こどもの日・端午の節句・立夏・おもちゃの日「今日は何の日・5月5日」

5月5日日曜日・祝日

皆様おはようございます。GW楽しんでいますか?思い切り羽を伸ばしていますか?それとも自宅でまったり?

今日は「こどもの日」「端午の節句」「立夏」「おもちゃの日」です。

まず「こどもの日」から。

5⽉5⽇の「こどもの⽇」は「こどもの⼈格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、⺟に感謝する」という事を⽬的として制定された国⺠の祝⽇です。
なんとなくゴールデンウィークの中の祝⽇の⼀つというイメージだけで、「こどもの⽇」に意味がある事を知っている人って少ないんじゃないでしょうか︖
「こどもの⽇」はかなり昔から制定されている祝⽇で、1948(昭和23)年7⽉公布・施⾏の祝⽇法によって制定された祝⽇となっています。
また、1954(昭和29)年に開かれた国連総会で制定された「世界こどもの⽇」ともされています。
最近では⼦供が減ってしまった影響なのか、鯉のぼりなども⾒かけなくなってしまいましたよね。
それでも「こどもの⽇」ということで⼦供が主役なこともあり、この祝⽇を楽しみにしている⼦供も多いですよね。
また、「こどもの⽇」は⼦供のためにおもちゃを買う家庭も多いことから「おもちゃの⽇」でもあります。

皆さんはアンパンマンはどうやって産まれたかを知っていますか︖
実はアンパンマンが誕⽣した話をアニメで⾒たことのある⼈って少ないんですよね。
筆者は実は⾒たことがあるのですが、ジャムおじさんがかまどであんパンを焼いていたところ、偶然にも命の星と呼ばれる流れ星が降ってきて、あんパンを焼いていたかまどの煙突に⼊っていきます。
そして、かまどは不思議な光に包まれるのですが、ジャムおじさんがかまどを空けてみるとそこにはアンパンマンの⾚ちゃんが⼊っていました。
そして「アンパンマン」という名前についてもジャムおじさんが名付けたわけではなく、アンパンマンが⾃ら「僕アンパンマンでちゅ」と名乗ったことから、アンパンマンという名前になったのでした。

アンパンマンの世界って基本的に⼈間って全然いませんよね。
ジャムおじさんとバタコさんについても⼈間の⾒た⽬をしているため、あの世界での唯⼀の⼈間だと思われがちです。
しかし、実はジャムおじさんもバタコさんも⼈間ではないのです。
あの⼆⼈の正体は⼈間の姿をしていますが、実は妖精なのです。
そのため、アンパンマンの世界には⼈間は⼀⼈もいないのです。

*しかしアニメではなぜか人間が出てきました。

アンパンマンの世界では動物の姿をした⽣き物が⼆⾜歩⾏して歩いており、⾔葉を喋って意思疎通を⾏なっていますよね。
それなのにチーズが四⾜歩⾏でしかも⾔葉を喋らないのって少し不思議ですよね。
しかし、チーズはアンパンマンなどのキャラクターが話しかけてもその⾔葉の意味をちゃんと理解していますよね。
実は⾔葉を話すことができるようなのですが「しゃべる必要がないから」という理由からチーズは喋らないようです。
何か⼤⼈の事情があったのでしょうか、チーズはあえて話していないのです。

*「こどもの日」ですね。皆、すくすくといい子どもに育ってほしいものですね。今の日本がどうなるかも今の子次第ですからね。

次に「端午の節句」について。

5⽉5⽇は「こどもの⽇」ともされていますが、「端午の節句」が由来となって制定された祝⽇となっています。
「端午の節句」は「端」は物のはし、つまり「始まり」という意味であり、「午」は「五」に通じることから、元々「端午」は⽉の始めの五の⽇を表す⾔葉でした。
そして、その中でも五という数字が重なる5⽉5⽇を「端午の節句」と呼ぶようになったのでした。
「端午の節句」については男性は⼾外に出払い、⼥性だけが家の中に閉じ蘢って⽥植えの前に⾝を清める神聖な儀式の⽇とされていました。
また「端午の節句」の5⽉5⽇は「菖蒲の節句ともされており、「菖蒲」が「尚武」と同じ読みであることから、鎌倉時代ごろから男の⼦の節句とされ、甲胄・武者⼈形等を飾り、庭前に鯉のぼりを⽴てて男の⼦の成⻑を祝うようになりました。
この⾵習が現在の「こどもの⽇」のルーツであり、「こどもの⽇」が男の⼦の⽇だとされている由来なんですね。
「端午の節句」には邪気を払う意味から、菖蒲や蓬を軒に挿し、粽や柏餅を⾷べるのが良いとされています。

最近ではあまり⾒かけなくなってしまいましたが、こどもの⽇といえば鯉のぼりを飾る家庭もあるのではないでしょうか︖
実は鯉のぼりの起源は中国にあるとされています。
中国の故事では、⻩河の急流にある⻯⾨と呼ばれる滝を多くの⿂が登ろうとしたところ、なんと鯉だけが登り切ることができて、その鯉は⻯になることができたとされているんです。
以上のことから、鯉が滝を登ることは⽴⾝出世を象徴するものとなりました。
このような⽂化が⽇本にも伝わったことから、男の⼦が将来⽴派に出世するように願いをこめて鯉のぼりを飾るようになったのです。
都市部などでは鯉のぼりを飾ることは難しいかと思いますが、地⽅にお住いの⽅で⼦供がいる⼈はぜひ鯉のぼりを飾ってみてはいかがでしょうか︖

こどもの⽇には家に甲冑を飾る家もありますよね。
甲冑は丈夫そうでデザインもとてもかっこいいものが多いですが、戦国武将の甲冑にはとても派⼿なものが存在していますよね。
そもそも⼤将が派⼿な甲冑を着けていればすぐに敵に発⾒されて狙われてしまいますし、そもそも動きづらくて戦いづらそうです。
それでは何のために甲冑を派⼿にしていたのでしょうか。
それは、敵にも味⽅にも⾃分の存在を⼀⽬でわからせるためだとされています。
派⼿な甲冑を着て最前線で戦っている姿を⾒れば、その部下たちも奮い⽴って⼠気が⾼まり、⾃分たちの⼤将を討ち取られまいとして必死に戦いますよね。
また、敵にも味⽅にもわかりやすい⾒た⽬をしていれば、戦で活躍した際に⾃分の噂が広まりやすく⾃分の武功がより轟くこととなります。
ただ⽬⽴ちたいだけであのような派⼿な甲冑を⾝につけているわけではないのです。

*端午の節句には何かお祝いをしますか?昔からの伝統は大事にしたいですね。

次に「立夏」について。

2024年の⽴夏は5⽉5⽇となります。
「2024年の⽴夏は」という書き⽅をしましたが、実は⽴夏はその年によって⽇付が変わってくるのです。
そもそも⽴夏とは「⼆⼗四節気」と呼ばれるものであり、簡単にいえば⽇本の季節を⼆⼗四に分けて表現したものといえばわかりやすいでしょうか︖
⼆⼗四節気は太陽の通り道である⻩道が基準となっており、太陽が⻩道を⼀周するのにかかる時間は正確に365⽇ではありません。
そのため4年に1度うるう年があり、この関係から⼆⼗四節気についても⽇付が⼀定ではないのです。
有名な⼆⼗四節気には春分や秋分、夏⾄や冬⾄などがありますが毎年同じ⽇に決まっているわけではありませんよね。
⼆⼗四節気の中でも⽴夏は「夏の季節の始まりの⽇」とされています。
⽴夏は夏の始まりでもあることから、それまでは⾵が冷たく感じる⽇もありますが、ここから⾵も少しずつ暖かくなり、⼼地よい気温の続く季節となります。
⽥植えや種まきなど農作業に適した季節でもあり、梅⾬が近づいている事から夏に向けての⾐替えを⾏う季節でもあります。

夏といえば海ということで海に関係する雑学を⼀つ。
海って時間帯によって⽔位が変わりますよね。
海の⽔位が最も⾼い時間帯の事を満潮といい、海の⽔位が最も低い時間帯のことを⼲潮といいます。
しかし、なぜ海の⽔位が変化するのか不思議に思ったことはありませんか︖
実はこの⽔位の変化には⽉の引⼒が関係しているのです。
⽉の引⼒が最も強い時には海⾯が盛り上がるため⽔位が⾼くなり、逆に⽉の引⼒が弱い時には⽔位が低くなるのです。
海の満潮や⼲潮といった現象が実は地球の影響ではなく、宇宙のしかも⽉の影響を受けているなんて驚きですよね。

夏の⾵物詩に花⽕もあげられるのではないでしょうか︖
花⽕の歴史って実は意外と⻑くて1589年には既に存在していたんです。
1972年に出版された「伊達家治家記録」というものに、1589年には⽶沢城で伊達政宗が唐⼈による花⽕を楽しんだと記載があります。
もしかすると更に以前から花⽕というものが存在していたのかもしれませんが、花⽕を⽇本で初めて⾒た⼈は伊達政宗ということになりますよね。
ちなみに、打ち上げ花⽕を打ち上げるためにかかる値段は、3号⽟が3400円、5号⽟が1万円、10号⽟は6万円、20号⽟が60万円だとされています。

*立夏とは

立夏りっかとは二十四節気にじゅうしせっきの1つで、「夏の始まり」を意味します。「立」は中国語で「始まる」という意味です。太陽の位置を表す黄経で45度の時を言い、新暦では5月5日~6日ごろになりますが年によって変わります。ちょうど子供の日のあたりで立夏を迎えます。

◆立夏は二十四節気の1つ

二十四節気とは古代中国で作られた暦で、日本では平安時代から使われています。上の図のように1年を24等分し、それぞれに名前を付けたものです。

二十四節気は太陽の運行に基づいており、1年で最も昼の長い日を夏至げし、1年で最も昼の短い日を冬至とうじ、昼と夜の長さが同じ日を春分しゅんぶん秋分しゅうぶんとし、この4つを春・夏・秋・冬の中心として決めた暦です。この4つの節気は合わせて「二至二分にしにぶん」と呼ばれています。

この二至二分が二十四節気を決めるうえでの基準となっています。

立夏はこの春分と夏至のちょうど中間の日で、暦の上ではこの日から夏が始まります。

夏の節気は立夏りっか小満しょうまん芒種ぼうしゅ夏至げし小暑しょうしょ大暑たいしょとなっており、立夏は夏の最初の節気です。

また、立春りっしゅん立夏りっか立秋りっしゅう立冬りっとうの4つを「四立しりゅう」と言い、それぞれ春夏秋冬の始まりの日として重要な節気となっており、二至二分と四立を合わせて「八節はっせつ」と言います。

◆2024年の立夏はいつ?

二十四節気のそれぞれの節気には、その日1日を意味する場合と、次の節気までの期間を意味する場合があります。

2024年の立夏であれば、以下のようになります。

・日付としての2024年の立夏は5月5日。

・期間としての2024年の立夏は5月5日~5月19日まで。

◆春夏秋冬の決め方

夏至は昼の時間の最も長い日、冬至は昼の時間の最も短い日です。

けれども夏至に最も暑くなり、冬至に最も寒くなるかというとそうではなく、実際にはそれより1~2か月ほど遅れて最も暑い日、最も寒い日がやってきます。

ただし二十四節気はこの「夏至を夏の中心」「冬至を冬の中心」そして「昼と夜の長さが同じ春分・秋分を春の中心と秋の中心」として1年を4等分し、春夏秋冬を決めました。

そのため「立春と言われてもまだまだ寒く、冬と感じる」ということが起こります。

◆二十四節気と七十二候

「二十四節気」は、古代中国で作られた農事を指導するために作られた暦で、春秋戦国時代(BC.770~BC.221)黄河流域で作られたと言われます。中国では暦として月の運行に基づいた「太陰暦」が使われていましたが、これですと実際の季節とズレが生まれてしまうため、太陽の運行の軌跡を24等分した「二十四節気」や、それをさらに約5日ごとに分割した「七十二候しちじゅうにこう」が作られました。このようにして季節の変化をきめ細かくとらえて農事に生かしたのです。

この「二十四節気」は日本では平安時代に取り入れられました。日本と中国とでは位置も気候も異なり、中国の二十四節気は必ずしもすべてが日本の気候に合うものではありませんでしたが、私たちの生活に根付き、大多数の日本人が農業とは無縁になった現代でもテレビのニュースなどで「今日から立春です」などと使われています。

1年には春夏秋冬4つの季節がありますが、古代中国人はそれをさらに24の「節気」に分けました。1年を24に分けるならそれぞれ約15日、その節気にはまたそれぞれ3つの「候」を設け、3×24で72候、約5日で1つの候としてそれぞれの候にその季節の特徴を表す言葉をつけました。

日本は平安時代からこの二十四節気を暦の中に取り入れましたが、これだけでは日本の気候の説明には足りないので、「雑節」というものを設けました。雑節には、節分・彼岸・八十八夜・入梅・半夏生・土用・二百十日などがあります。

さらに「七十二候」については江戸時代の天文暦学者・渋川春海が日本の気候に合わせて改訂版を出し、その後明治時代に「略本暦」が出てそれまでの「七十二候」を大幅に変えました。現在使われている日本の七十二候はこれが元になっており、上の図に書かれているのもこの七十二候です。

なお2016年に中国の「二十四節気」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。

◆立夏の七十二候(日本)

日本の立夏の七十二候は以下のようになります。

立夏の七十二候
内容 時期
初候 かわずはじめて 5月5日頃

5月9日頃
次候 蚯蚓みみずずる 5月10日頃

5月14日頃
末候 竹笋たけのこしょう 5月15日頃

5月20日頃

田んぼから蛙の合唱が聞こえ始め、土からミミズが這い出し、竹林のあちこちからタケノコが頭を出しています。猛暑になるまでにはまだ日がありますが、夏の気配が感じられる季節です。

◆日本の端午の節句

ちょうど立夏の頃、5月5日はかつて「端午の節句」、男の子の健康と成長を祈る日でした。「男の子の節句」は戦後まもなく「子供の日」になりましたが、やはりこの日は昔どおり鯉のぼりを飾り、菖蒲湯につかって柏餅を食べます。柏の葉は新芽が育つまでは葉が落ちないので、家系が絶えない、つまり子孫繁栄を意味する縁起物になりました。

◆田植えの時期

日本で田植えが始まるのは品種や地域によって異なりますが、およそ3月下旬から6月中旬と言われます。関東地方では5月の連休過ぎ、つまり「立夏」の頃から田植えが済んだ美しい水田を見ることができます。中国大陸では長江付近ではやはり立夏のころから田植えが始まります。暖かい台湾では稲作は基本二期作(1年に2回収穫する)なので、田植えは立夏よりずっと早いかずっと遅くなります。

◆「称人」という立夏の習慣

中国の南方には立夏に「称人」(体重や身長を測る)という面白い習慣がありました。これは三国時代に起源を持ちます。

三国時代、益州建寧郡の豪族・孟獲(もうかく)は蜀に帰順して諸葛孔明に従いました。諸葛孔明は臨終の時孟獲に、自分の主である蜀の劉備の息子・劉禅(りゅうぜん…劉備の息子)を託します。その日は「立夏」でした。

その後晋の武帝・司馬炎が蜀を滅ぼし、劉禅を捕虜としますが、孟獲はその後も諸葛孔明との約束を守って、毎年立夏になると兵を率いて洛陽に行き、劉禅の体重を測るように求めます。もし晋が劉禅にひどい仕打ちをしていたなら体重が減る、そうなったら兵を出すぞと脅したのです。そこで晋の武王は立夏の日になると、糯米にえんどう豆を入れて炊いた美味しいご飯を用意して劉禅に食べさせたと言われます。

この言い伝えが後世に伝わり、立夏の日は村の入り口に大きな秤(はかり)を置き、村人は代わる代わる体重を測ったそうです。古い詩にも「立夏称人軽重数 秤懸梁上笑喧鬧」とあり、立夏に皆で体重を測り、笑いあう様が描かれています。「あんた見掛けは細いけどけっこう太ってるわね」「私、水を飲んでも太るのよ」「ウソウソ、きっとみんなに隠れてひとりで美味しいもの食べてんじゃない」なんて言いあっていたのでは?

◆五月五日の背比べ

「柱の傷はおととしの五月五日の背比べ」という童謡があります(『せいくらべ』)。戦前の童謡ですが、端午の節句には背比べをするという習慣があったようです。もしかしたら上に書いた「称人」という慣習が日本にも入ってきていて、日本ではそれが体重ではなく身長になったということかもしれません。この南方独特の習慣が日本にも伝わったということは、中国南部と日本の深いつながりを感じさせます。

◆立夏の行事・イベント

◎母の日

5月の第二日曜日は母の日。贈る花にはカーネーションが選ばれることが多く、毎年この時期になるとお花屋さんや百貨店などでは母の日フェアを見かけます。

◎葵祭

5月15日には京都で葵祭あおいまつりが行なわれます。

6世紀から行われており、京都三大祭の1つに選ばれています。

◆立夏の「旬の食べ物」

◎プリンスメロン

プリンスメロンは他のメロンより早く、立夏の頃より出回ります。他のメロンと比べてさっぱりしているのが特徴で、熊本県を中心に栽培されています。

◎新茶

立春から数えて88日後を八十八夜と言いますが、ちょうどこのころ新茶が摘まれます。1年で最もお茶のおいしい時期ですね。

◆立夏の「季節の花」

◎藤

藤は4月下旬~5月上旬ごろに咲きます。

ゴールデンウィークのあたりで見ごろを迎えるため、各地の藤の名所は多くの人でにぎわいます。

◆アヤメ

アヤメが咲くのは4月下旬~5月下旬ごろ。野山に咲きます。

◆シャクヤク

シャクヤクはその美しさ、華やかさから古い時代から栽培されている花です。立夏の頃に見ごろを迎えます。

◆ハハコグサ

春の七草のひとつ、ハハコグサは4~6月に咲きます。

◆レンゲソウ

淡い紫色のレンゲソウは4月上旬~5月上旬に咲きます。

最後に「おもちゃの日」について。

なぜ5⽉5⽇が「おもちゃの⽇」なのかというと、端午の節句に因み、おもちゃや⼈形のPRの為に設けられたことが由来となっています。
⽇本玩具協会・東京玩具⼈形問屋協同組合によって1949(昭和24)年に制定されました。
確かに5⽉5⽇の「こどもの⽇」にあわせて「おもちゃの⽇」を制定することによって、おもちゃの売り上げも良くなりそうですしとてもいい戦略ですよね︕
筆者も⼦供の⽇には親にねだっておもちゃを買ってもらった記憶があります。
また「おもちゃの⽇」には東京玩具⼈形協同組合以外にもおもちゃ業界全体で「こどもによい玩具を与える」「玩具を⼤切にする」「親たちに玩具についての関⼼を深めさせる」とする活動を⾏なったことがあります。
東京銀座の松坂屋では「おもちゃの祭典」が⾏なわれたり、過去には養育院・⺟⼦寮・戦災孤児収容所など約90カ所の児童施設におもちゃを贈るなどの活動が⾏なわれました。

レゴほとんどの⼈に「レゴブロック」といえば伝わるほど有名なおもちゃであり、名古屋にもレゴの遊園地である「レゴランド」が登場しました。
そんなレゴブロックは実はデンマークで誕⽣したおもちゃであり、語源もデンマーク語である事を知っていますか︖
「レゴ」とはデンマーク語である「Leg Godt」が語源となっています。
レゴブロックを制作しているおもちゃ会社であるレゴは1934年に誕⽣し、その際に「よく遊べ」という意味である「Leg Godt」という単語を社名にしました。
レゴの創始者であるオーレ・キアク・クリスチャンセン⽒は「⼦供たちに最⾼のものを」ということをコンセプトにおもちゃ造りを⾏っていたそうです。

「よく遊べ」という⾔葉から誕⽣したレゴブロックですが、本当によく遊べるんです。
「よく遊べる」というのも⾃分で創造するものであり⾊々な物を作れるからという理由もありますが、実はその耐久性の⾼さも「よく遊べる」という理由にあります。
レゴブロックの耐久性はとても⾼く、例え毎⽇のように遊び続けたとしても400年以上は遊べる耐久性を誇っています。
もちろん耐久試験によって算出された数値であり、レゴブロックを組み⽴てては外すことを繰り返した結果、17万回の着脱が可能ということがわかりました。
このような数値から400年以上も遊べるということが結論付けられているのです。
筆者もレゴブロックで遊んだことがありますが、床に落ちているレゴブロックを踏みつけると硬くてすごく痛いんですよね。
しかしその耐久性の⾼さからか、⼈間が踏みつけたとしても全然壊れないですよね。

*皆様は子どもの頃、どんなおもちゃが好きでしたか?僕は野球ゲームやサイボーグシリーズ(男の子の『りかちゃん』版)でよく遊んでいました。

本日「こどもの日」も宜しくお願いいたします。

★東山凛太朗オフィシャルサイトグランドオープン!!

https://higashiyamarintaro.net/

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