プラットフォームシューズを履き、きらびやかなグリッターをまといましょう。ABBAが「ダンシング・クイーン」の50周年を記念して、特別なニュー・リリースを発表しました。
*ABBA「ダンシング・クイーン」50周年を限定盤レコードの発売で祝福
スウェーデンのポップ界のレジェンド、ABBAは、1976年に発表された名曲の50周年を記念し、限定版10インチのスパークリング・ブラック・レコード、そして通常のブラック・レコード盤を発売します。
シングルは、伝説的なアビー・ロード・スタジオでリマスターされ、B面には「ラ・レイナ・デル・バイレ」が収録されます。
「ダンシング・クイーン」は、もともと1976年にABBAのアルバム『アライヴァル』からのリード・シングルとして発売されました。
ベニー・アンダーソン、ビヨルン・ウルヴァース、スティッグ・アンダーソンによって作られたこの曲は、その後、ABBAを代表する最も有名なヒット曲の一つとなりました。
そして50年が経った今も、「ダンシング・クイーン」は新たなリスナーを獲得し続けています。
※「ダンシング・クイーン」は最近、スポティファイでのストリーミング再生回数が20億回を突破しました。スポティファイでこの大台に到達した楽曲は、300曲にも満たないとされています。
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この曲が与えた影響は、ABBAが活躍した当時の時代をはるかに超えて広がっています。
現代のアーティストたちも、このディスコ・ポップの名曲を今なお高く評価しています。また、ウィルコのフロントマン、ジェフ・トゥイーディーは、「ダンシング・クイーン」を聴いたことによって、自身のポップ・ミュージックに対する見方が変わったと書いています。
その後、「ダンシング・クイーン」はさらに大きな栄誉を受け、グラミー殿堂(グラミー・ホール・オブ・フェイム)入りを果たしました。
ここで興味深いエピソードを一つ。
実は「ダンシング・クイーン」は、レコーディング後すぐには発売されませんでした。
伝えられるところによると、ABBAはこの曲を約1年間温存していました。そして「マンマ・ミーア」に続く曲としてはバラードが必要だと考え、「ダンシング・クイーン」ではなく「悲しきフェルナンド」を先に発売することを選んだのです。
そして最初の発売から半世紀。
ABBAは今、「ダンシング・クイーン」に、もう一度あなたを最高に楽しい時間へと誘うチャンスを与えようとしています。
しかも今回は、たっぷりの輝きとともに。


