「マンマ・ミーア」、ABBAファンがまたまたやって来た……
トリビュート・ショーに、スウェーデンの伝説的グループを忘れないファンたちが再び集結
8月28日、『ABBA:サンキュー・フォー・ザ・ミュージック』がIPAC(イラワラ・パフォーミング・アーツ・センター)(※)のステージに登場した。
しかし実は、この公演は、その月にウーロンゴンで開催された、スウェーデンの有名な4人組ABBAに敬意を表する最初のトリビュート公演ではなかった。
その栄誉は、8月15日にセントロCBDで公演を行なったアバランチに与えられる。
この公演もまた、世界的なポップ・スターであるABBAの人気が、今なお衰えていないことを証明するイベントとなった。
ABBAは1972年、スウェーデンのストックホルムで結成された。
イギリスでは8曲のナンバーワン・ヒットを記録。また、シングル「悲しきフェルナンド」は発売時にオーストラリアでも1位を獲得した。そしてABBAは、世界で3億8,000万枚を売り上げた。
ABBAが残したレガシーは、現在も『ABBA:サンキュー・フォー・ザ・ミュージック』のような公演によって受け継がれている。
同公演はオーストラリア各地をツアーしており、今回、メリゴング・シアター・カンパニーによってIPACでの公演が実現した。
こうしたABBAトリビュートという流れは、決して新しいものではない。その先駆けとなったのが、1980年代後半に活動を開始したオーストラリアのトリビュート・グループ、ビヨルン・アゲインだった。
そして、ABBAのファンたち自身もまた、そのレガシーを受け継いでいる。
プロデューサーのジェフ・カーターが手掛け、ナレル・ライアン、ミシェル・バーミンガム、スージー・マッキャンらが出演するショーに足を運び続けているのだ。
今回の公演を観たファンの多くは、ABBAが活躍していた約10年間をリアルタイムで経験し、ABBAとともに成長してきた世代だった。
ウーロンゴン在住のピーター・マーロスは、1980年代からABBAのパフォーマンスを観ており、それ以来、長年にわたってABBAファンであり続けていると語った。
*リディア・レペッキ(左)は観客も一緒に参加できるところが気に入っていると語り、アレクシア・マーロス(右)はABBAの音楽を「時代を超えたもの」と評した。
写真:トーマス・パナヨトウ
ダプト在住のリディア・レペッキは、なぜABBAがこれほど長い間、自分の心に残り続けているのかを説明した。
「みんなが曲を知っています。立ち上がって踊ることもできるし、ほかの人たちと一緒になって楽しむこともできる。まさに大きなお祭りなんです」。
さらにリディアは、ABBAのショーのような公演では、ただ座ってステージを眺めるだけではなく、踊ったり歌ったりして観客自身が参加できるところも魅力だと語った。
「みんなを一つにしてくれます。それに劇場で観ていても、観客が実際にショーに参加しているんです」。
そして、ABBAの音楽が世代を超えて受け継がれていることについて、こう続けた。
「もう何年も、何年も、何年も続いています。それに世代を超えているんです。50代の人たちだけではなく、今では10代にも広がっています。若い子どもたちがこうした音楽を知るようになり、それを楽しんでいる。ABBAの音楽は本当に長い間、存在し続けているんです」。
「ミュージカルもあるし、舞台作品もあります。それに、とにかく聴きやすいんです」。
フィグツリー在住のアレクシア・マーロスは、ABBAの音楽を「時代を超えたもの」と表現し、子ども時代から現在まで、自分にとって懐かしさを呼び起こしてくれる存在だと語った。
「小さい頃から聴いていましたが、何度聴いても飽きないんです」。
「子どもの頃は楽しかったですね。いとこたちと一緒に育ちながら聴いていました。そして今では、散歩に出かけるときにヘッドホンでABBAをかけて、歩きながら聴いています」。
*ABBAファン仲間と一緒のクリスティーン・ヌーンズ(左)。右はピーター・マーロス。
写真:トーマス・パナヨトウ
同じくフィグツリー在住のクリスティーン・ヌーンズにも、ABBAの音楽とともに過ごしてきた生涯にわたる大切な思い出がある。
それは、ABBAがファンの人生にいかに長く、深い影響を残してきたかを物語っている。
「父がずっと昔からABBAのファンで、その父の影響で私もABBAを聴くようになりました。それに、女友達と一緒にABBAの『ダンシング・クイーン』で踊った思い出もあります」。
ABBAの音楽に魅了されているのは、1972年から1982年までのABBAの活躍を実際に経験した世代だけではない。
その音楽は、より若い新しい世代にも影響を与え、彼らもまたABBAの魅力を発見している。
ファンが選ぶお気に入りのABBAナンバー
お気に入りの曲について尋ねると、あるファンは「マンマ・ミーア」を挙げた一方、「ABBAの曲は全部好き」と答える人もいた。
アレクシアは、
「いくつかありますね。うーん……私なら、たぶん『マンマ・ミーア』です」。
と答えた。
クリスティーンは、
「選ぶには多すぎます。でも、あえて言うなら『ギミー!ギミー!ギミー!』ですね」。
と語った。
ピーターは、
「お気に入りの曲? 特に一曲というのはないですね。たぶん全部です」。
と答えた。
そしてリディアは、
「『マンマ・ミーア』や『悲しきフェルナンド』、『エンジェル・アイズ』、『ノウイング・ミー、ノウイング・ユー』ですね。でも結局、全部好き。ABBAの曲が大好きなんです」。
と語った。
2時間半にわたってABBAの名曲を披露
公演『ABBA:サンキュー・フォー・ザ・ミュージック』は午後19時30分に開演し、ショーは2時間半にわたって繰り広げられた。
ステージでは、「マンマ・ミーア」「悲しきフェルナンド」「ギミー!ギミー!ギミー!」をはじめとするABBAの名曲の数々が歌とパフォーマンスで披露され、世代を超えて受け継がれるABBAの音楽をファンたちが楽しんだ。
※IPAC(イラワラ・パフォーミング・アーツ・センター)とは?

Illawarra Performing Arts Centre (IPAC) は、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の海沿いの都市ウーロンゴン(Wollongong)にある、この地域を代表する舞台芸術施設です。正式名称は Illawarra Performing Arts Centre、略称が IPAC です。
所在地は32 Burelli Street, Wollongong NSW 2500。ウーロンゴン中心部の「アーツ・プレシンクト(芸術地区)」にあり、演劇、ミュージカル、音楽、ダンス、コメディから地域イベントまで、幅広い公演が開催されています。建物はウーロンゴン市が所有し、非営利団体のメリゴング・シアター・カンパニーが運営しています。
1988年開館――チャールズ皇太子とダイアナ妃も
IPACの建設は、イラワラ地域で長年望まれていた本格的な舞台芸術施設を実現するプロジェクトでした。地域での資金集めと政府の支援によって1980年代後半に建設され、1988年に開館しました。
特筆すべきなのは、開館時にオーストラリアを訪問していた当時のチャールズ皇太子とダイアナ妃によってオープンされたことです。その後、地域のアマチュア・ミュージカルやコンクールから、プロによる演劇、国内外のツアー公演までを受け入れる文化拠点へと発展しました。
3つの舞台空間
IPACには性格の異なる3つのパフォーマンス・スペースがあります。
中心となるIMBシアターは515席。伝統的なプロセニアム形式の劇場で、客席には傾斜がつけられ、舞台を見やすいよう設計されています。フライタワー、オーケストラピット、張り出し舞台なども備え、本格的な演劇や音楽公演に対応します。
より親密な雰囲気のブルース・ゴードン・シアターは通常206席(最大234人)。演劇のほか、キャバレー、コメディ、音楽、ダンスなどに対応します。
さらに、最大80人を収容する多目的なブラックボックス型のボブ・ピート・スタジオがあり、舞台作品の開発やトレーニング、小規模公演などに利用されています。
メリゴング・シアター・カンパニーの本拠地
IPACを運営するメリゴング・シアター・カンパニー(Merrigong Theatre Company)は、単なる劇場運営組織ではありません。独自に作品を企画・製作し、国内外の作品を招聘するとともに、制作した作品のツアーも行なう地域劇場カンパニーです。現在ではオーストラリア最大の地域拠点型プロデュース劇団とされています。
「Merrigong」という名称は、この地域の先住民ダラワルの言葉で、イラワラ地方を特徴づける**断崖・山並み(escarpment)**を指す言葉に由来しています。
今回の記事に登場した『ABBA:サンキュー・フォー・ザ・ミュージック』も、このIPACで上演されました。つまりIPACは、シドニーから南へ約1時間のウーロンゴンにおいて、地元の舞台芸術からプロのツアー公演までを支えるイラワラ地方の文化・エンターテインメントの中心的劇場といえます。
https://www.theillawarraflame.com.au/mamma-mia-here-the-abba-fans-go-again/





