマネージング・エディター、ベス・スティーブンスにそう明かしている。

ピンカムが演じるのは、タイトルマッチの審判であり、物語全体を導く存在であるアービター
「彼のことは、司会者、ホストのような存在だと考えています」とピンカムは説明する。
「僕はスーパースターたちが思いきり輝けるように、テーブルを整えているんです」。

その“スーパースター”とは、アーロン・トヴェイト、リア・ミシェル、ニコラス・クリストファーの3人。彼らのパフォーマンスが、この作品の軸となっている。
「彼らが登場して、思いきり“ぶつけられる”ように、僕が場を整えているんです」。

そのホスト役は、舞台上の進行だけにとどまらない。
「僕は観客の代理人でもあるんです」とピンカムは語る。
「皆さんが見ているものが、実際に何が起きているのかを理解する手助けをしています」。

ミュージカルが誇張表現に振り切れる瞬間には、それをあえて指摘する。
「これから皆さんが目にするものの中には、正直ちょっとバカバカしいものもあります。だから最初にそう言ってしまうんです。そうすることで、観客の肩の力が抜けるんですよ」。

彼自身の役割をこう捉えている。
「観客の皆さんを迷わせないこと。状況を整理し、ABBAのベニー・アンダーソンとビヨルン・ウルヴァースの音楽、そしてティム・ライスの歌詞を存分に楽しむために必要な情報を、きちんと渡すことです」。

その“分かりやすさ”は、脚本家ダニー・ストロングとの共同作業から生まれた。ストロング自身、この作品に長年親しんできたわけではなかったという。
「リハーサル初期の段階では、実は僕自身も、皆さんが思うほど『CHESS』に詳しかったわけではありません」とピンカムは認める。
「ダニーも僕も、いわば“追いついている最中”でした。それが逆に、自由に実験できる余地を与えてくれたんです」。

*ブライス・ピンカムとミュージカル『CHESS』のキャスト
(写真:マシュー・マーフィー)

アービターの“声”の多くは、リハーサルの中で形作られていった。
「彼が自由に遊ばせてくれると分かった時、アドリブをどんどん入れ始めました」とピンカムは語る。
「リハーサルでの僕の本能は、とにかく人を笑わせることなんです」。

その瞬間が、そのまま残ることも多かった。
「最初は僕がアドリブで言ったことを、ダニーが磨き上げて、翌日には台本に入っている、ということがよくありました」。

そのプロセスによって、この役はピンカム自身にしっくりと馴染んでいった。
「多くのセリフが“自分らしく”感じられるのは、リハーサル中の僕の声から生まれたものだからです。ダニーが書いたものを僕が作り替えたり、逆に僕の言葉を彼が洗練させてくれたりしました」。

アービターには、台本上で正式な名前は与えられていない。ただし、ピンカムは試してみたことはあるという。
「まだ名前を考えている最中なんです」と冗談交じりに語り、「『さあ行くぞ、ロナルド』とか、『行け、デイヴィス』とか言ってみたこともあります」と笑う。

国籍についても、あえて曖昧にされている。
「理論上は中立であるべき存在です。たぶんイギリス人かもしれません」とピンカムは語る。
「でも実際には僕自身が演じているので、基本的にはアメリカ人ですね」。

この作品は、ピンカムにとって個人的な意味も持っている。
彼の妻は女優のスカーレット・ストラレン。その父であるサンディ・ストラレンは、1986年のロンドン初演キャストとして『CHESS』に出演していた。
「スカーレットは、子どもの頃に父親が出演している『CHESS』を観に行ったことを覚えているそうです」。

今回の新プロダクションに参加する話が持ち上がった時、妻の反応は即答だったという。
「彼女は『絶対にやるべき』と言いました。いつものことですが、彼女は正しかったですね」。

そのつながりはいま、世代を超えて続いている。
「今度は、僕が出演している舞台を子どもたちが観に来る。家族にとって、まさに“円環が閉じる瞬間”です」。

公演がインペリアル・シアターに移ってから、観客との関係性はより明確になった。
「観客が、僕のシーンパートナーになるんです」とピンカムは語る。
「客席は毎回違いますし、その場の空気に応じて反応できます」。

高い位置から、長年のファンが歌詞を口ずさむ様子や、初めて観る観客が物語の大きな展開に反応する瞬間を見下ろす。
「物語がリアルタイムで“届く”瞬間が見える。それこそが、僕たちがこの仕事をする理由です」。

周囲のパフォーマンスは、毎晩彼を驚かせ続けている。
「アーロンが初めて『ピティ・ザ・チャイルド』を歌った時、劇場全体が凍りついたのを覚えています」。

リア・ミシェルの歌声も、強烈な印象を残す。
「彼女の声の使い方は、まるで日の出を聴いているようです」と彼は語る。
「日の出のさまざまな色が、彼女の声の中にある。一曲の中で、太陽が昇り、輝き、沈んでいくんです」。

ニコラス・クリストファーは、また別の種類の電気のような衝撃を生み出す。
「彼がやっていることが“本物だ”と、観客に波紋のように理解が広がっていくのが分かるんです」。

ピンカムは、その華やかさの裏にある規律の厳しさも強調する。
「3人とも親でありながら、ほとんど休みなく毎晩この舞台に立っています。それは職人技です」。

作品を通して、ピンカムはアービターを、常に客席と対話する存在として扱っている。
彼の言葉を借りれば、
「僕の関係性は、他の登場人物ではありません。観客との関係なんです」。

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