恋人の日・バザー記念日・日記の日「今日は何の日・6月12日」

6月12日土曜日

皆様おはようございます。うがい、手洗い、消毒を欠かさずになさっていますか?

今日は「恋人の日」「バザー記念日」「日記の日」です。

まず「恋人の日」から。

なぜ6月12日が「恋人の日」なのかというと、ブラジルのサンパウロ地方で行われている風習が由来となっています。
「恋人の日」については全国額縁組合連合会によって1988年から実施されている記念日となります。
ブラジルのサンパウロ地方では、縁結びの聖人アントニウスが没した前日の6月12日を「恋人の日」として、恋人同士が写真立てに写真を入れ交換しあう風習があるそうです。
この恋人同士が写真立てに写真を入れて交換しあうという風習に目をつけて、額縁をPRしていくことを目的として「恋人の日」が制定されることとなりました。
聖アントニウスの本名はフェルナンド・マルティンス・デ・ブルハオンというそうで、裕福な貴族の家系に生まれたにも関わらず、修道士になる事を選んでやがて司祭となりました。
厳しい禁欲生活のために命を落とすこととなりましたが、彼が亡くなった時には町の子供たちが泣いて、地上に降りてきた天使たちによって町のすべての教会がひとりでに鳴ったとされています。

 

恋愛が長続きせずに終わってしまう人と、いつまでも恋愛をしていて長続きのする人、同じ人間なのに何が違うと思いますか?
実は騙されやすい性格の人の恋愛は長続きするといわれているんです。
心理学者のディポーロが行った調査によると「長く付き合っているカップルほど相手の嘘を見ぬけない」との結果が出ているのです。
そのため、騙されやすい性格の人は相手の嘘を見抜くことが出来ないため、いつまでも幸せに恋愛を続けていけるということなんですね。
しかし、言われてみれば当たり前のことかもしれませんが、恋愛をしていく上でお互いの信頼関係を築き上げていくのは大切なことですよね。
お互いの事が信じられずに疑心暗鬼になって相手の事を疑って細かい嘘に対しても嘘をついたとお互いに言い合っていては恋愛が長く続くわけがないんです。
相手が少し細かい嘘をついていたとしてもそれは自分のためを思ってついてくれた嘘だと思って、騙された振りをしていた方が長く恋愛が続くかもしれません。

 

どれだけ仲の良いカップルや夫婦でも喧嘩を全くしたことがないという人は稀なのではないでしょうか?
しかもそのケンカは他の人から見たら本当に些細なことだったりしますよね。
誰だって喧嘩がしたくてしたいわけじゃありませんから、早めに終わるにこしたことはありません。
心理学の研究よると「ケンカは15分以内に終わらせないと謝りにくくなる」とされています。
そのため、喧嘩の時間が長ければ長くなるほどお互いが譲れなくなって喧嘩も長引きヒートアップしてしまうんですね。
そんな時はグッとこらえて、自分が悪いと思っていなくてもまずは先に謝りましょう。
相手への不満はあるかもしれませんが、それよりも自分は喧嘩なんかしたくないという気持ちを相手へと伝える事が重要なのです。
15分以内であれば高確率で相手も自分の非を認めて謝ってくれるでしょう。
こうしてお互いを認め合って許しあえる関係性が続けば二人にとって1番幸せですよね。

 

*皆様は「ラヴラヴ」ですか?僕は・・・ああ、誰かいいといないかなあ。

 

次に「バザー記念日」について。

なぜ6月12日が「バザー記念日」なのかというと、1884年6月12日に日本初のバザーが開かれた事が由来となっています。
1884年6月12日に開かれたバザーは鹿鳴館で上流階級の女性たちが手工芸品を持ち寄って開かれたもので、3日間に渡って開催されたバザーの入場者は1万2千人に上ったとされています。
明治時代にはまだバザーという言葉が存在していなかったため、バザーという言葉ではなく「慈善市」という言葉で定着していたそうです。
日本初であるバザーは第1回婦人慈善市という名前で開催され、その目的は看護婦養成所開設のための資金集めであったとされています。
経済的な理由から看護婦養成所が開けないという病院の事情を聞いた婦人が有志を募った結果、手工芸品が持ち寄られて販売されることとなりました。
その後も2回目の慈善市が開催されて、慈善市の売上金は無事に看護婦養成所の資金として使われたそうです。

 

皆さんはフリーマーケットで買い物をしてみたり、またはフリーマーケットで自分の店を出店した経験はありますか?
普段は買えないような面白い品物が買えたり、いらなくなった物を安値で出品していることから安価で欲しいものが買えたり、少し足を運ぶだけでもなかなか面白いものです。
フリーマーケットといえば自由に商品の売買が出来ることから「フリーマーケット=自由な市場」のような意味だと思われがちですが、実はそれは間違いなのです。
フリーマーケットの「フリー」は自由を意味するFreeではなく、蚤(のみ)という意味のFleaが正しい綴りとなります。
フリーマーケットを「蚤(のみ)の市」と呼んでいるのを聞いたことはありませんか?
蚤の市はフリーマーケットを日本語に直訳したものなのです。
フリーマーケットはもともとは古着が商品として扱われることが多く、蚤が出てくるほど古着の取り扱いが多かったそうです。
そのことが由来となって「蚤の市」、つまりフリーマーケットと呼ばれるようになったのです。

 

露店といえば縁日などを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?
現在の露店では大半が飲食物を販売していると思いますが、昔は露店といえば薬を売り歩いていたのを知っていますか?
また、仏教の教えなどを広めて歩きながら仏具を売り歩いていた露天商もいたそうで、そうした人物の事を「香具師」と呼ぶようになりました。
これが縁日などで露店を開いている商人を指す言葉となって、明治時代以降は「ヤー的」と呼ばれるようになったり、「ヤー的」を逆にして読んで「テキヤ」ともよばれるようになりました。
また、「通行人は全て敵だと思って商売せよ」という意味から露店商がテキヤと呼ばれるようになったとも言われています。

 

*海外ではチャリティを目的としてバサーが多く開催されますが、日本ではあまりありませんね。これだけ毎年どこかで被災されている方が多いのですから、もっと開けばいいと思うのですが、日本人の気質にあっていないのでしょうか?

 

最後に「日記の日」について。

なぜ6月12日が「日記の日」なのかというと、1942年6月12日にユダヤ人の少女アンネ・フランクによって「アンネの日記」が書き始められた事が由来となっています。
アンネの家族はユダヤ人であったために、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害を逃れてオランダのアムステルダムの隠れ家に身を隠していました。
日記は隠れ家に入る少し前の、この日の13歳の誕生日に父から贈られたものだったそうです。
1944年8月1日には隠れ家の存在が密告によって見つかってしまい、アンネらは隠れ家から連れ出されてポーランドのアウシュビッツに送られることとなり、それと同時に日記はこの日で終わっています。
その後、アンネは1945年3月にドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所で15歳の若さで病死することとなりました。
フランク一家で戦後に生き残ったのは、アンネの父であるオットー・フランクだけでしたが、オットーの尽力によってアンネの日記が出版されることとなり、世界的なベストセラーとなりました。

 

アンネが隠れ家としていたのは、父親のオットーの会社が入っている4階建てビルの奥に連結した建物を改造して作られたものです。
アンネは隠れ家に隠れながら生活をして日記を書き続けていましたが、密告者の密告によって隠れ家がバレてしまって連行されてしまいました。
それではその密告者とは一体誰だったのでしょうか?
密告者の存在については諸説あり、倉庫係を担当していたものや掃除婦だったともされています。
父親のオットーの伝記によると「アントン・クリスチャン・アーレス」という、オットーの仕事の取引相手であるユダヤ人が密告者だったのではないかとされています。
当時はユダヤ人が報奨金欲しさに同胞のユダヤ人をナチスに売るということは珍しいことではなく、アーレスもまたナチスには協力的な立場だったとされています。
商売をしていく上でオットーを必要としていましたが、オットーの会社が倒産するのと共にオットーらの一家を保護する必要が無くなり、身の安全と報奨金を引き換えにしてナチスに密告したというのが一般的な説です。
しかし、実は確かな証拠は残っておらず、そもそも密告者など存在していなくて、たまたま見回りにきたナチスに見つかってしまったという説もあるのです。

 

ここまで紹介してきたアンネの日記ですが、実はアンネの日記は捏造だとされている説も存在するって知っていましたか?
正確にはアンネという少女はいましたが、アンネの日記自体は別の著者によって書かれたものであり、実際にはアンネが書いた日記ではなく「アンネの日記」というタイトルの物語であると言われているのです。
その根拠としてアンネの日記にボールペンで書かれている部分があるとされているからです。
ボールペンが普及し始めたのは1951年のことだったため、1942年から書き始めた日記に一部分だけでもボールペンで書かれているのはおかしいですよね。
そのため、アンネの日記はアンネの死後に何者かによって書かれたものだとされています。
しかし、それはそもそもアンネの日記とは全く関係の無い紙が紛れ込んでいただけだったとも言われており、本当に捏造があったのかどうかははっきりしていないそうです。

 

*皆様は「日記」をつけていますか?僕は小学校2年生から大学卒業まで毎日「日記」をつけていました。今、読んでみると、ガキのくせにこんなこと考えていたのか!と自分で自分にびっくりすること多々ありです。

 

週末も宜しくお願いいたします。

 

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2020年3月29日夕方『新コロナは中国が意図的に作った菌』と書いたら『5,000本』あった記事を全部消されましたので『ゼロ』からID(アドレス)を作り直しました。『私のブログに登録』してくださった皆様には大変ご迷惑をおかけしました。改めてよろしくお願い申し上げます。

『3・11』の時『東日本震災の真実』を書いた時もブログ1,000本を民主党政権に抹殺されました。

これからも負けずに書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

*今日の記念日は他にもあります。

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