ABBAの歌姫はいかにしてフィル・コリンズの象徴的サウンドを取り入れ、80年代の名曲を生み出したのか
ABBAのような巨大なグループから独立するには、世間の注目を集めるための大胆な一手が必要だった。アンニ=フリード・リングスタッド、通称フリーダは、1982年にソロ活動へ踏み出した際、そのことを十分に理解していたようだ。だからこそ彼女は、印象的なサウンド作りに長けた人物と手を組んだのである。
1982年、フィル・コリンズはフリーダのアルバム『Something’s Going On』のプロデュースを担当し、彼特有のドラムサウンドを提供した。それにより、シングル曲「予感(I Know There’s Something Going On)」は他の楽曲と一線を画す存在となった。
ABBAの静かな終焉
多くの人気バンドが活動を停止する際には、はっきりとした解散の瞬間が存在することが多い。メンバーの脱退や正式な解散発表など、ファンに「もう続かない」と知らせる出来事がある。
しかし、ABBAにはそうした明確な瞬間はなかった。1970年代に世界的なポップシーンを席巻したこのスウェーデンの4人組は、1980年代に入ると徐々に活動を縮小していった。当時、2組の夫婦関係がそれぞれ破綻しており、長年の活動を経てメンバー個々が新たな挑戦を求めていたことも影響していた。それでも、彼らは解散を公式に発表することはなかった。
そのため、1982年に発表されたフリーダのソロアルバム『Something’s Going On』は、当時はあくまでサイドプロジェクトのように受け止められていた。ABBAは1981年に『The Visitors』を発表しており、その後も時折シングルを録音していたからである。当時は誰も、彼らが次のアルバムを40年間も発表しないとは予想していなかった。
「Going」の制作過程
フリーダがこのアルバムを制作するきっかけは、娘との車での移動中にあった。娘が最近気に入っている楽曲を録音したテープを流したのだ。その中にあったのがフィル・コリンズの「In The Air Tonight」である。それを聴いた瞬間、フリーダは「このようなサウンドを自分の音楽に取り入れたい」と強く感じた。
コリンズは長年の共同制作者ヒュー・パジャムとともにプロデュースを引き受け、1981年の自身のアルバム『Face Value』でも使用したゲート・ドラムの効果を持ち込んだ。一方で、多くの一流ソングライターたちがこのプロジェクトに楽曲提供を申し出た。
元アージェントのメンバーであり、当時すでに人気ソングライターとして活躍していたラス・バラードが、内省的な楽曲「予感(I Know There’s Something Going On)」を提供した。この曲は世界的ヒットとなり、フリーダのソロキャリアにおいて最大の成功を収めたシングルとなった。1982年にはアメリカのチャートで最高17位を記録している。
「予感(I Know There’s Something Going On)」の歌詞の背景
この楽曲は、関係の終わりに直面しながらも、それを受け入れようとする語り手の視点で描かれている。相手が関係を続けるふりをしている中で、主人公は現実を見据えている。
フリーダは冒頭でこう歌う。
「長くは続かないって分かるわ。しがみついているうちに、あなたは冷たくなっていく」。
彼女は、相手の“心ここにあらず”の状態を認めるよう訴える。
「もし去りたいなら、どうして気づかないの?」。
「あなたの愛はもう消えているのに」。
最後のヴァースでは、なぜ最後の一歩を踏み出さないのかと問いかける。
「あなたが何を考えているか、心の中も分かっている」。
「だから、なぜまだ偽り続けるの?」。
その後
フリーダは1984年の次作『Shine』ではこの成功の勢いを維持することができず、この作品はアメリカでは発売すらされなかった。その後の活動も散発的なものにとどまった。
しかしフィル・コリンズの協力により、彼女はスポットライトを離れる前に、優れたアルバムと印象的なヒット曲を世に残すことができたのである。
How an ABBA Chanteuse Piggybacked off Phil Collins’ Signature Sound for an Iconic 80s Hit

