「私はABBAの熱狂的ファン――『ABBA Voyage』を10回観ました。決して忘れられない瞬間があります」
59歳の女性は、長年にわたりグッズや記念品、コンサートチケットに推定2万ポンドを費やしてきました。
*デビーさんは、生涯を通じてABBAへの情熱に約2万ポンド(約400万円)を費やしてきたと考えています。
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ABBAの記念品やコンサートチケットに推定2万ポンド(約400万円)を費やしてきた熱狂的なファンが、東ロンドンで上演されている「ABBA Voyage」を、実に10回も鑑賞しています。その中には、特に「忘れられない」瞬間もありました。
彼女はまた、ABBAが1974年のユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝したブライトン・ドームや、ストックホルムにあるABBA専門の博物館「ABBA The Museum」へも「聖地巡礼」に出かけています。
ノリッジ在住の元プロジェクトマネージャー、デビー・ハウレットさん(59歳)は、ABBAを生涯を通じた自身の「心のよりどころ」と表現しています。
彼女とABBAとの歩みは、テレビでABBAを見たことから始まりました。そして7歳のとき、公式ファンクラブに入会しました。
デビーさんは、1979年11月8日、父親のアラン・ハウレットさんにウェンブリー・アリーナへ連れて行ってもらうため、学校を休ませてもらったことを覚えています。この公演は、結果的にABBAが英国で行った最後のコンサート公演となりました。
*デビーさんは子どもだった1979年、父親に連れられてABBAのコンサートを観に行きました。
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その後、デビーさんは自宅でABBAをテーマにしたパーティーを開き、2008年に妻のジュリー・クックさんと挙げた結婚式では、ABBAのトリビュートグループの演奏に合わせて踊りました。
さらに今年4月に行なわれた父親の葬儀では、ABBAの楽曲3曲を式の中に取り入れました。
デビーさんはファンクラブ会員だったことで、2022年5月26日にロンドンのクイーン・エリザベス・オリンピック・パークで開催された「ABBA Voyage」初日のチケットを入手しました。会場では無料の飲み物や食事が提供され、彼女は「VIPのようにもてなされた」といいます。
このレッドカーペット形式の初日イベントでは、ABBAのメンバーであるアグネタ・フォルツコグ、ビヨルン・ウルヴァース、ベニー・アンダーソン、アンニ=フリード“フリーダ”・リングスタッドの4人全員が、公の場では珍しくそろって姿を見せました。
会場前方にいたデビーさんは、4人がステージに登場した瞬間、「アリーナの屋根全体が持ち上がるようだった」と振り返ります。そのときに押し寄せた「感情の波」を、彼女は「決して忘れない」と語っています。
その後も、デビーさんはバーチャル・ABBAターによる公演を9回鑑賞しました。ABBA本人たちが会場に現れ、サインをもらえるかもしれないというわずかな期待を抱き、毎回、1979年のコンサートチケットを持参しています。
デビーさんはPAリアルライフに、次のように語りました。
「ここは私にとって心から幸せになれる場所です。幸せを補給できる場所で、そこにいる全員が楽しむために来ています。思い切り自分を解放して、好きなだけ歌ったり踊ったりできるんです。妻と2人だけで行くこともありますが、それ以外は毎回、違う人たちを連れて行っています」。
さらに、こう付け加えました。
「一番多かったときは12人ほどだったと思います。ノリッジからミニバスを借りて、全員で一緒にダンスブースを利用しました」。
デビーさんのABBAに関する最も古い記憶は、音楽番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」で彼らを見たことです。ABBAが出演すると、彼女は「テレビの前へ駆け寄り」、家族も「みんなでテレビを囲んだ」といいます。
1979年1月、デビーさんが12歳のときにABBAが「チキチータ」を発売しました。当時、彼女はインフルエンザで寝込んでおり、母親が彼女を「元気づけるため」に、そのシングル盤を買ってくれたそうです。
「チキチータ」は今でも、彼女が最も好きなABBAの楽曲の一つです。
デビーさんによると、父親とはABBAへの「情熱を共有していた」といい、アランさんは特にアグネタとフリーダが「お気に入り」でした。
*デビーさんは「ABBA Voyage」を10回鑑賞しており、今後も当分の間、通い続けるつもりです。
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1979年11月にABBAのライブを見た日のことを、デビーさんは次のように振り返っています。
「母が学校に手紙を書いて、私をその日一日休ませてもらいました。私にとって初めての本格的なコンサートでしたが、とても良い席でしたし、会場は本当に感じの良い人たちでいっぱいでした。みんなが踊っていて、ショーそのものも完璧でした。本当に幸せな思い出です」。
それから約3年後の1982年12月、ABBAは活動を休止すると発表しました。
デビーさんは「本当に悲しかった」といいますが、メンバー同士の離婚によって音楽の雰囲気や歌詞が変化していたため、「そうなることは予想していた」とも認めています。
その後、デビーさんが所属していたファンクラブは解散しました。それでも彼女は、こう語ります。
「ABBAへの愛情を失ったことは一度もありません。いつもABBAを聴いていました」。
彼女は、1992年に発売されたベスト盤『ABBAゴールド』、翌年に発売された続編のベストアルバム、そして1994年のボックスセット『サンキュー・フォー・ザ・ミュージック』の発売を、とてもありがたく感じたそうです。
デビーさんは1997年にパートナーのジュリーさんと出会いました。2人にはABBAが大好きという共通点があり、2008年に行ったシビルパートナーシップの式では、会場へ入場する際、バグパイプ奏者にABBAが1976年に発表した「アライヴァル」を演奏してもらいました。
その夜の披露宴では、この日のために特別に依頼したABBAトリビュートグループの演奏に合わせ、デビーさんは「一晩中」踊り続けたといいます。
デビーさんは、次のように語りました。
「結婚式では、踊ることをためらう人もいます。でも、トリビュートバンドが『ダンシング・クイーン』を演奏した途端、全員がダンスフロアに集まりました」。
「実際には、アグネタとフリーダの衣装を着た女性2人組だったのですが、招待客の中から2人を選び、ビョルンとベニーの格好をさせ、偽物の楽器を持たせて演奏するまねをしてもらったんです。本当に最高でした」。
1980年代初めに最初のABBAファンクラブが解散した後、デビーさんは2010年代半ばに別のファンクラブを見つけました。それがきっかけとなり、2022年の「ABBA Voyage」初日公演のチケット抽選に応募し、見事に当選しました。
「本当に天にも昇る気持ちでした」とデビーさんはいいます。
そして、こう続けました。
「ABBAターが登場した瞬間、感情の波が押し寄せてきました。あまりにも本物のように感じられたからです」。
「その夜、本物のABBAがステージに登場すると、アリーナの屋根全体が持ち上がるような盛り上がりになりました。その反応を見て、メンバーたちもとても感動し、感謝していたのだと思います」。
「私はただ、あの場にいられたことを幸運に思いました。あの瞬間は決して忘れません」。
イベント後、デビーさんは父親を訪ね、会場で撮影した写真を見せました。父親は普段から、よくABBAのCDを流していたそうです。
写真を見たアランさんは、その中のアグネタの写真を携帯電話の壁紙に設定しました。
スウェーデンを代表するポップグループへの共通の「情熱」を通して絆を深めてきたことから、今年4月、93歳で老衰のため亡くなったアランさんの葬儀でABBAの曲を流すのは、「当然のことのように感じた」とデビーさんはいいます。
葬儀の最初には「ザ・ウェイ・オールド・フレンズ・ドゥ」、写真を映し出す場面では「イーグル」、そして最後には「ホエン・オール・イズ・セッド・アンド・ダン」が流されました。
ABBAを愛し続けて50年以上。デビーさんは、体験や記念品に最大2万ポンドを費やしてきたと推定しています。そのコレクションには、コンサートへ行く際に身に着けているサイン入りのスカーフも含まれています。
デビーさんは「ABBA Voyage」をすでに10回鑑賞し、そのほとんどで涙を流すほど感動してきました。
9月末には再び会場を訪れ、来年3月の60歳の誕生日にも、もう一度鑑賞する予定です。ストックホルムにあるABBA専門の博物館を再訪することも、彼女の希望リストに入っています。
デビーさんは、こう語りました。
「ABBAは、私の人生を通して変わらず存在し続けてくれました。気分を明るくしたいときにABBAの音楽を聴くと、幸せな気持ちになれます」
「ABBAが私の人生にもたらしてくれたものに対して、心からありがとうと伝えたいです」。
「ABBA Voyage」は現在、ロンドンのABBAアリーナで2027年5月までの公演予約を受け付けています。詳しい情報およびチケットについては、ABBA Voyage公式サイトで確認できます。
https://www.mylondon.news/news/real-life/im-abba-superfan-ive-been-34636544



