現代のポピュラー音楽を形づくった、1972年結成の4つのバンド

占星術が示す運命や、数字に宿る宿命といった、とらえどころのない考え方について、皆さんがどう思うかはさておき、ある1年を振り返り、同じ12か月の間に起きた音楽のさまざまな動きを眺めると、どこか不思議なものを感じます。

進歩や実験が一気に噴き出すこうした時期には、その時代の空気が色濃く反映されているようです。それは音楽そのものだけでなく、文化全体における一つの時代をも形づくります。今回紹介する1972年結成の4組も、その例です。いずれも、2026年の現在、私たちが親しんでいるポピュラー音楽の形成に貢献してきました。

ヴァン・ヘイレン

ヴァン・ヘイレンが結成されたのは、厳密には1972年です。ただし、駆け出しのバンドにはよくあることですが、活動を始めた当初は別の名前を使っていました。

ヴァン・ヘイレン兄弟は若い頃、いくつものバンド名を名乗っていましたが、自分たちの姓を冠した名前に変更する直前は、「マンモス」として活動していました。

その後、バンドは「悪魔のハイウェイ」や、カバー曲「ユー・リアリー・ガット・ミー」などのヒットによって、1970年代半ばに人気を獲得しました。

バンドのサウンドと影響力の中心にあったのは、エディ・ヴァン・ヘイレン独特の、指で弦を叩いて音を出すタッピング奏法です。その演奏は、「暗闇の爆撃」などで聴くことができます。

スティクス

1970年代初頭のロックンロールには、神話的、神秘的、あるいは異世界を思わせる、ある種の雰囲気が広がっていました。1972年に結成されたスティクスのようなバンドも、その流れをさらに発展させる存在でした。

オリジナル・メンバーは、イリノイ州で学生時代に知り合いました。初のレコード契約につながったのは、同州ウェスタン・スプリングスの教会で行なったライブです。そのステージを見たタレント・スカウトに見いだされました。

のちにヒットした「レディ」「カム・セイル・アウェイ」「レネゲイド」「ミスター・ロボット」などは、今も愛される定番曲として、ロック系ラジオ局で繰り返し放送されています。

心の底ではスタジアム・ロックが好きだけれど、アート・ロックも聴きたい――そんな人にぴったりのバンドであり、その逆の好みを持つ人にも同じことがいえます。

ABBA

実生活でもカップルだったメンバーを擁する、最も影響力のある音楽グループといえば、私たちはフリートウッド・マックを思い浮かべがちです。しかし、ABBAを忘れてはいけません。

このスウェーデンのポップグループは2組の夫婦で構成されていましたが、どちらの夫婦も、グループが活動を続けるなかで、やがて別れることになりました。

メンバーたちは私生活で浮き沈みを経験しながらも、音楽活動では商業的に大きな成功を収めました。

「ダンシング・クイーン」「マンマ・ミーア」「テイク・ア・チャンス」などは、1970年代初頭のポップソングのなかでも、とりわけ広く知られる楽曲に数えられます。

ABBAの楽曲を題材にしたミュージカルと映画『マンマ・ミーア!』を通じて、あるいは現代のポップ音楽に与え続ける影響を通じて、彼らが残したものは、数十年を経た今も強い存在感を保っています。

Eストリート・バンド

1972年に結成されたバンドを紹介する今回のリストを締めくくるのは、フロントマンのブルース・スプリングスティーンとともに広く知られているグループです。

のちに「ザ・ボス」と呼ばれるようになるスプリングスティーンは、ニュージャージーで若手ミュージシャンとして経験を積んでいた頃、この演奏家たちを集めました。

その後、Eストリート・バンドは、スプリングスティーンのアルバムの大半でバックを務めました。一方、メンバーたちは、ほかのミュージシャンの伴奏を担当したり、ソロ活動を行なったりもしています。

独立したバンドとしての性格が比較的薄いという点では、ここで取り上げたほかのグループとは異なるかもしれません。それでも、1970年代後半から1980年代、そしてそれ以降のロックのサウンドに与えた影響は、疑いようがありません。

*写真:デイヴィッド・タン/シンコー・ミュージック/ゲッティイメージズ

https://americansongwriter.com/4-bands-formed-in-1972-that-shaped-popular-music-as-we-know-it/

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