初夢の日・書き初め・月ロケットの日「今日は何の日・1月2日」

1月2日火曜日

皆様おはようございます。素敵な、快適な、楽しいお正月をお過ごしですか?

今日は「初夢の日」「書き初め」「月ロケットの日」です。

まず「初夢の日」から。

なぜ1月2日が「初夢の日」なのかというと、1月2日の夜に見る夢のことを「初夢」ということが由来となっています。
しかし、1月1日に新年を迎えてからその日の夜に見るのが初夢、12月31日の大晦日の日に見る夢が初夢など色々な考えがありますよね。
実はそもそも初夢というものは節分から立春にかけて見る夢のことだったのです。
現在の暦では1月1日が新年と考えられていますが、昔の暦では立春を迎えることで新年を迎えると考えられていたんですね。
その後、暦上で1月1日の元日を新年と考えられるようになった際に「12月31日~1月1日」「1月 1日~1月2日」「1月2日~1月3日」に見る夢が初夢だと、3つの説が誕生しました。
書き初めや商売などが1月2日に始まるなど、新年の行事が1月2日に始まるということから、江戸時代後期には1月2日の夜に見る夢が初夢だとされるようになりました。

初夢に見ると縁起の良いものとして有名なのが「1富士2鷹3茄子」ですよね。
富士は「無事」という語呂から、鷹は賢くて強い鳥であることから、茄子は「成す」という語呂から縁起がよいとされています。
しかし、実は「1富士2鷹3茄子」には続きがあるって知っていましたか?
その続きには「四扇(しおうぎ)」「五煙草(ごたばこ)」「六座頭(ろくざとう)」と続きます。
扇はその形が末広がりになっていることから「八」という数字と同様に縁起が良いと考えられています。
煙草は煙が上に昇っていくことや、祭りや祝いの場で集まった時に場を和ませるものとして縁起が良いと考えられています。
座頭は「琵琶法師の座に所属する剃髪した盲人のこと」であり、毛が剃られていてないことから「怪我無い」という語呂合わせで縁起が良い物となっています。


夢といえば映像として見るものなのですが、もともと目が見えない人はそもそも夢を見るのでしょうか。
後天的に怪我や病気で全盲となった人は、記憶の中に映像が残っていることから、目が見えていた時と同じように夢を見る事があるそうです。
先天的に全盲だった人はもちろん映像として景色などを見た事がないですよね。
しかし、なんと先天的に全盲だった人も夢を見ることがあるそうなんです。
全盲である人は聴覚や嗅覚や触覚を頼りにしていますが、寝ている時にその感覚を味わう夢を見 ることがあるそうです。
先天的に全盲の人は視覚以外の感覚が優れていることもあるので、その影響で夢を見ているのかもしれませんね。

*皆様は毎年どんな「初夢」を見ますか?僕はよく覚えていないんですよね!?

次に「書き初め」について。

なぜ1月2日に「書き初め」を行うのかというと、正月の2日を一年の事始めとしていて、その年の心構えや抱負などを書き記し精進するとうまく行くと考えられていることが由来となっています。
そのため、趣味や習い事に関しても1月2日にあわせて始めればその年は上手くいくとも考えられています。
また、書道や趣味に限らず、すべてに関する事始めの日になっているので、その年に特に重要だと考えていることは1月2日に始めてみるのが良いかもしれませんね。
日本には古来から「書き初め」の風習がありますが、元々は元日の早朝に汲んだ神聖な水である「若水」で墨ですり、その年の年神様がいる恵方に向かって詩を書く宮中行事として行なわれている風習でした。
この風習が江戸時代になると、現在の学校のような施設である「寺子屋」で行われるようになり、書き初めが庶民的な行事へとなっていきました。
明治時代以降になると書道の授業は必修になっていたため、書き初めはどの学校でも行なわれるようになり、やがて日本中に広まっていくことになりました。
大人になるとなかなか筆をとって文字を書くということもなくなりますが、その年の目標などを書き初めとして書き、壁に貼っておくなどをしてみるのも良いかもしれません。

「弘法にも筆の誤り」ということわざがあり、その意味は「その道の達人だったとしても失敗することがある」という意味になっていますよね。
弘法大師のような書の達人だとしても失敗するのだから、誰にでも失敗はあるということなんですが、弘法大師は一体どのような失敗をしてしまったのでしょうか。
当時から書の達人として有名だった弘法大師は、天皇から京都の応天門の額を書いてほしいという依頼を受けました。
その以来を受けて弘法大師はさっそく額に「応天門」と書いたのですが、「応」という漢字の「心」の部分の点を一つ書き忘れてしまったのです。
弘法大師ほどの達人ですらこのような初歩的なミスをしてしまったことから「弘法にも筆の誤り」ということわざが誕生したのでした。
ちなみに、誤字のまま応天門に額が飾られてしまったのですが、弘法大師がその額に向かって筆を投げつけて「心」の点をつけたしたという逸話も残っています。

書道で使われている「半紙」についての雑学です。
書道で文字を書く時に使われている「半紙」という紙ですが、そもそもなぜ「半分の紙」と書いて「半紙」という名前なのか考えたことがありますか?
昔はこの「半紙」を作成するために「簀(す)」と呼ばれる、紙を漉(す)くための道具が使われていました。
その「簀」のサイズは「一尺三寸×二尺三寸(約39cm×約70cm)」と決まっていたそうです。
昔はこのサイズで作られていたものを「全紙」と呼んでいて、この半分のサイズのものを「半紙」と呼んでいたのです。
やがて、「半紙」そのものを作るサイズの「簀」が登場するようになり、最終的に半紙のサイズは現在の33.4cm×24.2cmというサイズに落ち着いたのでした。

*皆様は「書き初め」なさいますか?僕は中学校以来、書いていませんね。でも「書き初め」はいいですよね。

最後に「月ロケットの日」について。

なぜ1月2日が「月ロケットの日」なのかというと、1959年1月2日にソ連が世界初の月ロケット・ルーニク(ルナ)1号の打ち上げに成功したことが由来となっています。
月ロケット・ルーニクはその後、月から6500kmの所を通過して月面の観測に成功しました。
そして、そのまま太陽の周囲を回る軌道に入り、人類史上初の人工惑星となったのです。
しかし、ソ連の当初の目的としては、月に月に探査機を着陸・衝突させることであったため、ルーニクの打ち上げは完璧に成功したわけではありませんでした。
同年2月にはルーニク(ルナ)2号の打ち上げが行なわれて、2号は1号の失敗経験をもとにして見事に月に命中しました。
その後、ソ連による宇宙開発は発展をを遂げていき、月ロケット3号は月の裏側まで撮影することに成功しました。
1号打ち上げから7年後にはルナ9号が打ち上げられて、月に衝突するという形ではなく、初めて月面軟着陸に成功しました。

日本でロケットが打ち上げられる場合は、必ず種子島から打ち上げられていますよね。
わざわざ種子島からロケットを打ち上げている理由は赤道に近いからなんですね。
実はロケットは赤道付近から打ち上げた方が上昇しやすく、宇宙に出てからも静止軌道に乗せやすいのです。
地球の重力は北極点や南極点に近づくほど大きく、逆に赤道に近づくほど小さくなるため、赤道付近で打ち上げた方が重力が掛からないんですね。
また、静止軌道は西から東となっているため、例えば北極からロケットを打ち上げてしまうと、赤道付近までロケットを移動させる手間が発生してしまうのです。
そのため、他国のロケット打ち上げ基地についても、国土のなるべく南方に設置されています。

日本では気象衛星や探査機などの打ち上げは行なっていますが、有人宇宙飛行を行ないませんよね。
日本人の宇宙飛行士は何度も宇宙へ行なったことがありますが、それは他国のロケットに同乗しているのです。
実は日本では2018年時点で一度も有人宇宙ロケットを打ち上げたことはありません。
なぜなら、現在の日本の技術力では、有人宇宙ロケットを開発することが出来ず、まだ研究段階だからなのです。
もちろん遅れをとっているからといって何もしていないわけではなく、2025年の運用を目指して、有人打ち上げ用ロケットの開発を行なっているそうです。
それまでに何度も技術的な高い壁を越えなければならず、実際に有人宇宙飛行ロケットの打ち上げに成功している国は、ロシア、アメリカ、中国しかありません。

*宇宙は身近になったのでしょうか?僕らの知らないところでたくさんのロケットが打ち上げられ、今、地球の周りは「ゴミだらけ」です。

本日もよろしくお願いいたします。

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