料理番組の日・スイートピーの日・ライバルが手を結ぶ日「今日は何の日・1月21日」

1月21日金曜日

皆様おはようございます。うがい、手洗い、消毒を欠かさずになさっていますか?検温しましたか?

今日は「料理番組の日」「スイートピーの日」「ライバルが手を結ぶ日」です。

まず「料理番組の日」から。

なぜ1月21日が「料理番組の日」なのかというと、1937年1月21日にイギリスのBBCテレビで、料理番組の元祖と言われる番組「夕べの料理」の放送が開始されたことが由来となっています。
記念すべき第一回放送の内容は「オムレツの作り方」で、この日の担当のマルセル・ブールスタンは、世界で初めてテレビに出演した料理人となりました。
日本で現在でも放送が続けられている「3分クッキング」についても26年後である1963年の同日に放送が開始されたそうです。
2017年現在で日本でも様々料理番組が放送されていますよね。
朝の情報番組の途中に料理のコーナーが挟まっていたり、芸能人が実際に料理をする番組であったり、意外なレシピを紹介するような番組であったり、いつの時代になっても人間は美味しい料理に関心があることがよくわかります。
それでは、日本初の料理番組はどんな番組だったのかというと、1953年に放送が開始された「味覚のしおり」という番組だったとされていて、日本テレビが開局後にテレビ放送を開始して5日目のことでした。
日本初の料理番組ではどのようなメニューが紹介されたのかというと、料理研究家の黒田初子さんによってチキンサラダが紹介されたそうです。

日本の代表的な料理番組といえば「キューピー3分クッキング」ですよね。
その名前から3分で料理を作って紹介してくれる番組を連想するかもしれませんが、実際には3分以上調理をしていますし、放送枠自体も10分ありますよね。
それではなぜ「3分クッキング」という番組名になっているのでしょうか。
実は現在と昔では放送枠の時間が変わっているのです。
「3分クッキング」の放送が始まったころには放送枠が5分しか無かったそうで、CMをはさんでしまうと調理をしている時間が3分間しか放送されていなかったんですね。
しかし、これも3分間で料理が出来るのではなく、あらかじめ食材の下処理であったり、焼いたり煮込んだりする工程もカットされていて、
3分間を使って最低限の調理の様子を見せてレシピを紹介するという番組だったのです。

日本テレビ系列の情報番組のZIP!にかつて一世風靡した名物コーナーがありましたよね。
その名物コーナーは俳優の速水もこみちさんが担当をしている「MOCO’Sキッチン」と呼ばれる料理コーナーでした。
「MOCO’Sキッチン」で特徴的な点としてあげられるのが、とにかく色々な料理にオリーブオイルをたくさん使ったことです。
ネット上ではオリーブオイルを大量に使うことで話題を呼んだことから、いつしか名物コーナーとして人気になっていきました。
しかし、実は「MOCO’Sキッチン」はオリーブオイルの使いすぎだとして、視聴者から苦情が寄せられてしまったことがあったのです。
「視聴者の健康状態や家計にもっと配慮すべきだ。」という苦情だったのですが、料理にオリーブオイルを使うだけで苦情を受けてしまうとは、テレビ関係の仕事はなんとも大変なんですねえ。

*皆様は「料理番組」を観ますか?今はネットでもより簡単に観られますので、以前より関心がなくなったかもしれませんね。

次に「スイートピーの日」について。

なぜ1月21日が「スイートピーの日」なのかというと、スイートピーの花弁が左右対称であり、3種類の花びら(旗弁、翼弁、舟弁)がそれぞれ1枚、2枚、1枚あることが由来となっています。
また、一年で最も香りが豊かで美しくスイートピーが輝く時期であることも、スイートピーの日の由来の一つとなっています。
「スイートピーの日」については「日本スイートピーの会」によって制定された記念日となります。
「日本スイートピーの会」は全国の花の生産者、生花店、園芸店などで構成され、スイートピーの生産振興・普及促進する活動を行っています。
この記念日の制定もスイートピーの普及活動の一つで、女性に好まれる「春の花」の代名詞のスイートピーをよりたくさんの人に楽しんでもらうことが目的となっています。
1月には愛知県、岡山県、大分県、宮崎県などの4県を中心として、出荷の最盛期を迎えるそうなので、ぜひスイートピーの香りを楽しんでみてくださいね。
ちなみに、松田聖子さんの代表曲である「赤いスイートピー」がリリースされたのも1月21日だったそうです。

地球上で最も大きな花といえば「ラフレシア」を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、ギネスブックによると、実はラフレシアよりも大きな花がこの地球上に存在しているようです。
世界で最も大きな花は「ショクダイオオコンニャク」と呼ばれる花であり、スマトラ島に自生しているそうです。
花を咲かせるのは7年に1度か2度しかないそうですが、なんあとその花のサイズは1.5メートルもあるのです。
そして、花の高さは3メートル以上にもなり、花と呼ぶにはあまりにも大きすぎることがわかります。
ショクダイオオコンニャクは花を咲かせると腐臭を放つことにより甲虫を集め、甲虫を利用して受粉を行なうそうです。

竹といえばうっそうと生い茂っており、あまり花を咲かせているイメージがないですよね。
しかし、実は竹も花を咲かせるそうで、花を見かけたことがあるという方はとても貴重な体験をしているのです。
竹が花を咲かせるのは100年から120年に一度しかなく、寿命が尽きる時に花を咲かせます。
花を咲かせた竹は寿命が尽きてしまうことから、次々に枯死を始めます。
竹は1本1本が個別に生えているわけではなく、地中ですべて一つに繋がっていることから、竹が枯れ始めると竹林が一気になくなってしまうのです。
竹林に生えている竹が次々に枯れていく様子は異様な光景に見えることから、昔の人は不吉なことが起こる前触れと考えていたそうです。

*皆様は「スイートピー」お好きですか?やはり松田聖子の「赤いスイートピー」はかなりインパクトがあったようですね。

最後に「ライバルが手を結ぶ日」について。

なぜ1月21日が「ライバルが手を結ぶ日」なのかというと、1866(慶応2)年1月21日に長州の木戸 孝允、薩摩の西郷隆盛らが土佐の坂本龍馬らの仲介で京都で会見し、倒幕の為に薩長同盟(薩長 連合)を結んだことが由来となっています。
幕末のころには薩摩藩と長州藩は政治に対して大きな影響力を持っていましたが、そもそも薩摩藩と長州藩は犬猿の仲だったのです。
薩摩藩はどちらかというと幕府の開国路線を支持する立場にあって幕政改革を求めていました。
しかし、長州藩は攘夷論を唱えて幕府を倒して改革を成し遂げようとしていたことから、薩摩藩と長州藩ではもともとの考え方が全く違っていたのです。
そして、薩摩藩は攘夷論を唱える長州藩を会津藩と協力して京都の政界から追放しました。
1864年には長州藩が兵を起こして京都へと出兵する「禁門の変」が発生し、薩摩藩と長州藩は戦火を交える事となり、長州藩を撃退して敗走させました。
この事件もあって薩摩藩と長州藩は犬猿の仲になってしまったのです。
このような過去があるのにも関わらず、1月21日は土佐藩の坂本龍馬らの活躍によってライバル関係にあった薩摩藩と長州藩が同盟を結ぶという記念すべき日となったのでした。

薩長同盟を結ぶのにあたって大活躍した坂本龍馬は近江屋事件で暗殺されてしまったことは歴史で習いましたよね。
しかし、実は坂本龍馬は暗殺されていないという説も残っているのです。
実は近江屋事件で暗殺されたのは坂本龍馬の影武者だったとされていて、坂本龍馬本人はグラバーの手によってスコットランドに逃げのびたとされているんです。
坂本龍馬の命の危険を察知した長州藩の伊藤博文が、グラバーに掛け合ってスコットランドへ行 けるように手配してくれていたんですね。
坂本龍馬がスコットランドに渡った後に何をしていたのかはわかりませんが、後に岩倉使節団として世界を廻った岩倉具視や木戸孝允、伊藤博文がスコットランドを訪れた際には再会を果たしたとも言われています。

坂本龍馬は武士としても身分の高い方ではなかったのですが、実は坂本龍馬の祖先は明智光秀だったという説があるんです。
明智光秀は織田信長を本能寺の変で討ち取った有名な戦国武将ですよね。
坂本龍馬の家系を辿っていくと、もともと坂本家は明智光秀の女婿であった明智秀満の側室の子 である太郎五郎の末裔だとされているのです。
坂本龍馬の生家には「坂本城を守っていた明智秀満の末裔が坂本家」という伝承も残っていたそうです。
坂本家の伝承によると、坂本城が落城してしまった時に、側室の子であった太郎五郎は壷いっぱいの黄金をもって土佐へとのがれて、そこで暮らしたと言われています。
真偽の程は定かではありませんが、坂本龍馬については色々な逸話が残されているんですね。

*皆様の「ライバル」はどなたですか?僕の最大のライバルは武蔵高校時代のクラスメイトで元朝日新聞社のK君です。数年前彼にもハッキリ伝えました。

本日ハナキンもよろしくお願いいたします。

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2020年3月29日夕方『新コロナは中国が意図的に作った菌』と書いたら『5,000本』あった記事を全部消されましたので『ゼロ』からID(アドレス)を作り直しました。『私のブログに登録』してくださった皆様には大変ご迷惑をおかけしました。改めてよろしくお願い申し上げます。

『3・11』の時『東日本震災の真実』を書いた時もブログ10,000本を民主党政権に抹殺されました。

これからも負けずに書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

*今日の記念日は他にもあります。

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